入れ替わりの推測
アンズから元の身体に戻るのは不可能だと告げられてからどれほどの時間が経過しただろうか?
数時間かもしれないし数十分、あるいは数分かもしれない。
しばらくの沈黙を置いてそれを破るようにアンズが説明を始める。
「そもそもだ。事の発端はあの水晶にある。何かしらの形であれが何かしらの作用をして入れ替わった。と私は考えていた」
「考えていた?」
「そう。つまりは要因が別にあったの。して、思い出してみましょうか? あの時の状況を」
アンズに促され、二人は入れ替わったことの要因となっているであろう出来事を思い出し始める。
『確か、私がお菓子を食べながら階段を降りているときに足を滑らせて……』
「それだ」
「えっ?」
アンズが妙なところで話をきったのでクリスの口から思わずそんな声が漏れてしまった。
「大体、なんでクリス嬢……メイは階段で足を滑らせたの? いくらお菓子を持っていたとしてあなたはそこまでのドジっ子属性を持っていたかしら?」
『あぁー言われてみれば……何で足滑らせたんだろ?』
「そうだ。そもそもそこからが問題だ。あの後、何とか水晶を回収していろいろと調べてみたんだが、結果的にあれをあぁいった形で運用するという魔法は存在していないみたいでね……どうやら、水晶が紫に変わること自体が私たちの思考をミスリードする罠っていうわけ。もっとも、それに引っかからなかったとしても結果は同じでしょうけれど。して、これほどのみょうちくりんな状況が偶然起こるかしら? 答えは否。誰かが魔王とクリスの心身を入れ替えてしまった。恐らくは魔王またはクリスティーヌによい感情を抱いていない人間……勇者が来る直前というタイミングから考えて後者と考えがちだけど、魔王が確実に倒れるようにするならば入れ替えたうえでクリスが魔王として葬り去られた後にクリスの体ごと魔王を殺した方が手っ取り早い。なぜなら、いくら中身が魔王でも体が姫様だったら大した魔法も使えないしな……敵さんの目的はどうであれ、相手の目的はクリスと魔王の体を入れ替え、罠を張って勇者到着までに体を元に戻させないこと。おそらく、魔王城の跡地からその魔力の痕跡を発見するのはすでに不可能だから術者を特定できないし、使った魔法も特定できない。いろいろな解除魔法を使ってもいいが、中には違った場合に命の危険が及ぶこともある。長々と説明させてもらったが、つまりはそういうことだ」
力説するアンズに対して、クリスは大きくため息をつく。
「わざわざ長い説明をどうも……要はただ単にはめられてだけなんでしょ?」
「まっまぁそうなるな……専属の魔法使いとしてその程度も見抜けなかったのは申し訳ないわ。ことが単なる事故だという前提で話を進めたのがそもそもの間違いだったんでしょうね」
落胆するアンズの肩にメイが手をおく。
その様子はまるで女神が迷える子羊を導いているようの……そんな神聖な雰囲気すら感じ取れた。
「仕方ないでしょ?」
頭を抱えて涙を流すアンズの頭に手を置いて失敗した我が子を慰める母のように語りかける。
「あの状況だったら、誰でも事故を疑うよ。それは仕方ない」
「そう……かな?」
「そうだよ。仕掛けたのが人類ならば、被害を受けているのもまた人類……そして、調べるのもまた人類……思考して生きる生物は何かしらの失敗をしながら生きて行くものでしょ? でも、そのいずれかの段階で失敗があったとしても、それは事実として積み重ねられていく……そうして私たちは生きてきたんだから……」
アンズはメイの言葉に何度もうなづく。
「どう? そろそろ落ち着いた?」
彼女がそう尋ねる頃にはアンズはすっかりと落ち着きを取り戻していた。




