工房での会話
ひんやりと空気が冷えている早朝の鍛冶屋通りにクリスの姿はあった。
まだ早朝ということもあってか、昨日に比べて人通りは少なく、ひんやりとした空気と相まって非常にさびしい印象を受ける。
ただ、周りの人間の目には見えないが、彼女のすぐそばにはちゃんとメイの姿もあるため、彼女が一人だけで歩いているというのは見た目だけなのだが……
『寒っまったく、こんな早朝に呼び出さなくてもいいのに……』
「仕方ないでしょ。あっちの都合もあるんだし、それに昨日の今日で抜けようとしたら、このぐらいしないと……」
そうは言いつつもおそらく、こんな早朝に出たことに関して、まさかジョギングをしていましたというようなことは言えないので最悪、ばれてこっぴどく叱られることを覚悟しておいた方がいいかもしれない。
昨晩の言い訳をしているときの心情を思い出すと今でも肝が冷える。
それを今日もやらなければならないのだと考えるとひどく憂鬱になる。
『それにしても、気になるわね』
「気になるって? 何が?」
『あのアンズとかいう子よ。あなたと同じ感覚なのかもしれないけれど、何か引っかかるのよね……具体的に何がどう引っかかっているのかはハッキリと言えないけれど』
「はっきりとは言えない違和感ねぇ……妙なことにならなきゃいいけれど」
クリスは大きくため息をついて、鍛冶屋通りを進む。
そのころになると、路地の奥へと続く道の入り口が見えてきていた。
*
鍛冶屋通りの路地の奥にある工房の扉をくぐると、早朝にも関わらず黒髪の少女が鉄を打っていた。
カンカンという音が響く中、クリスは入り口に立ってその様子を眺めていた。
「そこに座っていなさい。そんなに待たせないから」
どう見ても作業の手を休める気配はなかったのでクリスはその言葉に従って入り口付近のイスに座る。
奥を見ると、昨日の水色の髪の少女がイスに座ったままうたた寝していた。
カンカンと鉄をたたく音と熱気だけが支配する空間の中でクリスは小さな窓の外に目を向ける。
そこから見えるのは早朝の空ぐらいのモノで暇をつぶせるほどのなにかは見えそうにない。
「……約束通り来たんですね」
その静寂を破ったのは他でもないマミだ。
金槌を置いた彼女は近くの台に置いてあった腕輪をはめながらこちらに歩み寄ってくる。
「それで? 弁明の余地はあるのかしら? こういってはなんだけど、私は亜人が嫌いなの。だから、ふざけた理由だったらたとえ体がクリスのモノだろうとその体ごと滅ぼすわ」
「まっまぁ落ち着いてくれ……ちゃんと話すから」
そこからクリスはゆっくりと言葉を選びながら彼女に語っていく。
改めてクリスと魔王の体が入れ替わってしまったのは単なる事故だということ、ちゃんと彼女に体を返すという意思があること、体を持たない状態ではあるが本物のクリスティーヌはこの場にいるということ……そして、クリスに体を返す意志があるということ……
話し終わるまでマミは静かに目を閉じて話を聞いていた。
「……なるほどね。まぁ信じてあげるわ。でも、それが虚偽だとわかった時は分かっているわよね?」
「……承知した。この話にウソ偽りはないが、もしそのようなことがあればどのような罰だろうと受ける」
互いに視線を交わしてからクリスは立ち上がる。
「そうそう。さっきも言ったとおり私は亜人が嫌いだから。この工房には二度と踏み入らないで」
『ちょっと! いくらなんでもそれは!』
「……クリス。あなたはこの場にいて私の言葉を聞いているのでしょうけれど、納得しなさい。私が言えることはそれだけよ」
見えていないはずだ。
なのにマミは今まさにメイがいる位置に向かってハッキリと言ったのだ。
「わかったら、さっさと帰って頂戴」
彼女のそんな言葉に背中を押され、クリスは工房から出て行った。




