ほんとうのはじまり
勇者が魔王城へやってくる数日前。
魔王は来るべき時に備えて勇者に対する妨害工作を行っていた。
「魔王様。勇者一行は○○の街の宿に泊まるそうです」
「そうか……」
魔王は側近から受けた報告をもとに勇者の現在位置を割り出して、水晶でその宿を見る。
「ほう。なかなかいい宿ではないか」
「はい。どうやら、近くの砦で見つけた宝箱に入っていた金貨を使っているようで……」
「また、やられたのか……まったく、これだから……このままでは、魔王城に攻め入られた暁には金銀財宝を根こそぎ持っていかれるであろうな」
魔王は深くため息をつく。
実際、砦の維持管理の為に宝箱に入れて保管してある金銀財宝は余すことなく勇者パーティに持っていかれている。
宝箱の中にモンスターを忍ばせたところで勇者は懲りずにモンスターを倒して別の宝箱を開け始める始末だ。
「……勇者ってそんなもんかねぇ。つくづく思うよ。本当に……正直なところあいつがそんなやつだとは思わなかったけれどね……ついに姉ちゃんにでも影響されたか。最近の動向を見る限り、これじゃどっちが悪かわかりゃしない」
深刻な様子で話している二人の会話に割って入ってきたのは玉座に座り、菓子をむさぼっているクリスティーヌ姫だ。
彼女が魔王城に来て早一年。人質とするために連れてきたのだが、いつの間にか打ち解けてしまい今では自由の身だ。
監視をしているわけではないので帰ろうとすればいつでも帰れるのだろうが、彼女はいまだにこの城にとどまっている。
本人に言わせれば、ここでは姫らしい立ち振る舞いとかしなくても叱られないから楽だとのこと。まぁわからなくもないし、実害があるわけでもないのだから今のところは放置だ。
「クリス。その言い方だと勇者は昔からこうだったわけではないのか? それにその言い方だとまるで会ったことがあるみたいだな?」
「えぇそうよ。昔ね。こっそりと城下に遊びに行ったんだけれど、その時に初めて会ったの。まぁなんていうか、人見知りで姉ちゃんの後ろに隠れてびくびくしているような子だったんだけれどね。なんというか、姉ちゃんが強すぎたのさ。いじめっ子たちを蹴っ飛ばし、商店から物を奪って生活の糧にする。まぁ褒められたような生き方じゃないけれど、孤児の生き方なんてみんなそんなもんだ。父さんは悪いのは魔王だ。魔王のせいだ! って言い続けるもんだからさ、批判は他でもない魔王に向かっていったんだけどね」
「……そうか。まぁあながち間違ってもいないからな」
魔王は自嘲気味に笑い肩を落とす。
「まぁ気を落とすな。元気だしなよ。あんたの代じゃ無理だろうけれど、あいつは優しい奴だ。きっと、人間と魔族を和解させてくれる。そうすりゃこんな戦争をしなくても済む。そうだろ?」
「あぁ……そうだな」
クリスは皿に盛ってあったクッキーとマカロンをそれぞれ手に取って玉座から降りる。
玉座から魔王がいる机までは数段の階段があり、クリスは左手にクッキーを持ち、右手で持ったマカロンを食べながら階段を降りる。
王宮であれば従者が駆け寄って“姫様! はしたないですよ!”などと言って注意するのだろうがここではそれをとがめる者はいない。
「まぁあれよ。元気がないなら食べるに限っ……」
何に躓いたのかは知らないが、姫が階段で転ぶ。
「クリス!」
クリスにケガをさせてはいけない。考えるが先か、動くが先か、魔王はクリスを受け止めようと、手に持った水晶玉を投げて駆け出した。
勇者が助けに来た時に姫がケガをしていたらとてもじゃないが、これからの計画が丸つぶれだ。
「クリス!」
「キャーー!」
ゴンッ! という鈍い音が響く。
クリスと魔王が互いの頭をぶつけた音だ。二人とも気絶しているが、大した高さではないし、床に直撃したよりはましだろう。
側近たちは、互いの顔を見合わせた後、下っ端が医者を呼びに行くために走って出ていった。
「どうしましょう?」
「……まぁ寝室まで運ぶとクリス嬢が移動するのがめんどくさいとかいうであろう。だから、この場で寝かしておけ。そうだな。掛布団を持ってまいれ」
「はっ!」
「ただ、床で寝かしておくわけのもいかぬからそこのソファーに移動させろ」
「はっ!」
やれやれと言わんばかりにため息をつき、側近は魔王が落とした水晶を拾う。
「おや、こんな色をしておったかの?」
いつもは透明な水晶が紫に変色していたが、気にも留めずにそれをもとの位置に戻す。
「さて、魔王様も姫も大事はないであろうし、目を覚ますまでに我々も少しは策を考えるとしようか」
側近は卓上に広がった地図とその中央にある水晶を見てほくそえんだ。