王都の鍛冶屋
賄賂の現場を目撃した翌日。
クリスとメイの姿は王都の中央を貫くメインストリートと呼ばれる場所にあった。
昨日の一件のあと、メイから息抜きをしようという提案があったためだ。
何でも下では“クリス”という名で通っているらしく、その正体が“クリスティーヌ”だと気づいている一部の者たちもどこからともなく現れた少女クリスとして接してくれるそうだ。
そんな情報を頭に入れてつつ、クリスは昔からの知り合いだという人物にあいさつの為に向かっていた。
「これから会いに行く人っていうのはどんな人なんだ?」
周りから怪しまれないようにこっそりとメイに話しかけた。
本来なら大通りで彼女に話しかけるべきではないのかもしれないが、王宮の中でそんなことを話すわけにもいかないし、大通りに出るまでの間は周りを警戒していたので話しながら歩けるような状態ではなかったのだ。
メイは少し空を青だ後に口を開く。
『どんな人ね……一言で済ませるとしたら変わった人かな? 悪い意味じゃないんだけど……なんだろう? 雰囲気が変わっているのかな? そんなところ』
「なるほど」
なんとなくわかったようなわからないような微妙な気分だ。
だが、これ以上追及しても実際会えばわかることの方が多いだろうから、ここでいったん納得しておく。
『あぁそうそう。このまま王都の裏庭で畑仕事をするなら仲良くした方がいいかもね』
「それはまたどうして?」
『鍛冶屋なのよ。剣や盾みたいなものから農作業に使うクワやなんかも作っている変わり者なの。だから、農具が壊れたときとかに修理してくれているのよ』
「あぁなるほど」
要はこれからあいさつしに行くのは行きつけの鍛冶屋と言ったところか。
そんな話を聞いている間に二人はメインストリートを外れ、多数の工房が密集する鍛冶屋通りに足を踏み入れていた。
*
鍛冶屋通り。
王都のメインストリートから少し離れたこの場所にある通りには大小さまざまな工房がひしめき合っている。
そのせいもあってか、このあたりの道や壁は工房から排出されるすすで黒く染まり、空には煙突から出る黒煙がひろがっていた。
各工房にはそれぞれ看板が下がっていて、様々な人たちが狭い通りを行き来している。
中には衛兵とみられる人たちや魔物を狩ることによって生計を立てている冒険者などの姿もあって、先ほどのメインストリートとは別の意味で活気にあふれていた。
さて、そんな通りの端の方……通りから少しだけ離れた袋小路の一番奥にその工房はあった。
鉄製の看板で“工房 マイ”という札がかかっている小さな扉を開けると、中に置いてあるボロボロのイスに黒い髪の少女が座っていた。
読書にいそしんでいた彼女は、扉につけられていた鐘の音につられるように顔をあげた。
「あら。いらっしゃい姫さん。今日は何をお求めで?」
「えっ?」
「あらあら? 私ったら対応を間違えちゃったかしら?」
王都の人間というのはクリスの正体に気づいてもそういったことは言わないとついさっき聞いたばかりだ。
確認の意味も込めてメイの方を見てみるが、彼女はそんなはずはないといわんばかりに首を横に振っている。
「いえ、これは大変失礼しました……いらっしゃいませ。“クリスの皮をかぶった誰かさん”。せっかく来ていただいたところ悪いですが……」
少女はそばにあった剣を手に取ってクリスののど元に突き付けた。
「さっさと出て行ってもらえません? 魔王さん。あぁもちろんこの工房からっていう意味ではなくクリスの身体からですけれど」
線の細いか弱い印象を受ける少女が放ったその言葉でクリスは、世界が凍りついてしまったかのように固まってしまった。




