王宮探索
畑での草刈りを大方済ませた後、クリスは王宮の裏庭から自室へと向かっていた。
すれ違う人々は相変わらずクリスを避けるように歩くのであまり廊下で人に会うことはない。
『せっかくですから、この機会に王宮内を歩いてみますか?』
「いいのか? そんなことをして」
『問題ありませんよ。もしもの時の言い訳は考えてあるので……とりあえず、行きましょう。まずは、そこを右折して下さい』
別にこの後、何かをしなければならないというわけではないし、どちらにしても王宮の構造はいつか覚えないといけないのでこれはある意味好奇なのだろう。
だから、クリスはマナの言う通りに王宮内を散策し始める。
調理場、食堂、使用人控室……何かをとがめられれば、長らく王宮を離れていたから中の構造を再確認しているのだと言い訳をする。
ただ、これは今回一度きりしか使えないので今度、何かの時に道案内を頼むときには別の理由が必要だろう。
それにしても広大な王宮だ。
ただ単に広いというだけではなく、その隅々まで豪華な装飾がされているという点に舌を巻く。
この小さな領土の王国のどこにこれほどの金があるのだろうか?
魔王の討伐をする国というにはこれほどまでに金が入るのだろうか?
普通に考えれば、兵器などに金を費やし疲弊していくというイメージが強い。
可能性があるとすれば、人間側最大の国である連合国からの資金援助をこういったところに回しているのか、高い高いといわれている税金をここに投入しているか、あるいはその両方と言ったところだろうか?
どちらにしても、この国に正当な手段でこれほどの王宮を立てられるほどの財が蓄えられるはずがない。
『相変わらず趣味が悪い。気分が悪くなるわ』
前を先導するメイがそうつぶやいた。
「確かにそうかもしれないな」
『かもしれないじゃなくて、そういうことよ。魔王城の方がよっぽどかましだわ」
「そうか」
魔王城は戦争で疲弊し軍資金が消えて行く中で芸術品などを売り払って維持していた城だ。
贅を尽くしたこの王宮に対して、魔王城は倹約に倹約を重ね、お世辞にもきれいとは言えない場所だ。
いわば、この王宮と魔王城とは両極端と言えるだろう。
「豪華すぎてもぼろすぎても不快か……」
『誰もが気持ちよく住める物件なんてないでしょ? もしも、スラムに住む子供たちに豪邸を与えたところでその子たちは落ち着かないでしょうし、逆に貴族に掘っ建て小屋を与えたら顔を真っ赤にして起こるでしょうね。世の中、そんなものよ』
「それもそうだな」
『そう。だから、お父様はこれぐらいの方が過ごしやすいってことでしょう? 外部から来た来賓に自らの財力を見せつけて満足する。そういったところじゃない?』
「なるほどな……」
こんなふうに会話をしている間に王宮内はあらかた歩き終わった。
そのまま談笑を続けようかというとき、これから進む角の先を見たマナがクリスを制止した。
「どうした?」
『シッ静かに』
なぜ、そんなことを言われたのか気になったが、言われるがままにしていると、角のすぐ向こうにあると思われる部屋からひそひそと話し声が聞こえてきた。
『……賄賂ですね』
様子を見ていたメイがつぶやく。
「賄賂?」
『はい。おそらく、今度の議会で新法案が確実にとおるように根回しをしているといったところでしょうか? ともかく、見つかると面倒なのでさっさとこの場から離れますよ』
「離れるって放っておいていいのか?」
『それよりも見つかる方が面倒よ。それにこの程度は日常茶飯事なんだから、今頃誰もとがめないわ。暗黙の了解ってやつなの』
若干の不満が残るクリスであったが、メイに促されるままにその場から離れていった。
賄賂が横行していることなどほんの序の口だという事実をこのときは知る由もなかった。




