魔王vs勇者
木刀を手に取ったクリスは勇者が指定した的(藁で作られた子供ぐらいの大きさの人形)の前に立つ。
「さて、的の撃破の概念だけど、的を倒せば勝ちよ。一応、的の確認はする?」
「そうさせてもらうわ」
前にアンドレとのトランプゲームでいかさまをされた経験から、クリスは的の中に手を入れたり、揺らしたりしてしっかりと的を確認する。
「……的を倒すというのは、的の中に立っている木の棒を折るということになるのかしら?」
「そうなるわね。どう? 簡単でしょう?」
このぐらいの的をへし折るぐらい簡単だという勇者に対して、クリスは内心焦っていた。
魔王の体ならともかく、今の体は一国の姫様。とてもじゃないが、的を倒せるほどの力があるとは思えない。
しかし、目の前の的にこれといった仕掛けはなく、また、この勝負に応じないという手がないのもまた事実なので、クリスは小さく深呼吸をしてから改めて勇者と向き合う。
「……始めましょうか」
クリスが告げると、勇者がポンと木刀を放る。それを受け取ったクリスは軽く素振りをしてから的の前に立った。
「それじゃあ、改めて言うけれどあなたがその的に一撃を加えてからゲームスタートよ」
「わかったわ」
その言葉を背にクリスは思い切り的を叩く。
まず、最初の一分は勇者は動かないのでこの一分がまさしく勝負のカギを握るだろう。
クリスはなけなしの魔力で身体強化の魔法を使い、ほんの少しだけ身体能力を上げて的をたたき続ける。
しかし、いくら叩いても藁が飛び散るだけで仲の木の棒にダメージを与えられている気がしない。いくら身体強化をしたところで元の体が弱かったライミがないということなのだろう。
そう考える一方で、少しでも勝つ確率を上げようとクリスはひたすら同じところをたたき続ける。
「はい。1分経過」
的を夢中でたたいているうちに時間が過ぎていたらしい。
勇者が木刀をもって的に近づき……
「ふんっ!」
たたいた結果、一発で的は折れて、部屋の壁の方まで吹っ飛んでいった。
いろいろと訳の分からない手を使っていたとはいえ、やはり勇者は勇者ということなのだろう。
「それじゃあ。私が的を設置している間も叩いていていいから。そして、的を立ててから、私は再び一分間待つわ」
一発で的をへし折った勇者の表情は余裕そのもので、どこかへと的を取りに行ってしまう。
部屋に一人残された私は手に伝わってくる振動と、それに伴う痛みと戦いながらひたすら的をたたき続けていた。
*
「はい。それじゃ一分後に私が三本目をたたくからね。まぁせいぜい頑張ってよ」
勇者ののんきな声が聞こえてくる。
ゲームが開始してからひたすら的をたたき続けているが、的は少し傾いただけでいまだに倒れる気配はない。おそらく、次の一分が経過した時、勇者の一撃で的は見事に粉砕され、こちらの負けが決定するだろう。
負けはすなわち死を意味する。
勇者がどのような方法でこちらに死をもたらすのか知らないが、死に対する恐怖とメイに対する申し訳なさが非力ながらも、的をたたく手を動かし続ける。
「さて、そろそろ行きますか」
一分が経過したらしい。
勇者が悠然と歩いてきて、的に木刀を添える。
「それじゃあ行きますねー」
「……待て」
勇者が思い切り木刀を振りかぶったその時、部屋の中に静かながらもはっきりとした声が響く。
その声に勇者もクリスも動きを止めて後ろを振り向いた。
すると、そこには壮年の老人が立っており、彼はゆっくりと勇者の方へと歩みを進める。
「その勝負少し待ってほしい」
彼は勇者とクリスを牽制しつつ、ゆっくりと確実に歩を進めていった。




