王宮での二人(衛兵編)
「そうですね。彼は訓練には必ず参加しますし、周りとも積極的に関わろうとしてますね」
衛兵長はアンドレのことをこう表現する。
サラと同じように怪しまれないようにと気を付けて振る舞っているのだろう。衛兵の訓練というのは、様々な事情からどうしても訓練を休んだりする人もいるし、中には訓練をサボるということも珍しくはないらしい。そんな中において、彼は訓練へは必ず参加し、それを通じて周囲の他の衛兵とも積極的に関わっているらしい。
「なるほど。アンドレについても怪しいところはなしと」
クリスとしては衛兵長を完全に信頼しきっている訳ではないので一応メイに監視させていたので彼が言っていることが間違っていないことはよくわかっている。だが、こうも怪しい動きをされないと自分の推測が正しいのか怪しく思えてしまう。
「どうかされましたか?」
「いえ……まぁそのまま監視を続けてちょうだい。それで、もう一つの話題なのだけど……」
「はい」
「衛兵の中でほかにこちら側に引き込めそうな人材はいるかしら?」
クリスが尋ねると、衛兵長は少し難しそうな表情を浮かべる。
「そうですね……そういった話だと、選定がなかなか難しくなるかと思います。今は下手に仲間を増やすよりも敵である可能性がある者を調べ上げるほうが優先されるべきなのではないですか?」
彼のいうことはもっともだ。たしかに協力者を集めるのは怪しい人物をちゃんと調べあげ特定したあとの方がいいのかもしれない。
「たしかにそうかもしれないけれど」
しかし、それをやっていては時間がかかりすぎる。別に目の前に危険が差し迫っているというわけではないのだが、こういったことは早く解決した方がいい。
「クリス様。私からこのようなことを申し上げるのは失礼かもしれませんが、少し焦りすぎではないでしょうか?」
「どういうこと?」
自分としては勤めて冷静に振る舞っているつもりだ。しかし、彼から見ればクリスはひどく冷静さを書いているように見えるのかもしれない。
「今のクリス様は多くのことを一度に進めようとしています。それをしていては、どこかでほころびが生じ、悪い結果になってしまう可能性も否定できません。ここは一旦落ち着いて、一つ一つ確実に物事を進めるのがよいかと」
「それはそうかもれないけれど……」
確かに時間がないというわけではない。しかし、その一方で少しずつだが、確実に暗殺未遂事件自体がうやむやになりはじめている。
当初、主犯かもしれないとされていたアンズや衛兵長はその疑いが晴れつつある。このまま行くと、勇者も誰も関係のない、そもそもそんな事件などなかったという結論に至る可能性すらある。本来ならそれは望ましいことなのかもしれないが、自分の中のなにかがそれは違うと警告信号を発し続けているのだ。
それがどういった根拠から来るものなのかと聞かれると答えられないのだが、とにかく何もないはずがないと自分の中のなにかがいっているのだ。そうなると、事件がなかったことになる前になんとか解決してしまうべきだと思うのだが、衛兵長はそれを指してクリスが焦っているといっているのだろう。
「クリス様。身の危険を感じているのなら命を懸けて守ります。それに……」
「私が恐れているのはそこじゃない」
しかし、決定的に読みきれていないのはクリスが焦っている理由だ。衛兵長がクリスの死の偽装を施そうとするような自体が起こるほどの事件があるにも関わらず、全体像を全く見えてこない。それこそがクリスの焦りの理由だ。
「……私が恐れているのは事件の全体像が見えないこと。まぁでも、とりあえず、協力者の話は一旦保留にしましょうか」
「聞き入れていただきありがとうございます。それでは失礼いたします」
クリスとの会話を終えた衛兵長は一礼をしてから去っていく。クリスはその背中をじっと見つめていた。




