メイド長のこだわり(後編)
「あーもう。そうじゃなくて、もっとゆっくりと飲んでください。これは香りが大切なお茶なのですよ」
メイド長はこれで経に入ってから何度目かともなるため息をつく。
その原因はクリスのお茶を飲む態度にある。
当初こそ、やさしく教えてくれたメイド長であったが、クリスの動作一つ一つに対して、注意する言葉が徐々に厳しくなっていた。
クリスとしては普通にお茶を飲みたいのだが、メイド長はこのお茶は香りが大切だとか、このお茶はのど越しがとか、これは一気に飲むべきだとか、そういったことをいちいち注意してくるのでたまったものではない。
ただ、ここでそれをやめろといって我慢させるのも申し訳ないので彼女の指示に甘んじているが、これが仮に自分以外の王族相手だったら、いろいろとまずいことになるのではないだろうか。はたまた、この程度では何かをされることはないという信頼からの行動かもしれない。
いずれにしても、彼女の行動に多少の疑問符がつくのは事実だ。それとなく指摘した方がいいかもしれない。
「あのーメイド長。私にいろいろとしてくしてくれるのはいいですけれど……その、なんというか、もうすこし自由にさせてもらっても……」
「今までのあなたが自由すぎたのです。全く。アニーもアニーです。あれほど自由な方だから過剰に自由にさせないでくれといっておいたのに……」
メイド長の中でクリスは相当な自由人だとみられているらしい。そのことに対しては、度重なる脱走などを踏まえて考えると、否定できないのだが、すくなくとも本人の前でいうのはいささか失礼ではないだろうか?
クリスはそう思いながらも、これ以上の反論を避けるために口を閉ざす。
「まぁでも、私も少々首を突っ込みすぎたかもしれません。申し訳ございませんでした」
そうしているクリスに対して、メイド長は深々と頭を下げた。どうやら、クリスからの指摘がある程度効いているらしい。
「わかってくれればいいのよ。わかってくれれば」
それを見たクリスは満足げに微笑んで仕事に戻る。
「……というわけだから、書類がしまってある場所を……」
「ダメです。それは私が取りに行きます」
「あぁ……そう」
多少自由になれたと思いつつも、どうやら完全にとはいかないらしい。本当にアニーから書類の在処とかその他もろもろについて聞いておけばよかった。そう考えながら、クリスは小さく息を吐く。
「まぁいいわ……とりあえず、次の議題は東北部の農地の拡大についてね」
今、自分が手に取っている書類には食糧不足の対策として、これまでのうちに不向きだといわれてきた東北部に大規模な農場を整備。それと同時に環境の厳しい東北部でも育つように作物を改良するというものだった。
「……なるほどね。メイド長。ちょっと中庭に行くわよ」
その内容はクリスに興味を持たせるためには十分すぎるものだった。
たしか、以前干ばつ対策として新しい作物を開発するように指示をしていたはずだ。
その作物の研究の進み具合を確かめてみるのもいいかもしれない。
「中庭ですか?」
「そう。中庭。ちょっとみたいものがあるの」
クリスはそう言うと、席から立ち上がり、大きく伸びをしてから、中庭へと向かった。




