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メイド長のこだわり(前編)

 アニーが旅立って数日。

 クリスの姿は王宮の執務室にあった。


 農水大臣という役割に就任して以降、周りが意外と優秀だという事実に胡坐をかき、まともに仕事をしていなかったのだが、メイド長にちゃんと仕事をしろといわれてしまったのだ。

 さすがメイドを取りまとめているだけあるとでも言うべきか、彼女はアニーに比べていいことも悪いこともはっきりという。おそらく、それによってクリスに何かをされるということがないという信頼で裏打ちされた行動なのだろうが、それでも使用人としてみたときにこれほどはっきりと王族に対してモノが言える人材というのはかなり貴重だろう。


「メイド長。今期の農業の実績についての資料を持ってきてもらってもいいかしら?」

「はい。かしこまりました」


 それにしてもだ。彼女はメイド長との仕事と並行して、自らにずっと付き添い専属メイドとしての仕事をしているのだ。たったの一か月とはいえ、完璧すぎるほど完璧に仕事をこなす彼女が体調を崩したりすることがないのか心配になってくる。

 見かねて昨日の夜に私の世話は適当でいいから休み休みやって欲しいと伝えてみたが、逆に仕事をとるなと怒られてしまった。それほどまでの仕事人間である彼女を休ませるにはどうしたらいいだろうか?


「お待たせいたしました」

「ありがとう。ねぇこういう書類ってどこにあるの? 教えてくれれば自分で取りに行くけれど」

「そういうわけにはいきません。あなた様が自ら行動する理由などありませんので」


 少しでもメイド長の負担を減らそうとするのだが、彼女はかたくなにそれを拒否する。

 自分の仕事が取られるのがそんなに嫌なのか、はたまたそれが彼女なりの敬意の示し方なのかわからないが、これではやりにくくてたまらない。

 書類ぐらい人に頼まなくても自分で取りに行きたい。そもそも、アニーが専属メイドをしているときにちゃんと聞いておかなかった……というよりも、仕事をしなかったのが起因とはいえ、いちいち人にものを頼まないといけない状況というのはいささか面倒だ。


 これもそういう立場なのだから仕方ないといわれてしまえばそれまでなのだが、クリスとしてはどうも納得が行かない。


「メイド長」

「なんでしょうか?」

「お願いだから少してを抜いてちょうだい。私がやりにくいから」


 クリスはこれ以上これが続いてはたまらないと考え、正直にお願いしてみる。


「いえ、そのような気遣いは結構ですので、どうぞ私をお使いくださいませ」


 しかし、それが本心には聞こえなかったらしく、きっぱりと断られてしまった。

 もしかしたら、どうすれば、彼女の負担を減らせるかと考えるのは無駄なことなのかも知れない。


 そこまで考えて、クリスは深くため息をつく。


「どうかされましたか?」

「なんでもないわ。ちょっと休憩しましょうか」

「わかりました。お茶を用意いたします」

「あぁそういうのはいいから……ってもういないし」


 クリスが声をかけるころにはメイド長は部屋を出て給湯室へと向かってしまった。


 彼女が去っていた扉を見つめて、クリスは深くため息をつく。


 やりづらい。本当にやりづらい。


 アニーはクリスが手を抜けといえば、手を抜いてくれるし、書類の在処を教えてくれといえば教えてくれる。

 メイド長とアニーとどちらがメイドとして優秀かと聞かれるとメイド長の方が優秀なのかもしれないが、クリスとしてはアニーが世話をしてくれる方が過ごしやすいと感じていまう。


「まぁ一か月の辛抱か……その間にメイド長が倒れなければいいけれど」


 クリスがつぶやいたその言葉は誰にも聞かれることなく、天井へと消えていった。

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