勇者と姫
部屋に入ってきた勇者は迷うことなく、椅子に座り、クリスにも反対側に座るように促した。
「それで用事をお聞きしてもよろしいかしら?」
クリスとしては彼を早く部屋から追い出したいので笑顔で用件を聞きだそうと試みる。
彼は、少し苦笑してから口を開いた。
「まぁちょっとあいさつをね。この場所にいれるのも今夜までだし」
「そうなの」
「そう。国王はいつまでもいてくれていいって言ってくれたんだけど、どうにもここの生活は肌に合いそうになくて……だから、元通りの生活をしようかなって思ってる」
勇者は少しうつむき加減で語る。
クリスのすぐ横に立つメイは黙ったまま彼を見つめていた。
「でも、思ってもそれはできそうにない」
それもそうだろう。
彼は国をすくった勇者だ。家に戻ったところで元の生活がある保障などどこにもない。
いくら本人がそうしたいと願っても、周りがそうはさせてくれないだろう。
クリスは彼のもともとの生活を知るわけではないが、スラム街に住む孤児だと報告を受けたことがある。
勇者がスラム街に戻るなど許されるはずがない。
「だから、旅に出ようと思うんだ。この広い世界をこの目で見てみたいって。そうなると、クリスとは二度と会えなくなる可能性もある。だから……」
「……二度と会えない。なんてことはないと思います」
クリスは勇者の言葉をさえぎった。
「えっ?」
「二度と会えないなんて言わないでください。この世界は確かに広いし、未開の土地もたくさんあるでしょう。それでも、世界はたった一つしかない。どれだけ広かろうが、この世界はただ一つなんです。お互いに生きて、もう一度会いたいと願えばどこかで会うことができるでしょう。だから、今すべきあいさつは“さようなら”ではなくて“また、今度会いましょう”じゃないかしら?」
勇者は意外そうな表情を浮かべる。
『結構、いいこと言うのね。二度と故郷には帰らないなんて言ってたくせに』
メイがそんなことを言っているが無視する。
「そう……かもな」
勇者は納得したように顔を上げた。
「そうだよな。さようならなんて言わずにまた会おう。っていった方がよりいいな」
「そうでしょ。また、あったらぜひとも土産話を聞かせてほしいわ」
クリスはメイとの訓練で鍛えた笑顔を勇者に向ける。
彼は、にっと人懐っこい笑みを浮かべた。
「そうだな。今度会ったら、数々の冒険の話を聞かせてあげる。だから、待ってて!」
「えぇ。待ってるわ。ここでとは言わないけれど……また、どこかで会えることを信じましょう?」
はっきり言ってクリスがいつまでもここに入れる保証はどこにもない。
何かしらのへまをして追い出されるかもしれないし、メイとの合意の上で城を抜け出すかもしれない。
だから、ここで待っているなんて言ったら約束を破ることになるかもしれない。
「そうだな。また、この世界のどこかで」
そういうと、勇者は立ち上がった。
その顔はどこかすがすがしく、すっきりしたモノだった。
「また、会おう」
もう一度、そういうと彼は部屋から出て行った。
『あなた。今度、会うときは本来のクリスティーヌが会えればいいって思ってるんじゃないの?』
彼が出ていくなり、メイが口を開いた。
「さぁな。今日は疲れた。もう寝るぞ」
メイの質問にあいまいな笑みで返してクリスは寝室へと消えて行く。
『まったく、素直じゃないんだから……』
彼女の言葉がクリスに届くことはない。
だが、メイは満面の笑みで窓の外の月に目をやった。
『本当に素直じゃない』
彼女の言葉は夜の闇に吸い込まれていった。




