使用人の調査に向けて
王宮の中にあるクリスの部屋。
中央におかれたテーブルには質素な夕食が二人分並べられており、クリスとアニーは互いに向かい合うような形で夕食をとっていた。
「……どうされるつもりなんですか?」
「どうするって?」
「調査ですよ。本当にまた王宮を抜け出すつもりですか?」
アニーに改めて聞かれて、クリスは食事の手を止める。
「そうねぇ。さすがに四回目はまずいかしら?」
正直な話、再び脱走した場合今度はそれなりに長期間になる可能性がある。となれば、周囲にその事がばれるリスクも増大するわけで、そうなればクリスだけではなくアニーにまで危害が及ぶ可能性が高い。
「……でも、それは私が外に出たときの話よね」
そうだ。これはあくまでクリスが出たらの話だ。例えば、アニーに一ヶ月ほど休暇を与えるなどというのはどうだろうか? いくらクリスといえどもその程度の権限はあるし、正直な話一か月代わりのメイドもしくは自分で身の回りのことをするだけで情報が得られるのならば安いものである。
「どうかしましたか?」
「ねぇアニー。いいこと思いついたわ」
「いいことですか?」
「そう。時にアニー。休暇は欲しくないかしら?」
「あーもしかして、そういう事でしょうか?」
どうやら、アニーは休暇に関する一言でクリスの考えをある程度察したらしい。
「そうなると、どう動きますか?」
「そうね。一応、連絡係としてアンズを付けるから、彼女を通して随時指示を受け取ってちょうだい。報告もあの子経由でお願いね」
「……かしこまりました。それでは夕食を食べ終わったら代わりのメイドを探しますので少々席を外しますね」
その会話のあと、再び夕食が再開される。
「そういえば、代理の専属メイドに希望はありますか?」
「……そうね。サラ以外だったら気にしないわ。どうせ、一か月の辛抱だし」
「そうですか。それでは、こちらで適当に選任させていただきますね」
「えぇ。それで頼むわ」
別段、親しいメイドの中から誰か指名してもよかったのだが、専属メイドという役割に対して向き不向きというものがあるだろうから、ある程度選任は任せた方がいいだろう。そんな判断からの言葉だったのだが、アニーはちゃんと意図を組んでくれたらしい。それにアニーなら同僚の中から比較的優秀な人間を選んでよこしてくれるだろという信頼もちゃんと持っての判断である。
「それでは夕食を食べ終わったらメイドの選任と休暇の準備に入ります」
「えぇよろしく頼むわ」
その後は時々雑談を挟みながら食事が進められる。
食事を終えると、アニーは早々に食器を片付け立ち上がる。
「それでは、メイド長に話をして来ますね」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
短い会話の後、アニーは食器をもって退室していく。クリスはその背中にヒラヒラと手を振って見送った後、ゆっくりと立ちあがり、ベットに移動する。
「ねぇメイ」
『なに?』
「これでいいのよね」
クリスがぽつりとつぶやくと、メイは小さく首をかしげて返答する。
『アニー一人に調査をさせること? それとも、アニーに同僚を疑わせるという行為? はたまた、使用人の関与を疑うという行為そのもの?』
「全部よ。私が出れないのはじれったいし、使用人を疑うようなことはしたくない。それが私の本心よ」
『でも、それをするのが王女の役割よ。自らの身を守るためにもね』
「わかっているけれど……」
メイの主張に対して、クリスはいまいち納得がいかない。
使用人という仲間を信用したいクリスに対して、メイは自らの身を守るために仲間を疑えと進言しているのだ。
もちろん、メイの主張が正しいというのは理解できているのだが、どうしてもクリスは納得しきれない。
『まぁいいわ。あなたと私じゃ元の立場が違うもの。納得できないのも無理ないわね』
メイはそれだけ言い残して、天井へと消える。
クリスは彼女が去っていった後の天井を見上げ、小さくため息をついた。




