部屋の中で(前編)
王宮内にあるクリスの部屋。
再び人払いがされたその部屋の中でクリスは部屋中のものをひっくり返して調査を行っていた。
「アニー。何か出てきた?」
「こちらからは何も」
探しているのは主に勇者がこの部屋でしていたことの痕跡だ。
時間が経っているとはいえ、勇者がこの部屋で何かをしていた以上、何かしらの痕跡があるだろうという希望的観測から始まった調査なのだが、クリスもアニーもそして、メイもようやく手に入れた糸口を離すまいと必死になっていた。
「……ないわね。何も……」
しかし、探せども探せども出てくるのはクリスの私物とホコリぐらいで何か違和感を感じるようなものは全く落ちていない。強いて言えば、部屋の手入れの雑さが露呈したぐらいである。
「いったん休憩しましょうか」
部屋の半分ほどをあさったころ、クリスがそう提案する。
正直なところ疲れてしまったのだ。つくづく体力のないこの体に文句を言いたくなるが、元の持ち主が目の前にいるのでそれは口には出さない。
クリスは椅子の上に山積みになっている私物をどかすと、ゆっくりと椅子に腰かける。
「……少々お待ちください。お茶をお持ちします」
その様子を見届けたアニーは小さく頭を下げてから部屋を出ていく。
給湯室へ向かったであろう彼女の背中を見送った後、クリスは部屋の上の方に浮かんでいるメイに声をかけた。
「……ねぇメイ」
『何?』
「勇者の話し相手って誰だと思う?」
ミリィから聞き出した話の中で生まれた疑問は二つ。
一つ目は勇者が誰と会話をしていたのかという点、二つ目は勇者がクリスの部屋で何をしていたのかという点だ。後者については現在、部屋を探し回っているわけだが、前者についてはさっぱり予想がつかない。話の内容からして、事件の黒幕であることは間違いなさそうだが、その相手がだれか推理をするには情報があまりにも足りなさすぎる。
国王か、そのほかの王族か……そもそも、王宮の関係者なのか……
全くわからない。ただ一つわかることといえば、その相手がクリスのことをよく思っていない誰かだということぐらいだ……そう考えると、やはり王族だろうか?
「クリスティーヌ姫。今、よろしかったでしょうか?」
クリスの思考を遮るような形でメイド長の声が響いてきたのはちょうどその時だった。
「どうぞ」
クリスが声をかけると、メイド長は扉を開けて入ってくる。
「わざわざ人払いをしているときに何の用かしら?」
「……クリスティーヌ姫もわざわざ人払いをして掃除ですか? 命じていただければ我々一同お手伝いたしますのに」
メイド長は今の部屋の状況を掃除していると考えたらしく、ぐるりと部屋を見回してから窓際まで移動し、窓を開ける。
「あぁまぁこれはちょっとね……」
「……勇者様が部屋で何をしていたか知りたい。とか、なんとか考えているのですか?」
メイド長がクリスの言葉を遮って指摘した内容にクリスは体をびくりと震わせる。
なぜ、彼女はクリスが勇者を疑っているのを知っているのだろうか? というのが主な心情だ。
しかし、メイド長はクリスのそのような感情など気にする気配もなく言葉を続ける。
「……先ほど、ミリィから聞きました。勇者について根掘り葉掘り聞いていて、最終的に彼がこの部屋に侵入していたという話を聞いたそうですね。そのタイミングでこの部屋の状況……私の中ではそういう結論に達しました……あなた様は勇者様の何を調べているのですか?」
まずいことになった。こうなるのだったら、ミリィにしっかりと口外しないようにといっておくべきだった。
そんな後悔がクリスを襲うが、いまさらそんなことを考えても後の祭りだ。
「……あーそれについては……」
クリスは頭の中でいろいろと言い訳を考えながら口を開く。
一瞬、メイド長になら放してもいいのではないかとも考えたのだが、やはり確証がないのに勝手なことを言うわけにはいかない。そんな思いからの行動だ。
「……やはり、勇者が自分の部屋で何をしていたのか気になるから……かな?」
だが、口から出てきたのは月並みな答えだけだ。
「……そうですか。私も勇者様があなた様の部屋で何をしていたのか気になるのは事実でしたから……でも、勇者様のことをあまり悪く思わないでくださいね。ミリィがクリスティーヌ姫と勇者の関係を悪くしてしまったのではないかと気にしていましたから」
「えっあぁそういうことね……あとで彼女には話をしておくわ」
「はい。そうしていただけると助かります。それでは、私はここで……失礼いたしました」
そこまで言うと、メイド長は頭を下げて部屋から出ていく。
その背中を見送ると、クリスは大きく息を吐いて椅子に寄り掛かる。
「……疲れた」
「……失礼します。お茶をお持ちしました」
メイド長とのやり取りで疲労困憊したクリスのもとにアニーが紅茶を持ってくる。
「ありがとう」
クリスは礼を言いながら、紅茶に口を付けた。




