勇者担当メイドの証言(後編)
「……あれは勇者様が城を発つ三日前のことでした」
そんな切り出しでミリィは自らが目撃したことについて語り始めた。
*
勇者が城を発つ三日前。王宮内はにわかに騒がしくなっていた。
いよいよ魔王との戦いが始まるのである。勇者が魔王城へ出発した時点で十分な宣戦布告であることから、王宮では魔族の襲撃を警戒し、通常の態勢から臨戦態勢へと移行しつつあった。
当然ながらメイドたちも通常の業務はいったん中断し、そちらの手伝いに加わっていた。
ただ一人、ミリィを除いて。
「君はあれに加わらなくてもいいの?」
いつもと変わらず勇者の身の回りの世話をしているミリィに勇者から声がかけられる。
「……わたくしはあなた様の担当ですから。最後までそばに控えております」
「……そう。でも、ちょっとだけ席を外してもらってもいい? やりたいことがある」
「わたくしは邪魔ですか?」
「そういうわけじゃない。ただ、ちょっとだけ一人になりたいんだ」
「かしこまりました」
勇者の意見を聞き入れてミリィは勇者を残して部屋を出る。
これまで約一か月勇者の身の回りの世話をしてきたが、初めてのことだ。これまで図書館に行くにしても、食事をするにしても常にミリィがそばにいたのだが、同行を断られたことは一度もなった。ただ、普通に考えれば出発前なのだから一人で考えたいこともあるだろう。
そう結論付けてミリィは部屋のすぐそばの廊下にある椅子に腰かける。
「……おい。話と違うぞ」
部屋の中から勇者の声が聞こえてきたのはちょうどそんな時だった。
普段のそれとは違う声色にミリィはびくりと体を震わせる。
確か、今あの部屋には勇者しかいないはずだ。となると、勇者の会話の相手は誰だろうか?
もしかしたら何かしらの魔法で遠くの人物と会話をしているのだろうか? となると、会話が聞こえない程度のところまで離れた方がいいだろうか?
「……おい。でも、例のやつを始末するなら、早めに手を考えないと……」
そう思った瞬間、部屋の中から妙に不穏な会話が聞こえてきた。
それと同時に勇者が廊下に出てくる。
ミリィはとっさに物陰に身を隠した。
「あぁだからといって……あぁもう。わかった。やるよ」
廊下の物陰から盗み見る勇者の姿は普段のそれとは違い、どこか冷たい印象を受ける声と表情だった。
彼はそのまま廊下を歩き、広場の方へと向かう。
ミリィはこのまま追いかけてよいものかと迷ったが、何かあってはいけないと考えこっそりとついていくことにした。
勇者は廊下をまっすぐと進んでから中央広場に向かう。
中央広場は戦闘体制への移行でかなりざわついていたが、勇者もミリィも誰にも声をかけらられることなくそこを通過する。
「……ここは……」
勇者が寝泊まりしている部屋を出てから約十分。
勇者が立ち止まったのは今まさに救助を待っているクリスの部屋の前だった。
勇者は何の躊躇もなくドアノブに手をかけるとそのまま部屋の中に入っていく。
その後、勇者がクリスの部屋から出てきたのはそれからさらに一時間が経過したときだった。
*
「……というのがわたくしが見たすべてです。ただ、あの時勇者様がなにをされていたのかはわかりませんし、夜中を除けばわたくしがずっとそばにいたので、このとき以外はこのような行動はしていないかと……」
ミリィが話し終えると、部屋は一気に静寂に包まれる。
その原因となっているのは主にクリスだろう。彼女はこぶしをしっかりと握りしめ、何かを抑えているように見える。
「……なるほど……勇者が私の部屋に侵入していたと……それはそれは話しにくいことをありがとうございました」
「いえ……あの……やっぱり、この話って余計でしたか?」
「いえ、参考になったわ。持ち場に戻ってください」
「えっあぁはい!」
ミリィはいきおいよく立ち上がると、そのまま逃げるように部屋から出ていく。
「……なんというか……よくわからない話でしたね」
彼女が出ていった扉を見つめながらアニーがつぶやく。
「……そうね。でも、いくつか分かったわ……」
「何がですか?」
「勇者がわざわざ私の部屋に侵入したっていうことよ。あと、いなかったとはいえ私の部屋の警備の甘さね。まぁ後者はどうでもいいとしても、前者について考えれば何か仕掛けたのかもしれないわ。いったん部屋に戻りましょう」
そういうとクリスは椅子から立ち上がり、部屋の外を目指して歩きだす。
アニーはクリスたちが立った後、そのままにされている椅子を戻してからその背中を追いかけ始めた。




