勇者担当メイドの証言(前編)
王宮内の使用人の休憩室。
その一角が非常にざわついていた。
その騒ぎの中心にいるのは、本来このような場所に姿を表すはずのないクリスとその専属のメイドだ。
「ですから、ミリィさんを出してくれればいいとクリスティーヌ姫はおっしゃっているのです。早くなんとかならないのですか?」
「あいにくミリィは他の仕事をしていまして……火急ですか?」
「火急とは言いませんけれど、あまり姫を待たせるのは……」
先程から、ミリィというメイドを出すようにと要求しているアニーはクリスティーヌ姫という権力を存分に借りて強引にミリィというメイドを引き出そうとしている。
しかし、その応対をしているメイドはできないの一点張りであり、話は平行線をたどっていた。
「でしたら、今すぐというわけにはいきません」
クリスティーヌ姫を目の前にして、そのメイドはぴしゃりと言い切って、背を向ける。
その態度に対してざわついたのはその回りを囲んでいるメイドたちだ。
当然だろう、単なる一メイドが直接ではないとはいえクリスティーヌ姫の要請を断ったのだ。
そんなことをして、騒動にならないほうがおかしいだろう。
現に彼女の周囲にいたメイドが、さすがにそれはいけないだの、もう少し言い方があるだの、そもそも姫のたのみを断るのは非常識だのと言い出している。
「いいのよ。これぐらいじゃないと」
しかし、本人に自制する気はまったくないらしく、むしろこれぐらいして当然だと言わんばかりの態度だ。
「ちょっと、あなた」
さすがに見かねたのか今度はメイド長が出てくる。
「着いてきなさい」
メイド長はそのままメイドの首根っこをつかむと、そのまま引きずるようにしてメイドをつれていく。
「ほぼ間違いなく説教ものね……あれは」
クリスはそんなメイドの姿を見ながら心の中で合唱をする。
そうしている間にもほかのメイドが出てきて、クリスに一礼をした。
「先ほどはほかの者が失礼いたしました。ただいまミリィをお連れしますので少々お待ちください」
なぜ、ほかのメイドが早く出てこなかったのかわからないが、ミリィを呼んでもらえるのなら別に問題ないだろう。
そう考えたクリスは近くにあった椅子に腰かけてミリィがやってくるのを待つことにする。
ミリィを呼びに行ったメイドがクリスのもとへと戻って来たのはそれから十分ほど経過したときだ。
彼女は走ってミリィのもとへと向かったらしく、肩で息をしながらクリスに声をかける。
「すみません。お待たせいたしました。ミリィを個室に呼んでありますのでどうぞこちらへ」
「ありがとう」
メイドの案内でクリスとアニーは個室へと向かう。
それと同時に空に浮かんでいたメイも移動を開始する。
『……勇者担当のメイドね……何か知っていればいいのだけど』
「まぁ何か知っているまで行かなくても、せめて勇者の性格ぐらい知っていれば御の字よ。彼がどんな人物なのか知るのが目的なのだから」
『それもそうね』
そう。今回の目的はあくまで勇者の人となりを知ることだ。
ただその一方で勇者本人がただのメイドに自身の計画のしっぽをつかませるようなことはしないだろうが、油断して何かを口走っている可能性もあるのではないかという期待もある。
ただし、仮に勇者がクリスに対して危害を加えるようなことを言っていたとすれば、上に報告がいかなければおかしいのでその可能性は皆無に等しいと考えているのだが……
「こちらでございます。それでは、わたくしはここで」
そんなことを考えている間にも案内は終わり、メイドは恭しく頭を下げてから立ち去っていく。
「入るわよ」
その姿を見送った後、クリスは一言断ってから目の前の扉を開く。
扉を開けた向こうには一人のメイドが窓の外を見ながら立っていた。
「……あなたがミリィね」
その背中に声をかけると、ミリィはゆっくりとした動作でクリスの方に振り向いた。
「はっはい。わたっわたくしがミリィでございます! その! よろしくお願いいたします!」
彼女はおどおどとした様子を隠さないまま深く頭を下げた。




