工房の地下
工房から階段を下り続けてどれくらいかかっただろうか?
そう思えるほど時間間隔がおかしくなってきたころ、ようやく目的地に到着した。
「ここが私たちの秘密基地……クリスがさらわれてから奪還されるまでクリスを探すために有志で立ち上げた捜索のための基地よ」
「わーこれは……」
『なんというか……』
クリスたちの目の前には工房の地下とは思えない様な設備が広がっていた。
まず、最初に目を引くのは部屋の中央に置いてある人ひとりぐらいすっぽりと収まりそうな巨大な水晶玉で、続いてそれを囲むように置いてある椅子、壁に建てられた本棚には大量の書籍が置いてある。
「これであなたの行方を捜していたのよ。その過程でクリスが王女様だって知ったの……あの時は驚いたわ。まぁだからこそ町の人たちも協力してくれたのでしょうけれど……」
ある種の予想通りだが、クリスは町の人たちにかなり親しまれていたらしい。それこそ、これほどの部屋を作り、皆で捜索するぐらいには……
「そうか。クリスはこれだけ慕われていたのか……」
思わずそんな言葉が漏れる。
王国が(どこまで本気だったかわからないとはいえ)ちゃんと捜索するのは当然としても、民衆がこれほどまで団結して、行方を追う……それも、王女だと知らない人も集まってだ。それほどまでに彼女は民衆に慕われ、愛される存在だったのだろう。
「クリスは姫であることを隠しながら……まぁ結果的には隠せていなかったのだけど、町のために貢献していたわ。それが町の人たちに正当に評価されている結果といっても過言じゃないわね。ある種、悪政を強いている現在の国王が倒されないのはそれが根底にあると考えらているわ。もっとも、現国王はそれが気に入らない様子ではあるのだけど……さて、この場所に使われている装置の魔法というのは少々特殊なものなのよ。ここだけの話、こっそりと亜人に協力してもらったうえで時間限定とはいえ、過去の映像を映せるようになっているの」
「つまり、これを使って自らの身の潔白を証明するだけでなく、犯人を探し当てたいといったところなの?」
「そうよ。あぁわかっていると思うけれど、装置のことは他言無用でお願いするわ。見つかるといろいろ面倒でしょうから……」
「それはもちろん」
返事をしながら、クリスは頭の中で思考を巡らせる。
この装置のことが他言無用だということは、この装置を使って犯人を割り出したところで別の方法で証拠を集め、犯人を追い詰める必要が出てくる。ただ、それでも闇雲に探すよりは何倍もましだろう。
「それじゃ、装置の準備をするからちょっと待って居てちょうだい」
マミは装置の方へと歩いていき、起動ボタンだと思われる赤いボタンに手を触れる。
『ねぇ。これでもし犯人が……』
「犯人が誰でも私が知りたいと願っているの。それだけじゃダメ?」
おそらく、メイは犯人が自分たちに近しい時間物だった時のことを不安視しているのだろう。
もし、犯人がメイに近い人物だった場合、クリスは厳しい決断を迫られるのは必至だからだ。
メイの……本来、クリスである人物の目の前でクリスとして犯人を断罪する。そんなことが起ころうものなら……さらに言えば、犯人がアンズだった場合でもクリスはそれはそれで厳しい決断を迫られることになる。できれば、まったく知らない誰かが王族の首を取ろうとしているという程度の事件であってほしい。
そこまで考えて、クリスはゆっくりと首を振る。
いや、今はそこまで考える時期ではない。まずは犯人を見つけなければならない。事件さえ解決すれば、周りの厳しい目こそあっても、安心して人々のために農業という形で貢献できる。それが、今のクリスがなすべきことだ。
「準備できたわ」
マミの声が地下室に響く。
その声につられるようにしてクリスは装置の方へと歩みを進めていった。




