マミの証言(中編三)
かつて、まだ魔王という存在が権力をふるい、世界を恐怖に陥れていたとされる時代。
魔族領に近い小国に一人の少女の姿があった。
空から大粒の雨が降りつける中、彼女はただひたすら通りを歩いていく。
「……確か、この辺だったと思うんだけど……」
時々そのようなことをつぶやきながら少女は大通りを歩く。
そんな彼女の片手には小さな紙切れに書かれた地図が握られていて、そこの中心には「ここ」と大きな文字で書かれている。
もうすこし詳細な地図は書けないのかとも思うのだが、これから会う相手の性格を考えるとそれを期待するのは難しいだろう。そこまで考えついて少女は小さくため息をつく。
「ねぇちょっと、そこのお嬢さん。迷子にでもなっているのかい?」
そんな少女に唐突に声がかかる。
こんな町の中で赤の他人に声をかける人がいるなどとは思っていなかったマミは体を一瞬、びくりと震わせてから振り返った。
ゆっくりと振り返ってみると、そこに立っていたのは簡素な服に身を包んだ小柄の少女だ。
一瞬、このあたりの住民なのかとも思ったのだが、よくよく見るとその服は簡素ながらもあまりにきれいだったのでそうではない可能性の方が高いという結論が導き出される。
「あなた、誰?」
「あれ? 警戒させちゃったかな? まぁいいや。私はクリス。偶然この近くを通りかかった女の子よ。さて、あなたは何を探しているの? 見たところ迷子のようにも見えるけど」
「えぇまぁその……このあたりに住んでいる人を訪ねようと思ったんだけど、どうももらった地図がいい加減だったみたいで……そのどうしてもたどり着けなくて……」
「そういうことね。ちょっと見せてもらえる」
少女から事情を聴いたクリスは彼女の手からひょいと地図を取り上げて見始める。
「あーうん。なるほどね……うんうん。適当な地図ね……まったくわかんないわ」
見るだけ見ておいてクリスはあっさりとその地図をマミに返す。
当然だ。あの地図で行先が理解出来たら天才なんて言うレベルじゃない。
この状況にはさすがに声をかけた方の少女も予想外だったのだろう。彼女は困ったような顔を浮かべて首をかしげている。
「ねぇ。あなたは誰のところに行こうといているの?」
続いて飛んできた質問はある意味当然の内容だった。おそらく、彼女はこの町の住民だ。行先を聞けば、案内ができるかもしれないと考えたのだろう。
「……いや、あの……」
「あぁ大丈夫大丈夫。私は人さらいとかそういう目的であなたに声をかけたわけじゃないから……なんて言うと余計に怪しいかしら? まぁとにかく、私は怪しくないわ。ただ純粋にこんなところでさまよっているあなたを助けたいって思っているだけだから」
クリスは邪気のない笑みを浮かべて手を伸ばす。
マミは少し戸惑いながらも手を伸ばし、その手を取った。
「ありがとうございます」
「急にそんなに硬くならなくてもいいのよ。それで? どこに行きたいの?」
「えっと……ごめんなさい。ここに行ってって言われただけでわからないの……」
「あらら……どうしたものかしら」
地図もいい加減なら尋ねる相手もよくわからない。そうなれば、相手もさすがに手伝いを放棄するだろうか?
そう思ったマミであったが、クリスは少し考えた後にポンと手をたたいてマミにとって予想外な提案をした。
「そうだ。私の隠れ家に行かない? どうせ、こんなところにいても寒いでしょうし、そこを貸してあげるから尋ねている相手が見つかりまでいてもいいわよ」
ここまで優しくされると、少し怪しいかもしれない。マミは心のどこかでそう思ったが、しっかりと暖をとりたいという欲求が優先され、彼女の方へと歩みだした。
「いい子ね。ほら、ついてきて」
マミは満面の笑みでクリスを誘導する。おそらく、マミはこのときの笑顔を一生忘れないだろう。そう思うぐらいにその時のクリスの笑みはとても印象的だった。




