クリスの部屋
クリスが扉を開けるとそこにはシンプルな部屋があった。
中にはいると正面方向にバルコニーがあり、右手側の部屋には天蓋付きのベッドだけがおいてある。
ベッド以外の家具は机とイスぐらいしかなく、小物もほとんど置いてない。
「なんというか……」
『何にもないでしょ? まぁそんなもんよ。今度、城を抜け出せれたら、私の家に案内するわ』
「家?」
『そうよ。こっそりとね。それよりも、そろそろドレスを選ばないとね。侍女がくると思うからしっかりとやってね』
メイは窓際に置かれた机の上に座り窓の外を眺める。
彼女同様に外を見てみると、そこからは活気あふれる王都の市場が見えた。
そのことから、察するに彼女の家はその方向にあるのだろう。
そのとき、部屋の扉がコンコンとノックされた。
「はい」
クリスが返事をすると侍女が扉を静かに開けて入ってくる。
「失礼いたします。本日の夜のことで参りました」
「そう」
侍女は少し目を泳がせている。
おそらく、言葉を選んでいるのだろうが、それはどういうことなのだろうか?
「申し上げにくいのですが、今宵の宴への参加は自粛なさっていだだきたいとのことでして……その」
ビクビクとしながら、彼女は言葉を紡ぐ。
『こうくるとは……念のため、誰がいっているか聞いといて』
「それは、誰の指示なの?」
「国王陛下です。それでは、失礼します」
それ以上は何も語りたくないといことなのだろう。
侍女はあわただしく退室していく。
「困ったものね」
『まぁある種予想はついていたけれどね。お父様としては、魔王なんぞにホイホイとさらわれてしまった娘の顔など見たくもないでしょうから』
「そんなものか?」
『そんなものよ。お父様は私よりも自分の跡を継ぐ長男の方が大切なのよ。まぁ宴の後にでも呼び出されるんじゃないかしら? さすがに何にも話をしないっていうのは体面上よろしくないし、宴の後に個人的に話をするとでも周りに言うんじゃない?』
メイは小さくため息をつくと、まっすぐとクリスを見据えた。
『そうそう。でも、国政には一枚かむことになるだろうから覚悟してね。いくら興味がなくても……いや、興味がないからこそ何かしらの形で国政に関わるでしょうね。その辺はあなた流のやり方です気にしてもらっても構わないけれどね。それにやってみて嫌だったらやめるって言ってもいいから』
「そうなのか?」
『えぇ。仮に地位を失ってから体が帰ってきてもまったく気にしないわ。どうせ、私を縛って苦しめるんだったらなくした方がいいでしょ?』
この娘は本当の意味で強いのかもしれない。
魔王城にいたときも心の底では不安だったろうに気丈にふるまってそんなそぶりは見せないし、自分の帰るべき体に戻れないで霊体として、クリス以外との誰とも話せないという状況に置かれてもそれに対する不満を口にしない。
クリスは魔王城と霊体になってからの彼女しか知らない。しかし、彼女の強さはこれまでの経験からきているのだろうとなんとなく思う。
だからこそ興味を持ってしまう。
彼女の本心はどこにあるのか? 彼女はどのような信念を持っているのか? 偶然とはいえ、体を奪ってしまった自分の事をどう思っているのか? 何よりもこの状況をどう感じているのか?
彼女は相変わらず外を見ていて、表情をうかがい知ることはできない。
ホコリ一つない必要以上にきれいに片づけられた部屋で無言の時間が続く。
どうせだったら、今度この部屋に何かおいてみてもいいかもしれない。
鏡や花瓶を置けば少しは生活感が出るだろうか?
クリスはひそかにそんなことを想いながら日が暮れていく王都に目をやった。




