三日目その一
クリスのそばを離れてから三日目。
今日はまさにクリスがあの部屋から外に出る日だ。
結局、昨日の段階で衛兵長の動向を把握できなかったメイは朝から衛兵長に張り付くようにして王宮内を移動している。
理由はしごく単純で昨日、メイド長から衛兵長でも追っていろという言葉をぶつけられたからだ。
正直な話、彼女の言う通りに動くというのはあまり気に食わないのだが、下手にメイド長を追いかけるのもリスクがあるし、衛兵長のほかに追跡する人物が思い浮かばなかったので仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。
衛兵長は朝礼を終えた後、すぐに兵舎を出て二日前も訪れていた区画へ向けて歩みを進めている。
メイは念のために彼に見つからないように陰に隠れながら移動するが、今のところ彼がメイのことに気付いている様子はない。
やはり、昨日メイド長がメイの姿を目視で来たのは偶然なのだろうが、誰かが何かを仕掛けた結果だという可能性を排除しきれない限りは下手なことはするべきではない。
メイド長相手ならともかく、衛兵長を敵に回すと少々厄介だ。特にクリスが本物の姫ではないとばれた暁には態度を急変させる可能性が最も高い。そうなるとあまりに厄介なので彼を追いかけるときはしばらくの間注意を払う必要があるだろう。
「まったく……あの方もこんな日にまで来いというなんて……」
人がいる区画を抜けた途端、衛兵長がぽつりとそんなことをつぶやいた。
どうやら、彼は誰かしらからの呼び出しにうんざりしているようだ。
こんな日というのは間違いなく、クリスを部屋から出すということを指しているだろうから、クリスと会う前に会いたくない人物、もしくは重要な仕事の前には顔を見たくないような人物ということなのだろうか? 最も、ただ単純に普段とは違う仕事がある日に呼び出しを受けて面倒だと考えているだけかもしれない。
メイはあれやこれやと思考を巡らせながら衛兵長の背中を追いかけていく。
彼はどんどんと区画の奥へ奥へと進んでいき、先日彼が訪れていたメイが侵入できない区画へと近づいている。
このままでは再び扉の外で待ちぼうけという事態になりかねない。
衛兵長はそのまま奥へ奥へと歩いていき、いよいよダメかと思ったそのときだった。
『えっ?』
しかし、衛兵長は一番奥の部屋には入らず、その横にある部屋に入っていった。
予想外の事態にメイは一瞬、抜けたような声をあげてしまうがすぐに彼を追って部屋に入る。
ろうそくの灯りだけが照らす室内は薄暗く、中の様子を確認するのを阻害している。
衛兵長はそんな室内を迷うことなく進み、一番近くにあった椅子に腰かける。
「……お待ちしていましたよ」
部屋の奥の暗がりから声が聞こえてきたのはその直後だった。
「それはどうも失礼しました。それで? 用件をお聞きしても?」
突然の声に驚いているメイに対して、衛兵長は大して表情を変えることなく、相手の姿が見えるより先に用件を尋ねる。
「……まったく。こっちが椅子に座るまで待つとかそういう考え方はないの?」
二回目。再び聞こえてきた声と同時に暗がりからその人物が姿を現す。
『えっ……なんで……』
その人物の姿を見て、メイは言葉を失った。
「さて、あの姫を闇に葬るための話を始めましょうか」
そんなメイの様子など気にする気配もなく、その人物は人の悪そうな笑みを浮かべて椅子に腰かけた。




