王都へ凱旋
帰りの旅は魔物の襲撃もなくスムーズに進み、予定よりも早く王都へと入った。
王都では多くの民衆が勇者の凱旋を祝い大通りに押しかける。
勇者が自ら馬車の手綱を取り、残りのメンバーが窓から手を振る。
メイはクリスが手を振っている窓のすぐ横を飛んでいた。
「これはすごいですね」
「そうだな」
一年近くに及ぶメイの特訓により“お姫様の振舞い”をマスターしたクリスは柔らかい笑みを浮かべながら人々に手を振る。
『そうそう。その調子!』
「はいはい」
メイの声はクリスにしか聞こえないため、はたから見ればクリスがブツブツと独り言を言っているようにしか見えないだろう。
しかし、民衆はそんなことには気づかないし、勇者パーティの面々は“魔王城で閉じ込められて少しおかしくなっているかもしれない”で片づけているうちに慣れてしまったので誰も気にしていない。
『笑顔が崩れてる!』
「はい」
ちゃんとマスターできてないかもしれない。
一抹の不安がよぎるが、すぐに笑顔で民衆の歓声に答える。
「やっと通り抜けたか」
王宮の外門をくぐると勇者が小さく息を吐く。
それと同様にクリスも少し力を緩めた。
勇者たちはやっと終わったという気分かもしれないが、クリスはまさにこれからだ。
国王との謁見やら王宮の人々との出会いが待っている。
これからのことを考えると不安で胸が押しつぶされそうになる。
『……大丈夫大丈夫。深く考えなくてもいいから。多少の変化は二年間の間に少し変わったで済まされるだろうし、何よりもお父様は私に対して興味を示しません』
「前から気になっていたけれど、興味を示さないって?」
『そのままの意味です。ここから先は怪しまれるといけないので返事はせずに私の指示を聞いて頂戴。ただ、聞き取れなかったり意味が分からなくて復唱してほしいときは、どうしましょうか……そうそう。わかりやすいように髪留めを触って。了承の場合はそのまま何もしないでいいから。わかった?』
そのまま何もせずに無言で了承を伝える。
目の前に浮かぶメイは小さくうなづくとクリスのすぐ横に移動した。
『正門をくぐったわね。この様子だと、謁見の間に直接行きそうな雰囲気だわ』
「いよいよ国王か」
『ある意味最大の難関かもね。興味がないとはいえ、あまり不自然なことはできないし』
二人でこそこそと会話をしながらいると、馬車が停止し、勇者に降りるように促される。
馬車を降りると勇者が先頭でクリスがその後ろにつき、背後を守るように勇者パーティの面々がついてくる形となる。
長い階段を上がり、階段の上の広間で立ち止まると近衛兵たちが一斉にラッパを鳴らす。
「国王陛下のおなーりー」
『外でお出迎えとはさすがに想定外ね』
近衛兵が大声を張り上げるのとメイが毒づいたのはほぼ同タイミングだった。
そんな中、国王と思われる初老の男性が二階にあるバルコニーに姿を現した。
「勇敢なる勇者よ! よくぞ姫をすくってくれた!」
国王がはっきりとした声でそう告げると、広場が一気に歓声に包まれる。
「私はそなたのことを誇りに思う。今宵は大広間で歓迎の宴を催すゆえにそれまでに旅で疲れた体をゆっくりと休められよ。話はその場でゆっくりと聞かせてもらう!」
言いたいことだけ言って、国王は早々に屋内へと戻ってしまった。
「おいおいこれだけか?」
モモは若干拍子抜けした様子だ。
勇者も謁見の前に通されなかったことに多少の疑問を覚えたが、それを表には出さない。
「まぁいいだろう。本番は、夜。疲れているだろうからしっかり休めっていうそのままの意味で受け取っておこう」
「そうですね。そうしましょうか」
クリスを含んだ勇者パーティの面々が納得する中、メイだけがただ一人複雑な表情を浮かべていた。
『おかしい……絶対に何かある』
メイの声は喧騒にかき消され、クリスに届くことはなかった。
やがて、勇者パーティは近衛兵の案内でそれぞれ割り当てられた客間へと向かい、クリスはメイの案内で自室へと向かっていった。




