おわりにしてはじまり
「これでとどめだ!」
勇者の声が必要以上に高い天井を持つホールにこだまする。
その瞬間、魔王の目に映るのは無数の虹彩を持った魔弾だ。
「だから! 話を聞いてほしいと何度も!」
「黙れ! 人類の敵め!」
戦いは攻撃する勇者に対して防戦に努める魔王という極めて一方的な展開となっていた。
「いや、だからな!」
パッと見ただけでは女と間違われるのではないかというぐらい華奢で整った顔立ちをしている勇者に相対しているのは大柄でがっちりとした体格の魔王である。
互いにレベルの高い魔法は使えるが体力や腕力と言った形で見てしまうと圧倒的に魔王の方が上のはずだ。
勇者パーティーの面々は長期戦を想定して少し離れたところで待機しているのだが、予想外すぎる展開に動揺を隠せないでいた。
魔王と言えば言うまでもなく絶対的な覇者である。付け加えれば勇者が特別強いなんてことはない。
確かに並大抵の人間に比べれば強いのだが、誰がこの戦いを予測できただろうか? いや、誰もいないだろう。
対話を求める魔王とそんなものは必要ないと攻撃を続ける勇者。仮にどちらが勇者か伝えないで戦闘音と会話だけを聞かせたら十人中十人が勇者が魔王の説得を試みていると思うだろう。
その実は全く違うのだが。
「どうして攻撃をしない!」
「だから、話を聞けと言っておるだろう! 少しは落ち着かぬか!」
「貴様の話など聞く価値はない! 貴様を倒し姫を救出する! ただそれだけだ!」
「何度も言っているが、このまま私を倒せばそちらに不利益がだな」
「生じるわけないだろう! 害悪が滅びて何が悪い!」
ついに勇者は聖剣を抜き魔王に襲いかかる。これまでの冒険で一度も抜いたことがないにも関わらずだ。
魔王はとっさに防護魔法を発動させてその攻撃を防いだ。
「あなたは誤解している」
「何が誤解だ! 俺らが大広間に入ってきたとき貴様は姫に何をしようとしていた!」
「だからな。あれはあなたたちにしても私たちにしても必要だったからしたまでで本人も同意の上だ。それにあなたが想像していることとはずいぶんと違っていると思うがな」
「黙れ! 黙れ! 黙れー!」
勇者は何かにとらわれたように……そう、まるで魔王が攻撃しないのを確信したかのように守備を全く考えない攻撃を続ける。あるいは、自分が傷つくのを気にしていないのかもしれない。
姫は姫で勇者が優勢だというのになぜか、不安げな表情を浮かべているのだが、勇者も魔王もそれに気づくほどの余裕はなかった。
ただただ、勇者パーティの面々はこの状況にあっけを取られ、魔王は必死に説得を試みる。そんな異常な光景が広がっていた。
「せめて三日。三日だけでも猶予を!」
「黙れ! これ以上、貴様のようなモノを野放しにできるか!」
「三日経ったら本気で戦ってやる!」
「いや、今日本気で戦え!」
「それが無理なのだ!」
そんな言い争いをしているが、無情にも戦いは進行していく。
「なぁ勇者。その、言いにくいんだが……三日待ってもよいのではないか?」
それを見かねた魔法使いが声をかける。
「こんな奴の言葉に惑わされるな!」
「しかしな……」
「黙れ! 目の前の人類の敵を討ち滅ぼすことだけを考えろ!」
勇者のあまりの気迫に皆、たじろいでしまう。
魔王はなぜ、勇者との戦いを拒むのか? なぜ、勇者はこれほどまでに怒り狂っているのか? それはおそらく当事者同士しか知りえないことだろう。
勢いそのままに魔王を打ち破った勇者は近くにいた姫の手を引いて仲間たちと一緒にその場から立ち去って行った。
しかし、話はそれで終わらない。
この出来事こそ……いや、勇者パーティの冒険そのものがこれから始まる物語のほんの序章に過ぎないのだから……