暗闇にさす君の光
僕は友達がいない。家族もいない。あるのは父が残した一人で住むには大きすぎる家と、多額の財産だけ…。
父は大企業の社長で将来は僕を跡取りにしたかったらしく、僕には厳しかった。
そんなある日、父は突然の心臓発作で亡くなった。その時は悲しいなんて感情もなく、ただただ時間が過ぎて行った。
小さいころから厳しく、遊びに行った思い出もない。僕は、父を嫌っていたのだが、いなくなってしまうと物足りない。
僕は天涯孤独である。
そんな言葉が脳裏をよぎった。
しかし、僕は寂しいとは思わなかった。今までだって、遊ぶような友達は居ないし、父は会社ばかり。
もともと一人だったようなものだ。顔を合わせる人間がいなくなっただけ。ただそれだけに過ぎなかった。
学校に行くのも億劫だ。僕はまだ高校生。成績は中の中。至って平凡な人間だ。
ただ違う所と言えば僕に嘘は通じない。しぐさ、息つかい、ちょっとした表情。
世の中には、明らかな嘘もあれば、優しい嘘もある。僕はいつも嘘と本当との境目に立っている。
周りの人は、僕を気味悪がって傍にすら来ない。
「それ、嘘…。それも嘘…。お前の話に本当の事はあった…?ないよな…。」
父親が社長だとかなんだと自慢しているクラスの奴に言い放った。
その時の彼の顔は今でも忘れていない。悔しそうに僕をにらむあの顔を。
周りには僕は表情、感情がないと言われた。それでも僕は、何も思わなかった。
そういえば彼はプライドが人一倍高い。
なにに対しても一番がいいのかもしれない。
僕にはその気持ちは解らなかったけど。
それ以来、彼とはもう会ってない。
もしかしたら僕は、このまま一生一人で過ごすのかもしれない。
そんなことを考えていると、声を急にかけられた。
「拓真か?覚えてる?俺正人。小学校の時一緒だったよな。」
顔を上げると背の高い正人と名乗る男子高生が立っていた。
いつ振りだろうか。名前を呼ばれたのは…そういえば拓真って名前だったな。
自分の名前すらはっきり覚えていなかった。
「正人…?」
そういえば、そんな名前の男の子がいた気がする。話したことはなかったけど。
「なにしてるの?同じ高校行ってたんだ?話すの初めてだよね。」
ニコニコと話しかけてくる。僕は久しぶりに話しかけてくる旧人と呼んでもいいのかわからない正人を黙って見上げている。
彼は知らないのだろうか。僕の事。正確には僕の噂を。
「拓真だよね?一緒に話さない?一度でいいから拓真と話してみたかったんだ。」
嘘・・・じゃないのか?僕にはどうしても正人が嘘をついているように見えなかった。
わからない。どうして一度も話したことがない僕と話がしたいなんて思ったのだろう。
彼の言葉に嘘と思われることなど一度もなく、真実だけが言葉となって聞こえる。
「拓真と一度話したいと思ってたら、いつの間にか卒業式でさぁ。受験してあわなくなったんだよね。でもまさか、同じ高校だったなんてな。」
話したいと思っていた?その言葉には耳を疑った。しかし、彼の目線はしっかりと僕の目を見つめていた。
嘘はついていないようだ。嘘なら目線がはっきり定まらないはずだから。
僕は彼を信じてもいいのだろうか。
孤独と感じない孤独から僕を連れ出してくれる唯一の人として。
話し始めてどれくらい経っただろうか。久しぶりに話をしたからか、すっかり日は落ちていた。
「そろそろ帰ろうか。また今度会ってくれる?」
そう正人が切り出す。もうそんな時間か。今度っていつだろう。一週間後?一か月後?…それとも数十年後?
それまでまた一人か。別に寂しいと感じな…い…?
なぜだろう。さよならとはっきり言い切れない。
嘘のない正人に僕は心を開きかけてきた。
心の奥底では、まだ話したいと泣いている。
初めての感情に戸惑う。
「僕は…今さみしいの…?寂しいって…何…?」
僕の言葉に正人が笑った。変な奴と思われたのかな。
そんな僕とはよそに、ごめんごめんと正人は言った。
「そうだね。さみしいって、一人になりたくないってことかな。孤独を孤独って思ったとき、さみしいって思うかな。」
正人が話す。そうか。今さみしいって感情が僕に初めて生まれたんだ。
「僕、嘘がわかるんだ…。相手の表情や呼吸なんかで…。気味悪いよな…。でも僕、正人になら本当の事言いたかった…。言っても大丈夫って気がした…。」
僕は今までしなかったこと、つまり自分の事を他人に話すことをした。もし、彼に気味悪がられたらって思う。
けど、話さずにいられなかった。
「知ってるよ。小学校の時から、今でも覚えている。もしかして気にしてた?」
「じゃあどうして…僕と話したいって…」
「嘘のない本音で話せる親友が居ないんだ。周りの奴はいつも何かしら嘘をつく。俺は嘘が嫌いなんだ。嘘が見抜ける拓真なら嘘はつかないし、僕だってばれたりするのを避けて一生嘘をつかないでいられる。
だから嘘を見抜ける君と話がしてみたかったんだ。
でも、話せてよかったよ。俺の親友になってほしいんだけど。ダメかな?」
知っていて僕と話してくれているの?僕は信じても良いんだろうか。彼を信じたい。彼に僕の人生をかけてみたい。
僕は泣いていた。頬に涙を伝うこそばゆさを感じた。他人の前で泣いたことなんで無かったのに、
緩んでしまった。
嬉しい。僕は… 僕を…
正人は僕を気味悪がっていない。それどころか僕と話したいと、親友になってほしいとまで言ってくれた。
僕は泣いた。周りの事を気にかけずに泣いた。
声もあげず静かにただひたすらしゃくりあげて涙を流した。
はじめは驚きを隠せなかった正人も、僕が泣き止むのを静かに待っていた。
僕が泣き止むと正人はきりだす。
「もう一度言うよ。俺の親友になってほしい。」
僕は迷わずうなずいた。前に進もう。僕はもう孤独じゃない。
僕らは親友になった。高校を卒業してそれぞれ違う大学に進学した。
今でも親友だ。喧嘩もする。喧嘩の数だけ仲直りをする。
よく連絡も取り合う。会ったりもするし、出かけたりもする。
僕にはあいかわらず正人以外の友人はいない。
それでも、前に進むと決めた。僕はもう一人じゃない。




