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第8話 「チョンファーレン帝国の希望」

 人有る処に人無く、人無き処に人有り。



 チョンファーレン帝国は追い詰められた。帝国は包囲同盟により軍事的圧力を受けつつあり、抑止力としてマスコミを国境線に配置したが、いつ何時、包囲同盟軍が電撃戦を決行するか判ったものではない。兵の動員、兵器の増産で国内はてんやわんやの状態となった。しかし、これらの準備は帝国の安全を保障するものではない。真の安全保障は、帝国周辺のパワーバランスを帝国側に有利にすることでようやく得られる。その為に必要なのは軍事力だけではなく、更に同盟政策である。軍事力をハードウェアとすると、外交はソフトウェアである。両者が効率よく一体的に機能する時、国家の安全保障は確立する。

 ハードウェアは動き始めた。ソフトウェアも動かなければならない。外交戦略家の出番である。彼らの仕事は現状の分析と要点の見極め、アイディアの抽出と選択、作戦計画立案、そして実行。これらを機能的に行う為に帝国外務省には外交戦略部と云う組織がある。短期・中期・長期の外交戦略案を作成し、政府はそれを承認すると共に関係省庁に指示し実行させている。外交戦略部のメンバーは普通の公務員や外交官とはちょっと違う。IQ(知能指数)190以上、性別不問、年齢は12歳以上、作成する戦略案は国際法を無視して構わない。帝国中から選ばれたエリート集団である。現在12名が在籍であるが、まず席には居ない。海外に出張しているか、深い山にこもっている。

 今回の危機を打破する為、帝国は全ての省庁に広く対策案を求めた。しかし、帝国13億人の運命を預かると云う責任の重さ、更にバレッタの築いた鉄壁の包囲同盟と云う困難さから、帝国首脳部の眼鏡にかなった案は出てきていない。よって、外交戦略のプロ集団である外交戦略部に白羽の矢が立ったのである。


 普段は空席の目立つ外交戦略部だが、今日は緊急会議と云う事で12名中9名が出席している。緊急会議だったら全員出席が当たり前なのだが、宇宙ステーションで勤務中の者1名、飛行機が墜落して時間通りにはたどり着けないもの1名、砂漠に修行に出て行方不明1名との事である。


 会議が始まった。議長は外務大臣モーモスその人である。


「会議の事前情報は既に配布した通りである。我が国の未来は諸君らの頭脳に掛かっていると云って過言ではない。忌憚無い作戦会議をお願いする」


「先ず、包囲同盟のポイントだが、我が国の経済的・軍事的発展への畏れがスタートラインだ」


「左様。包囲同盟諸国は我が国に隣接している為、その畏れが大きい。アイギスはそこに付け込んだと云える」


「包囲同盟最高司令部長官、つまり4国を束ねる最高権力者のバレッタがこの劇の主役だ」


「その権力はアイギス大統領さえ超えると云われている」


「包囲同盟軍は現在活発な準備行動を取っているが、すぐに軍事行動を起こす兆しはない」


「しかし、アイギスは先制攻撃主義であり、近距離のヤマタイや緩衝地帯から我が帝都に電撃戦を行った場合、我が国の中枢は1時間で制圧されるだろう」


「敵側の攻撃手順は、先ず通信及びレーダー妨害、次に巡航ミサイルによる軍事目標及び政府中枢機能への同時攻撃。これで我が国の防衛機能は80%以上破壊される。レーダーシステム、命令システム、すべてだ」


「そうなった場合、我が国は大量破壊兵器を使用する。目標はヤマタイ及び緩衝地帯だ」


「運搬手段は?」


「戦略爆撃機、巡航ミサイル、弾道ミサイルだ」


「敵の電撃戦でどれだけ生き残るのだ?」


「最悪で20%」


「我々の報復に対する迎撃。敵はどう動く?」


「敵は我が戦略爆撃機をAWACSで探知、戦闘機で撃墜。地上発射巡航ミサイルも同様。地上発射弾道ミサイルは弾道ミサイル迎撃システムが担当。水中発射巡航ミサイルと水中発射弾道ミサイルは近距離のため迎撃が間に合わない」


「対潜水艦戦はアイギスが得意だぞ」


「核爆雷を用意しろ。海中をかき回して探知を遅らせる」


「撃墜された爆撃機や巡航ミサイルは水中で自爆させろ」


「弾道ミサイルを高空で爆発させて電磁パルス兵器とする」


「アイギスはそれに対応済みだぞ。効果は小さいだろう」


「報復攻撃は世界大戦へのトリガーとなるだろう」


「いや。第一幕だけで相互抑制が掛かり、そこまでだ」


「衛星国は亡び、大国は残る」


「報復攻撃案は取り敢えずここまでだ。詳細は軍に詰めてもらおう」


「次は外交だ」


「包囲同盟を崩す」


「そのためにはアイギスの脅威を喧伝しなくてはならない」


「その通り。アイギスこそ最大の敵なのだと」


「世界最大の軍事力を持ち、世界の軍事費の半分を使い、GDPは全世界の28%を1国で占めるのだ。その脅威は100年後の我が国よりも遙かに大きい」


「包囲同盟はアイギスに漁夫の利を与えるためにあるのだ」


「我々はアイギスの為に共倒れをさせられている」


「次の標的はエウロペ同盟だ」


「軍事的恫喝による分断と各個撃破をやるだろう」


「アイギスは世界制覇を狙っており、それを強力に進めている」


「彼らは世界の王にふさわしいだろうか?」


「軍事力で他国を制圧するだけの戦闘国家ではないか」


「彼らの云う自由は自らの自由であって、他国には自由はおろか独立さえ認めようとはしない」


「我々は強盗と仲良くやってゆけるだろうか。いけるはずがない」


「そこで世界三分の計だ」


「アイギス連邦、エウロペ同盟、そして東アジア連合」


「東アジアは経済圏同盟を結び、アイギスの干渉を排して行かなければならない」


「東アジア連合はエウロペ同盟と安全保障条約を結ぶ」


「共にアイギスからの自由と独立を守るためだ」


「アイギスが攻撃してきたときには、両陣営が共同でこれを撃つ」


「世界三分の計はこれでよかろう」


「次は具体的な作戦だ」


「包囲同盟を崩す」


「彼らの弱点はインドラ帝国だな」


「皇帝カルルは我が国の軍事力を特に畏れている」


「しかも大臣は我が国のいいなりだ」


「この辺はバレッタが修整を加えたはずだ。チェックしろ」


「アイギスの脅威と目的を説くことにより理解を得ることが出来る」


「みやげは?」


「賄賂と経済援助、国境付近に於けるインドラの影響力を認めること」


「何を要求する?」


「包囲同盟に対するサボタージュ」


「行動を遅らせる。すっぽかす。言い逃れする」


「可能なのか?包囲同盟最高司令部はチェックしないのか?」


「インドラの官僚システムの中で可能だ。皇帝は下を叱る振りをすればいい」


「次はペートル共和国」


「インドラが崩れたと知れば、潮目を見るのに長けた首相だ。すぐに反応するだろう」


「インドラと同じ論法で説得は可能だ」


「何を要求する」


「インドラと同じ。更に、東アジア連合の主宰を依頼すれば喜ぶぞ」


「功名心が異常に強いからな」


「みやげは?」


「主宰だけで十分だ」


「十分か?」


「過剰に与えるとつけあがる」


「次はヤマタイ自治共和国だが」


「ここはムリだろう」


「欲望むき出しで東アジアの覇権を狙っているからな」


「こんなのを東アジア連合に入れたら、まとまらん」


「虎から逃れるために連合を組んだのに、内側から狼に喰われることになる」


「インドラとペートルが崩れれば、包囲同盟は終わりだ」


「ただ、時間稼ぎは必要だ。例のバレッタとヤマタイの会見の内容を漏らせ」


「どこから漏らす?」


「アイギスのマスコミだな。情報源はヤマタイ関係者と云う設定だ。情報漏洩は彼らの専売特許だからな」


「効果は?」


「ヤマタイの政権のクビが飛ぶ」


「属領の飾り首など何の役に立つのか」


「政界が混乱してくれれば、時間稼ぎにはなるだろう」


「更に効果的なのは、ヤマタイの国民が包囲同盟反対に一段と強く結束することだ。まァ、どうせ政権に押しつぶされるだろうが」


「我々の協力者が増えるのは良いことだ」


「バレッタのスパイを入れるなよ」


「効果を上げるために、電撃戦に対する報復攻撃の内容もマスコミリークさせよう」


「心理作戦のターゲットはヤマタイと緩衝地帯か」


「自分の頭上に大量破壊兵器が降ってくると知れば、彼らの恐怖はすごいぞ」


「しかも、その恐怖の原因を作っているのが自分たちの首相と知れば、怒りの方向は我々にではなく、アイギスと自分たちの政府に向くだろう。効果は絶大だ」


「戦わずして勝つと云う事だな」


「厭戦気分を増幅しよう。更に世界に広げる操作もせよ」


「よし。ではこれを実行することにしよう」


「誰がやる」


「誰でも適任だと思うが」


「強いて云えば、そう…彼だな」


「彼か」


「来るのか? いや、来れるのか?」


「もうすぐ来るそうですよ」



 程なく、警備から連絡が入り、彼が到着したことを知らせた。


「すみません。遅くなりました」


 会議室のドアが開き、一人の青年が入ってきた。


「待っていたよ」


「議長、彼こそが今回の任務に最適と判断します」


「判断の根拠は何だ?」


「彼はまれにみる、運の良い人間なのです」



注:

電磁パルス兵器。

電磁パルス(EMP, ElectroMagnetic Pulse)は、高々度の核爆発や雷などによって発生するパルス状の電波であり、核爆発のばあい、強烈なガンマ線が高層大気と相互作用することにより、広域にわたって発生する。その効果はケーブル・アンテナ類に大電流を流し、それらに接続された電子回路を焼き切ってしまうことである。この作用を軍事兵器として利用したものが電磁パルス兵器である。

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