第4話 「チョンファーレン帝国」
結果と原因は似ている。
…時間はバレッタ大臣のインドラ帝国訪問まで少し戻る。
チョンファーレン帝国の中枢、通称「シュトラッセ」と云われる地域がある。最も奥に帝国の宮殿があり、更に宮殿の最深部に皇帝ルワールスは大臣を集め、会議を開いていた。
議題は、アイギス連邦新任外務大臣のインドラ帝国訪問の意図に関してである。
会議の形式は独特で、重臣メンデが議長を務め、大臣たちが自由に発言する。最終的にはメンデが意見をまとめ、会議室奥に座る皇帝に報告し承認を得ると云う方式である。指示は会議中随時に行われ、また、皇帝は会議の決定を拒否することが原則的にない。
「バレッタなどと云う外交官は聞いたこともありません。なお、情報を収集中です」
「情報によれば親善訪問とのことです。これはそのまま信じて構わないと思います」
「いや、おかしいと思わんか?アイギス連邦が無名の外交官を外務大臣に据えるなど、ちょっと有り得ない。何か大きな意図を感じる」
「そりゃ考えすぎだろう。前の外務大臣に不祥事があったんだろう。そう云った噂も有ったことだし」
「インドラのスパイからの情報は他にないのか?」
「有りません」
「ったく、金ばかり欲しがって、情報を一向に寄こさない」
「それはともかく、新任外務大臣の最初の訪問国がインドラ帝国と云う事は、ひょっとすると我が国との友好関係にクサビを打ち込む意図かと思いますが」
「確かに。アイギスは我が国を目の敵にしているからな。我が国を孤立させようとしているのかも知れない」
「この辺の情報は無いのか?」
「無い。因に我々の賄賂作戦でインドラの大臣の半分は我々の言いなりだ」
「まァ、異変が有ったらすぐに連絡が入るだろう。異変が無ければインドラは我々の言いなりだ」
「万が一、インドラがアイギスの言いなりになったらどうする?」
「その時は、インドラの大臣を使って皇帝を止めさせる。更に、我が軍を国境付近に集結させ恫喝を加える。これで皇帝は云う事を聞くだろう」
「それは間違いない所だ」
「じゃあ、国境付近での『大規模な軍事演習』を予定しようか」
「準備だけはしておけ」
「何日掛かる?」
「最優先で実施します。動員数10万人で3日間を要します」
「それなら十分だ」
議論に結論が出たので、それをとりまとめ、重臣メンデは会議室奥に鎮座する皇帝に報告した。
「皇帝陛下。ご報告致します。アイギス連邦の外務大臣がインドラ帝国を訪問した件です。情報収集中ですが、現状での危険は認められません。但し、念のためにインドラ帝国国境付近に10万人を配備致します。対外的には『大規模な軍事演習』と発表します」
「うむ、判った」
皇帝ルワールスは50歳代だが、ヒゲをはやしているため60歳位に見える。身長は2メートルに迫るほどの長身で、裾の長い民族服を着用している為、見る者に非常な威厳を与える。
皇帝を受け継いでから10年ほどしか経っていないが、先帝の政治によるひずみを修整する事に専念せざるを得ない状態だ。国力増強を叫ぶ先帝は急激な産業推進・商業振興を行い、それによりヤクザは勝ち組としてボロ儲けし、真面目な人間は取り残され、更に自分の財産や土地までだまし取られて貧民にまで落ちてしまった。金持ちと貧乏の差が20倍以上と云う状態になり、国民の不満は急激に悪化した。拝金主義がはびこり、権力や地位や利権を金で買う事が一般化した。役人は上から下まで腐敗し、汗を流して働く者は学歴や知能のないバカであり、頭の良い人間は学歴を金で買い、クーラーの利いた部屋でパソコンの前に座り何億と云う金を動かすものだと云う風潮が広がった。女たちは金持ちの妻や妾になることに奔走し艶色を競っている。その軽薄さも人々の心を荒ませた。国民の怨念は国内に向かい、政府を非難するデモや暴動が頻発している。政府は軍隊を使って鎮圧しているが、血は血を呼び、返って国民の不満を高めている。このままではついに革命にもなりかねない状況なので、国外に敵を作って国民の目をそちらに向けようと必死の努力をしている。
そんな事情の中で発覚しつつある「チョンファーレン帝国包囲同盟」。皇帝はこれを好機と見た。周辺諸国が我が国を侵略しようとしている。人間の防衛本能により国民は敵に対して一致団結し、国民の不満も沈静化するであろうと。よって、皇帝は危機を煽るために過剰とも云える軍事行動を決断した。
ところが、会議から2日しか経たない深夜に驚くべき情報が次々と入ってきた。
「チョンファーレン帝国はインドラ帝国国境付近に大軍を集結中。軍事行動の前兆と思われる」
「インドラ帝国はチョンファーレン帝国に厳重に抗議」
「インドラ帝国はアイギス連邦と相互安全保障条約を締結した」
「これに伴い、アイギス連邦太平洋艦隊の機動部隊がインド洋に進出し、共同で防衛訓練を実施中。アイギス連邦の作戦機は200機を超える」
「防衛訓練の目的はチョンファーレン帝国の軍事的挑発行動を抑制するためである」
皇帝ルワールスは緊急会議を開いた。
「これは一体どう云う事だ。我が軍の移動が筒抜けの上、同盟締結の原因にされているではないか?」
「敵の謀略です。我々はまんまとハメられたのです」
「アイギスの動きが早すぎるのはおかしいと、他国は誰も思わないのか?」
「それに対しては、アイギスの外務大臣訪問の目的が侵略計画をインドラに知らせる事であり、防衛条約を結ぶためだったと、まことしやかに説明されています。つまり、アイギスは事前に情報を掴んでいたのだと云う論法です」
「原因と結果が逆じゃないか」
「くそ。やられた、完全にやられた」
「これでは我々は世界的に侵略者扱いではないか?」
「それどころではない。包囲同盟への影響が絶大だぞ。我が国が侵略主義的国家だと触れ回ることにより、今度はペートル共和国が容易に包囲同盟に加入することになるだろう。そうなれば包囲網は完成寸前だ。我が国の危機だ」
「…バレッタ大臣だ。これが元凶だな」
「間違いない。これはとんでもないくせ者だぞ」
「対策はどうするんだ」
「取り敢えず、軍事演習は取りやめだ。軍隊の目的を…そうだな、土木事業にすり替えろ。洪水対策の為、堤防工事に来ましたとでも云っておけ。そして実際に工事をやるんだ」
「戦車と大砲しか持っていないのにか?」
「だったら、スコップと土嚢を空輸しろ!」
「判った!」
「その上で、インドラに対して『誤解であり、同盟への加入は撤回して欲しい』と伝えろ」
「時間稼ぎにしかならないだろう」
「それでもペートル共和国は疑うだろう」
「特使だな。すぐに送って誤解を解くのだ」
「大変です!」
「な、なんだ。これ以上驚くことがあるのか?」
「バレッタ大臣は既にペートル共和国の宮殿に入っているそうです」
「まずい! まずいぞ!」
「こうなったら、止むを得ん。暗殺しよう」
「まさか。ペートル共和国の宮殿ですぞ。せめて空港くらいにしないと」
「生かしておいたのでは、これ以上何をするか判らんぞ。可能な限り早く暗殺しろ」
「誰にやらせる。いや、暗殺者は誰であるべきだ?」
「我が国が絡んでいると判れば逆効果だ」
「インドラにやらせるか?インドラに災いを持ち込んだと云う動機ならば、それなりに説得力はあるだろう」
「アイギスと云う手もある」
「ここはインドラで行こう。ペートルの空港で襲撃だ。その様に手配せよ」
重臣メンデは会議室奥に鎮座する皇帝に報告した。
「陛下。我が国に対する包囲同盟対策の件でご報告致します。インドラ帝国は包囲同盟に加入いたしました。ペートル共和国の加盟も時間の問題であります。対策として、インドラ帝国に対しては軍隊移動の理由が土木工事であると言い訳し、同盟加入の撤回を求めます。ペートル共和国に対しては特使を派遣し、理解を求め、包囲同盟加入を引き延ばさせます。また、包囲同盟の主役であるアイギス連邦のバレッタ外務大臣は暗殺いたします。暗殺者はインドラ帝国の者が行います。以上です」
皇帝ルワールスはあからさまに渋い顔をした。
「暗殺はまずい。このタイミングで暗殺などあったら、犯人が誰であれ、我が国が疑われるのは明らかではないか。一番得をしたヤツが犯人と云う言葉を知らないのか? とにかくこの決定はダメだ」
「ははっ」
異例の差し戻しが発生した。大臣たちが冷静さを失っていたのが原因だが、他に対策が思いつかなかった事が最も大きい。
「暗殺が出来ないと云うのなら、バレッタと同様に外交官を使って、同盟を破るのが良いのではないか?」
「あるいは、逆に我が国に有利な同盟を結ぶとか」
「云うのは簡単だが、そんな計略が有るのか?」
「それほどのアイディアを持った外交官がいるのか?」
「すぐに各省から人材を推薦するようにしよう」
「事は急を要する」
結局、効果的な対策の無いまま会議は終了してしまった。
★参考資料: 出来事の順
バレッタ、インドラ帝国に到着
チョンファーレン帝国、対応会議
チョンファーレン帝国、『大規模な軍事演習』の準備開始
インドラ帝国、緊急会議により包囲同盟参加決定
インドラ帝国の大臣が包囲同盟の内容をチョンファーレン帝国に漏らす
バレッタ、インドラ帝国皇帝を訪ねる
大臣のスパイ行為とチョンファーレン帝国の恫喝を連絡
インドラ帝国、チョンファーレン帝国の『大規模な軍事演習』に厳重抗議
インドラ帝国、アイギス連邦と相互安全保障条約締結
アイギス連邦、第6機動部隊がインド洋に進出し、第1級非常事態体制を敷く
チョンファーレン帝国、緊急会議
チョンファーレン帝国、『大規模な軍事演習』を撤回




