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第25話 「チョンファーレンの栄光」

 夜明けの前が一番暗かった。



 チョンファーレン帝国東南部の鄙びた地方都市が舞台である。


 帝国政府が李将軍のクーデターで倒れる前、この地方は他の地方と同じく、役人の腐敗による経済的な行き詰まりの状態にあった。所謂、役人が栄え、民草が枯れると云う状態である。


 アイギスの秘密工作員はこんな辺鄙な都市にまでやってきた。彼らは宣教師の格好をしていた。教会を造り、拠点とした。役人は金を握らされているのか、ニコニコしながら、文句も言わなかった。

 秘密工作員はどこでどう嗅ぎつけたのか、不満分子のたまり場に行き、酒を呑みながら人々の怒りを黙って聞いた。次には、人々の悩みを聞きながら、助言をしてくれた。

 あの人の所に行けば、運動資金が手に入る。ここに行けば、武器が手に入る。あそこに行けば、他の都市でどんな事が起きているのかを知る事が出来る、と云った様な事だ。

 その輪はどんどん大きくなった。教会の中で政治の勉強会を開いたり、扇動のやり方、銃の使い方、秘密通信のやり方などを学んだりした。


 やがて、どうやら隣の都市で武装蜂起がありそうだという情報が入り、では、我々も一緒に蜂起しようと云う話になった。早速、教会には大量の武器が持ち込まれた。いままで観た事もないほど大量の武器だ。千人もの人間に配ることが出来るだろう。

 蜂起の日にちを決め、手はずを整えた。夜、教会に集合し、武器を配り、一旦散開するも、市の役場前に再集合し、武装蜂起すると云う計画だ。

 しかし、当日になって、教会は軍によって抑えられてしまった。噂によると、不満分子の中に公安省のスパイが居たとのことだ。宣教師とそのシンパは軍に連行され、彼らの姿を二度と見ることはなかった。


 武装蜂起は潰され、武器は奪われたが、民衆の不幸はそれだけでは終わらなかった。宣教師に協力したと見られる多くの若者が、軍と公安省警察隊によって連行された。数日して帰ってきた者も居たが、大半は他の地域の収容所に連行されたと云われた。国家に対する反逆を企てたと云う事で、「再教育」ということを行うそうだ。その内容は判らないが、強制労働と軍事教練だと云われている。家に戻れるかどうかは判らない。


 民衆はこんな状態だが、宣教師と仲の良かった役人共には何の処罰もなかった。あれほど親密にしていたのだから、連行されるのは当たり前のはずだった。しかし、現実には何の罰もなく、相変わらず平気な顔をして、元の役目に就いている。宣教師から受け取った金を、今度は公安省警察隊に渡して、自分たちの罪を逃れたのだと噂された。そう云う事なのだろう。


 そんな鬱々とした日々が続いたある日、どこかの省で大規模な反乱が起きたと云う情報が入った。テレビでは放送していないが、民衆は秘密通信でその事実を知った。

 街をうろついていた軍隊の様子が変わった。民衆への態度が激しくなった。職務質問でちょっとでも気に入らないと、殴る蹴るは当たり前。あまりのひどさに仲裁に入った人間も同じ運命になった。ある時にはみんなで金を集めて渡し、許してもらったが、別の隊に絡まれた人間は何人かがどこかへ連れ去られたようだ。これでは逆に反乱を扇動しているのと同じじゃないかと噂しあった


 秘密通信で、例の大規模な反乱が住民皆殺しで終わった事を知った。民衆はみな恐怖した。そこまでやるのかと。同じ通信で、皆殺しとは余りにひどいので、国際社会は激しく怒り、帝国政府は対策に困っているという情報も有った。みんな笑った。民衆は外出すると軍隊に殴られるので、家にこもって、びくびくしながら暮らした。


 何日かして、新しい反乱が起きたという情報が入った。民衆は思った。どうせ政府軍に皆殺しになってしまうだろうと。なんて愚かな事をしたんだと。聞けば、首都を守っているのは李将軍という帝国一番の勇猛な将軍だそうだ。だったら、ますます勝ち目はないなと。


 ところが更に何日かして、その反乱軍が勝って、政府が倒れたと云う、ビックリするような情報が入った。民衆は、最初はウソだと思った。なぜなら、帝国最大の暴力集団である軍隊を握る帝国政府は無敵であり、どんな敵がやってこようが倒れるはずがないからだ。


 しかし、政府が倒れたのは事実だった。こんどはテレビで放送していた。李将軍の軍隊が政府を倒したのだ。帝国軍最強と云われる李将軍。その将軍が反乱を起こすほどに、帝国政府は腐っていたのだ。


 新政府は民衆が驚くような政策を始めた。国家親衛隊による役人腐敗の殲滅である。1千人もの軍隊がやってきて、市や町の役人を公開裁判に掛け、罪人は即刻死刑にしてしまうと云う驚天動地の仕掛けである。


 この新政策が発表された途端、腐敗役人は国外逃亡を図った。蓄えた金を海外に送金、一族は国外へ逃亡。国境や税関などは買収すればよい。だが、既に遅かった。新政策発表前に送金は停止され、空港や港、国境検問所には国家親衛隊が配置され、賄賂など渡そうものなら、即刻射殺する有様である。

 それを漏れ聞いた腐敗役人は政府高官のつてを使って国外逃亡を図ろうとしたが、政府高官の足元にも国家親衛隊は迫っており、とても役人の世話までは手が回らない。

 かくして、腐敗役人とその一族は国内に閉じこめられ、国家親衛隊の軍靴の音が近付くのを待つしかなかった。銃口は目の前であった。


 結局、最初の1週間で、約10万人の腐敗役人が逮捕され、その内の悪質な1割が銃殺された。生き残った腐敗役人及び一族には強制労働が数10年分待っていた。



 この、帝国東南部の鄙びた地方都市にも、国家親衛隊はやってきた。


「我々は国家親衛隊である。我々の目的は国家の敵である、腐敗役人の摘発と処罰である」


「諸君らは怖がらずに、不正を犯した役人を教えて欲しい。諸君らの安全と秘密は我々が守る」


「役人の不正とは何か? それは、賄賂を取って便宜を図ることである。また、賄賂を取って不正を見逃すことである」


 そんな街頭宣伝をしても、だれも信じようとしない。これはワナなのだ。不満分子をあぶり出すワナなのだ。民衆は今までに何度も騙されてきたので、もう何も信用しようとしなかった。

 国家親衛隊の宣伝部隊もそれに気付いた。


「…ちょっと固いな。もっと判りやすい云い方にしないと信頼してもらえないぞ」


「じゃあ、こんなのはどうだ?」


「諸君。役人が賄賂を取るのは当たり前だと思っている者は居ないか? 居るだろう? 実は、これは悪いことだったのだ。

 賄賂の何が悪いのか? 賄賂を取ってもお日様は出、そして沈むから問題ないと考える者は居ないか? 居るだろう。

 だったら、こう考えればどうだ。同じ事をやって、或る者は罰せられ、或る者は無罪だ。これは平等か? 違うだろう。不公平だ。不公平は好きか? いやだろう?

 人間は平等であるべきだ。金を役人に渡したヤツが無罪で、金を渡さなかったヤツが有罪と云うのはおかしいと思わないか? 人を殺したら有罪で、人の物を盗んだら有罪なのだ。どんなヤツでも罪を犯したら罰せられる。平民でも皇帝でも同じだ。法の下に人は平等だ。それが法と云うものだ。この法のおかげで、自分は何をやって良いか、何をやってはいけないかを知る事が出来るのだ。多くの人間が平等に安心して生きて行くために法は必要な物なのだ。

 ところで、法の力は役人よりも強いと云う事を知っているか? 役人は法を実行する為の役目なのだ。だから役人というのだ。ところが、それが逆転して、役人の方が偉いなんておかしいと思わないか? 法を犯しても、役人が賄賂をもらって許せばOKだなんて、これはおかしいのだ。

 このおかしい世界が我々の今までの世界だったのだ。だから、諸君らは幸せになれなかった。役人に金を渡さないと仕事が出来ないからだ。

 知っているか? 役人は給料以外の金を受け取ってはいけない。それは法で決まっている。

 賄賂を取らないと仕事をしない役人は帝国にはいらない。だから、オレ達はここにやってきた。賄賂を取る役人は法を破る犯罪者だ。その犯罪者を発見し、罰し、ひいては諸君らの生活を安定しようと云うのだ。どうだ。オレ達に協力してくれないか?」


 周りに集まった民衆の顔つきがちょっと変わった。みなでひそひそ話し合っている。周りを伺って疑り深そうな眼をしている者も居る。やがて、一人の長と思われる人物が親衛隊に近付いた。


「ようがす。あんたたちの云う事は難しいが、なんだか、オレ達の生活が良くなるような気がした。だから協力しよう」


「ありがとう。では、ここで諸君らの話を聞かせてくれ。諸君らの話を秘密で聞くために、ここに部屋を用意した。ここは盗み聞きが出来ない様に特別に作った。ここで話を聞こう。そして、悪い役人が捕まったら、我々を信用してくれ」


 先ず、リーダー格の人物が命の危険を冒して、情報を提供した。群衆の中には当然不正役人の手先が混じっているから、まさに命賭けである。事情聴取の後も、群衆の中には戻さない。暗殺を避けるためだ。


 そんな事を半日ほど続けた。夕方になり、国家親衛隊の中から裁判官役の人物が現れ、いよいよ人民裁判が始まった。


「これより人民裁判を行う」


「被告。金市長。立ちなさい」


 金市長は、被告席にあり、立ち上がった。


「ワシは何も悪いことはやってないぞ」


「検事は被告の犯した罪を述べなさい」


「はい。裁判長」


 検事が立ち上がり、金市長の罪を挙げた。


「一つ。金市長は20年に渡り、市の行政を支配し、その間、50の公共事業の官製談合を自ら指揮し、多額の還流金を着服した。その総額は5千万ダラーである」


「違う!そんな事はやっていない」


 裁判長が遮った。


「被告人。弁解はあとで時間を設けるので、今は大人しく聞け。では、検事」


「続けます。二つ。金市長は局長クラスの人間から多額の上納金をせしめた。その総額は1千万ダラーである」


「三つ。金市長は下級役人の昇級の見返りに、多額の賄賂を受け取り、かつ要求した。その総額は3千万ダラーである」


「四つ。金市長はアイギス連邦外務省の特殊工作部隊と接触を持ち、かれらに便宜を図り、見返りに多額の金品と武器などを受け取った。その総額は5千万ダラーである」


「五つ。金市長は隠匿した賄賂を外国に送金しようとした。また親族を外国に逃亡させようとした。それに伴い、役人に多額の賄賂を送ると共に、自分の職権を盾に、違法行為を強要した」


「以上です。裁判長」


「弁護人。云う事はあるか?」


「全て真実であり、証人も重複して何人もおります。よって、異論はありません」


 金市長が激怒した。


「おい! 弁護人がそれかよ! 事実認定の証拠提出くらい要求しろ!」


「証拠はこの書類だ。厚みは1メートル80センチあるがな」


 裁判長は断じた。


「では、判決を下す。金市長。貴様は国家反逆罪により強制労働2億3千万年もしくは、人体実験或いは銃殺刑に処す」


 裁判長は続けた。


「金市長、キミには選ぶ権利がある。どれがいい?」


「こんな裁判は茶番劇だ!」


「何を云う。この、国を滅ぼす悪徳役人風情が! 希望がなければ、一番安い銃殺刑だ。すぐに執行しろ!」


 隊員が連行していった。やがて民衆の前に引き出された市長は、殴られた上に猿ぐつわをされて、捨て台詞を云うチャンスも与えられず、10発1ダラーの銃弾を5発食らって地獄に堕ちた。


 民衆は信じられない思いだった。あれほどの暴政を誇った市長が、ほんの1日であっけなく死んだ。この世から消えた。そんな事が本当に出来るのだ。と云う事は、今までやりたい放題だった、あの役人連中を地獄に送ることが本当に出来るのだ。解放された民衆の心に生まれた憎しみと怒りは、怒濤の如くに荒れ狂い、次々と密告者を呼んだ。


 市の役人の内、1/3が銃殺された。残りの役人は罪が軽いとして、民衆に対する絶対忠誠を誓うと共に、いままでの行為の自己批判を行い、全ての財産を喜捨して、銃殺だけは無期延期された。



 因に、彼らは国家親衛隊と契約を結んだ。それは次の様なプロセスにより行われた。


「A君。キミの罪状は明らかだ。キミの犯罪行為を証明する証言はこれほどあるのだ」


…と、国家親衛隊分隊長は机に積み上げた報告書を指した。


「わたしは本当に何もやっていない」


「何もやっていない? いままで役人でやってこれた事自体が既に賄賂と犯罪の結果であると証明している。そうじゃないかね」


「わたしは民衆を苦しめたり、犯罪を見逃したりはしていない」


「そうかな? キミはBを知っているね? Bに便宜を図った。金をもらってだ」


「あの時は、家族が病気で金が必要だったんだ」


「ほら、やっぱりお前は犯罪者だったじゃないか? しかも、何もやっていないなどとウソまでついて、罪を重ねた」


「それは…」


「おまえはもうお仕舞いだ。国家反逆罪だ。市長のように、家族の目の前で無様に汚らしく死んで行くのだ」


「うわぁ、助けてくれ! 何でもやる! 何でもやるから、命だけは助けてくれ!」


「ふん。役人はいつもそうだ。都合が悪くなると、助けてくれ、便宜を図る、金を渡すからと。いつもの様に、えばりくさって、金を持ってこい。そうすればやってやるぞ、となぜ云わないのだ?」


「助けて下さい。自己批判もします。財産を全て差し上げます。だから、家族の前で殺すことだけは止めて下さい」


「そうかい。因に、オレの父親は、役人にちょっと逆らったために、町の真ん中で、それもオレや家族の5メートル前で銃殺されたんだよ。飛び散った血で、オレ達も濡れた。母親は1日後に狂い死んだ。それを許せと云うのか? ずいぶんと虫のイイ話だな。

 だが、オレは昔のオレではない。国家親衛隊の分隊長だ。国のために生きる人間だ。お前らのような腐った豚どもとは違うんだ。それこそ、遺伝子からな。

 いいだろう。お前の命は預かる。その代わり、お前には国家親衛隊に絶対の忠誠を誓ってもらう。そして、職務上知り得た犯罪行為は全て密告してもらう。もし、手抜きしたり、裏切ったりしたら、お前の最も恐れていることが即刻現実となるだろう。絶対の忠誠を約束できるのなら、お前の銃殺刑の執行は延期してやる。どうだね?」


「はい。はい。喜んで忠誠を誓います。そして、必ず密告します」


「そうか。期待しているぞ。因に、お前は常に監視されている。スパイはお前の周りの全ての人間だ。ジョークでも皮肉でもない、事実だ。それを忘れるな」



 ある役人の風景である。

 便宜を図ってもらおうと、昔ながらに料亭に役人を招いて一席設けた者が居た。


「お役人様。どうぞ召し上がって下さい」


「いや、これはまずい。話を聞くだけなら構わないが、こんな接待は困る」


「なんの。大したものではありません」


「いやいや。わたしはこれで失礼する」


「お役人様。それでは、土産の品だけでもお受け取り下さい」


「こ、これは何だ。これは受け取れん。だめだ、だめだ」


「お役人様。何とお気の小さい。誰も見てはおりませんぞ」


「誰も見ていないとはとんでもない。先ず、天が見ている。地が見ている。お前が見ている。わたしが見ている。どうして、誰も見ていないなどと云う事が出来よう。それに、国家親衛隊は千里眼だ。どこにでもその眼と耳を置いている。わたしとお前が会ったことも、筒抜けだ。わたしは命が惜しい。だから、何も受け取らないし、何も食べないぞ」


役人は見えない何かに怯えるように、さっさと逃げ去ってしまった。



 各地はこの様な次第で、僅か1年にして、4千年の悪弊を一気に清掃してしまうほどの勢いで浄化が進んだ。

 この間に銃殺された多くの役人に対しては、一部の国際世論が沸騰したが、チョンファーレン国民のインタビューでは賛成派が圧倒的であり、その結果、海外からの反発も力を失ってやがて消えてしまった。


 所謂、平等で平和な世界が今やチョンファーレンに現出しようとしていた。それは国家親衛隊という強大な力を持つ秘密警察により支えられたものではあったが、13億人もの超大国は、きれい事では統治できないと云う証拠なのかも知れない。将来のことは判らないが、とにかく今の彼らは幸せであり、その未来に希望を持てる人生を送っていたのだった。


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