第23話 「首都へ」
人の心を動かすのに、多くの言葉は必要としない。
首都から100キロメートルほど離れた地方都市で、会談は行われた。反乱軍と中央政府の会談である。反乱軍は名誉の意味で、自らをいまだに反乱軍と呼んでいる。
出席者は反乱軍から李将軍と参謀長及び超将軍、中央政府からはメンデと随員数名である。互いに陣営の全権代表であることを示した後、メンデが口火を切った。
「我が政府は李将軍らに降伏することをここに伝えます」
李将軍が受けた。
「確かに受け取った。文書の交換を行おう。その後、直ちに我々の要求である政治改革について話し合いたいのだが」
「判りました」
降伏文書の受け渡しの後、座を改めて会議に入った。李将軍が云った。
「国難の時である。不正役人の横暴を許しておいては、国民の不満が高まり、ひいては国家に対する敬意が失われ、ついには亡国となるだろう。これを阻止するために、我々は立った」
「理解しております」
「よって、次の政策を要求する。国家親衛隊を組織し、全国の省政府以下の地域を回り、不正役人と不正商人の摘発及び処刑を、民衆参加の上で行う。尚、この国家親衛隊は我が反乱軍の武装民兵から組織するものとする。そのメンバーは警察官、検察官、弁護人、裁判官、処刑人、警備部隊から成り立ち、一つの隊は1千人とする。これを500ユニット作る。隊の軍紀は厳しく、自分の意志で買収を受けたもの、規則に反する者は容赦なく銃殺するものとする。また、国家親衛隊には中央政府内部の高級役人を摘発する組織と、経済犯罪の専門家を集めた組織も設ける。以上だ。質問は?」
「国家親衛隊に関しては特にありませんが、新政府に於ける李将軍らの地位と、我々政府高官の処遇はどう為されるお積もりですか?」
「我々反乱軍は政権に関与する気はない。貴官らは今まで通りやってほしい。だが、国家親衛隊は全てに優先する。もし、貴官らの行動に問題が有った場合は、命がないと考え給え」
「では、将軍らは、国家と中央政府の監視機関の役割を担うと云う事ですか?」
「その通りだ。それが国家と国民を守るのに最も効率的な役割と判断した」
「国軍はどう為されるのですか?」
「国軍は国家親衛隊の後見人となる」
「それでは事実上の軍事政権なのではないですか?」
「国家親衛隊と国軍の統帥権は皇帝にある。わしは皇帝を補佐する立場となる。国家親衛隊と国軍は政策に口出しはしない。単なる警察官だと考えれば良いだろう」
「国民は将軍を事実上の皇帝と見なすのではないでしょうか?」
「我が国の腐敗をここまで放置した責任は皇帝にある。皇帝独裁と側近政治だ。そのシステムを変えない限り、同じ悲劇は何度でも繰り返すだろう。よって、システムを変える。監査役・補佐役を置くのは必要な処置であろう」
「判りました」
「では、この政策を実施すべく貴官らも動いて欲しい。良いな」
「ははっ」
かくして、談判は成立し、「反乱軍」、いや、ついに改名して「李軍」は再び首都へと進軍を開始した。武装民兵は最初は烏合の衆だったが、行軍しながら規律を叩き込まれ、首都に着く頃には立派な国家親衛隊員となっていた。
李軍は首都に入城した。民衆は門に入る遙か前から歓呼を以て軍隊を迎えた。王宮の前の広大な広場に整列した軍隊は皇帝ルワールスに敬礼し、皇帝も軍の到着を歓迎した。これは単なる儀式ではあったが感動的な光景であった。
李将軍は、中央政府に対して参謀長と超将軍を送り込み、その意思の徹底を図った。
少し先の事になるが、事態は以下の様に展開した。
先ず、国家親衛隊の発足と、全国への展開である。続いて、各地の反乱軍の平定である。李将軍の示す大義名分に賛同する者は速やかに武装を捨て、国家親衛隊に参加するよう、呼びかけた。逆らう者には正規軍を送り込み、国賊の名の下にこれを殲滅した。
政府が改まった今、政府に対する反乱が正義であった時代は終わった。それが判らず、いつまでも革命家気取りをやっているヤツは国民の敵なのだ。
中央政府内部の粛正も進んだ。腐敗した政府高官は親族や実業家を隠れ蓑に多額の資金を隠匿しており、これを海外に送金しつつ自らも逃亡しようと考えた者が多かったが、メンデの先制攻撃によりその目論見は破れ、国家親衛隊により捕縛されて親族もろとも処刑された。財産は全て没収され、国庫を潤した。その金額は国民の想像を超え、数兆ダラーに達した。如何に腐敗が進んでいたかが判明した。
悪徳商人や悪徳実業家の実態も次々と明らかになった。政治家とつるんでの土木工事費着服や、架空会社を使った国際的な資金迂回による巨額政治資金の捻出など、その広さと深さはまるでチョンファーレンそのものが汚職システムであると錯覚するほどに根深く、巧妙に仕組まれていた。そのパズルを、国家親衛隊経済犯罪調査部は丹念に解きほぐし、ある時は政府中枢にまで追及の手を伸ばし、ついには捕縛・処刑にこぎ着けたこともある。
これらの事実はマスコミを通じて国民に伝えられ、政府高官の腐敗に対する怒りが改めて高まると共に、新政府への信頼感が急上昇した。その信頼感は国家親衛隊に対する圧倒的な信頼感になり、地方役人腐敗摘発も急激に進むことになった。
地方巡察に伴う各種の巧妙な買収に対して、国家親衛隊は鉄の規律を以て対処した。内部からの監査だけではなく、密告などの情報を利用した外部からの監察も入り、汚職した隊員に対しては公開裁判を以て罪を明らかにし、公開処刑により、その罪を処断した。
買収側が隊員に罠を仕掛けたり、家族などの弱みにつけ込んで買収に関与させると云う悪質な手口に対しては、買収に関与した隊員が即刻告白し、全ての情報を公開した上で自己批判することにより、その名誉と命を保全することが出来た。
この様な徹底した情報公開により、国民の信頼は確固たるものとなり、隊への協力者や不正の通報者は津々浦々に満ちた。不正役人は住む場所を失いつつあった。全ては新政権の計画通りであった。
時間は李軍の首都入城に戻る。
超将軍は、その交渉能力を買われ、外務大臣に任ぜられた。その報を聞いた外務省外交戦略部では、話題が沸騰した。ジュリオがさかんに冷やかされている。
「ジュリオ。お前の命ももうすぐ終わりだな」
「さよなら、ジュリオ。オレが貸した金は返せよ」
「バレッタ閣下、もうすぐ来るかな」
「死んだはずだよ、バレッタ閣下。生きていたとはお釈迦様でもご存じあるめぇ」
「我々は知っているけどね」
ジュリオは頭を抱えたふりをして、答えた。
「うわぁ、困った困った。こんな事なら、彼女がアイギスの大臣の時にもっと優しくしておくべきだった」
「そうそう。それどころか、何度も殺し掛けたんだからな。これは只では済まないぞ」
「バレッタ親衛隊を殺しているからな。彼女は部下想いだ。これはポイントきついぞ」
「おいおい。なんだか、本当にヤバイ感じになってきたじゃないか」
電話が鳴り、外務大臣、バレッタ・超がまもなく訪れることを告げた。部員は全員起立して待ちかまえた。まもなく、ドアが開き、バレッタ大臣が現れた。黒の軍服風ジャケットに同じく黒のスカートと云う精悍な姿である。案内の役人が紹介した。
「閣下、ここが外交戦略部です」
部員は一斉に敬礼した。彼らは軍隊経験はあるものの、この職場は軍隊ではないので、そんな事をする必要はないのだが、彼女の姿を見た途端、誰もが自然にそんな行動を取ってしまった。バレッタは素早く眼を走らせて、部員を確認した。ジュリオに視線を止め、それから皆を広く見つめた。
「わたしがバレッタ・超です。新しい外務大臣として着任しました。これからよろしくお願いします。そうそう、ジュリオ。お久しぶりですね」
早速のご指名に、ジュリオは恐縮したような顔で答えた。
「ははっ。バレッタ閣下、閣下がアイギスの大臣の際には数々の失礼を致しました。まことに申し訳有りません」
バレッタは、それに対して、微笑んだ。
「ジュリオ。それは違うでしょう。それに、あなたも心にも無い事を云う必要はありません」
ジュリオもにやりとした。
「お見通しでしたか…」
「ジュリオと私は共に国家を代表して、国家のために戦ったのです。その時、ジュリオと私はたまたま支えるべき国家が異なっていただけのこと。国家目的のために、相手の完全殲滅を計ることは我々の当然の義務です。確かに私情から云えば、辛いことが多かった。バレッタ親衛隊の死を私は忘れることが出来ません。しかし、この様に、共に同じ国家を支えると云う立場になった以上、共にその目的のために協力して邁進しましょう。今日の所は、以上です」
バレッタは日焼けした顔を輝かせて語った。そして、短い髪を揺らして、くるりと振り向き、颯爽とドアに向かった。
バレッタが去った後も、部員には声がなかった。待ちかねて、ジュリオが始めた。
「どうだい。生のバレッタ閣下は?」
「…いや。これは大物だ」
「ジュリオに意地悪するんじゃないかとか云っていた、我々が恥ずかしい」
「ほんの一言で、我々のやるべき事、我々の目指すこと、そして、指揮官としての自分の統帥力の高さ、人間としての懐の広さと愛情の深さを、ここまで我々に印象づけた人間をわたしは知らない」
「恐ろしい人間だな」
「よもや、これほどの人物とは思ってもみなかったよ」
「ジュリオは彼女を相手に戦ってきたのか?」
「いや。私はジュリオを見直してしまった」
「何れにせよ、彼女が我がチョンファーレンの力になったと云う事の意味は想像以上に大きいぞ」
「ああ、彼女の下なら、よほど大きな絵が描けそうだぞ」
さて、バレッタは次に外務省対外宣伝部にやってきた。阿鼻省事件に対する外国からの攻撃に対して、この事件はアイギスの扇動によるものであることを暴露し、それを以て、アイギスに反撃を加えるという作戦である。その準備が完了し、大臣らのチェックを待つのみである。
バレッタは、大型ディスプレイの前に陣取り、情報主幹員の説明を聞いた。バレッタが口火を切った。
「外国のマスコミは意地が悪い。なかなか信用しないぞ。しかし、一旦信用すればあとは楽だ。扇動の証拠が揺るぎないものであることが必要だ。扇動の証拠はどれだ」
「はっ。先ず、アイギスの特殊工作員の自白ビデオです」
「ビデオカメラの脇で銃を構えているんじゃないかと云うぞ、連中は」
バレッタは、人差し指で鼻をちょっと押さえ、続けた。
「しかも、ここに写っているのは誰だと言ってのける」
ちょっと怯んだ主幹員は続けた。
「次は、武器の輸送伝票です。アイギスの特殊工作員と業者のサインがあります」
「書類は全てねつ造である、と云うぞ」
「…次は、取引の様子のビデオです」
「顔を判別できるのか?音声は?」
「やや不鮮明ですが、十分です」
「よし。これはOK」
「特殊工作員が反乱を起こすように、扇動している映像です」
「内容は判りやすいのか? 顔を判別できるか。音声が同期しているか?」
「全てOKです」
「よし」
「以上ですが」
「弱いな。トドメが欲しい。そう、アイギスの国防省高官が特殊工作員のトップに指示を出している映像か、音声はあるか」
とんでもない物を要求する、とちょっと狼狽えたが、映像は無いものの、音声だけの物が有ったことを記憶していた。
「盗聴した音声があります」
「本人の音声であることを証明するために、本人の別音源から声紋を採って一致していることを確認する映像を入れろ」
「了解です」
「他に、事件の発生を聞いて、そいつらが喜んでいる音声なり映像は有るか?」
「執務室内での映像があります」
「そいつも使え」
バレッタは、ディスプレイの前から立ち上がり、主幹員に向かって云った。
「有り難う。良いデータが揃っていた」
「ははっ。恐縮であります」
次にバレッタは居並ぶ職員に向かって云った。
「諸君、アイギスは我が国の民衆を扇動し、その結果、我々は国民の虐殺という大きな罪を負った。
だが、我々はその原因である役人の腐敗堕落を解消しつつある。国家親衛隊の行動が我が国を一秒一秒良くしてくれている。我が国は虐殺を演じた時の政府を克服した。我々はそれを以て、世界に胸を張って主張して行こう。アイギスこそが国民虐殺の真の扇動者だったのだと云うことを!
諸君。これは物的証拠という武器を使った戦争なのだ。そこには我が国の名誉と未来が掛かっている。
我々は必ず勝利する! 国家は諸君らの能力に期待する!」
「おおっ!」
期せずして、職員から喚声が上がった。かくして、対アイギス戦は始まった。




