第19話 「バレッタの失踪」
乙女座。思いがけない出会い。ラッキーアイテムはハンバーガー。
外務大臣と国防大臣を辞任したバレッタは、表舞台から消えた。彼女は、殉職した30人の親衛隊隊員たちの故郷を訪ねていた。先ずは隊長のマールスの両親に会った。
「これは、バレッタさん。わざわざ息子に会いに来てくれたんですか。あの子は昔から不器用でしたが、忠義に篤い子でしたね。親衛隊の隊長になってからは、一度も私たちの顔を見に来てくれたことはないんですよ。仕事が忙しいとか云って。まァ、電話は良くくれたんですが。その度にバレッタ閣下は凄い、バレッタ閣下は大した人物だと、そりゃあ、誉めてましたよ。自分はその閣下を守るために頑張っているんだ、それは誇りだとも云ってました。最近、怪我をしたとか云って、暫く電話もくれなかったんですが、やっと治った矢先に、事故で死んでしまうとは。でも、バレッタさんが無事だったんで、あの子も満足しているでしょう。お墓に行ってこられたんですか。それは有り難うございます。危険な仕事だが、国の名誉を守り、しかもやり甲斐のある仕事だと云っていましたから、本人は満足しているでしょう」
まさか、その国家によって殺されたのだとは云えない。バレッタは目を伏せ、沈黙を続けるしかなかった。マールスの実家を出、次の目的地である、護衛機パイロットの実家に向かって車を走らせた。なぜ、こんな事をするのか。それは自分の命を守るために散った30名の人間への謝罪なのか。それとも30人の死を背負った自分の背中を軽くする為の贖罪の旅なのか。いずれにせよ、いたたまれない想いをなんとかしたいと云う気持ちから出た行動であった。
ドライブインが目に入った。ちょっと休憩して行こう。ドライブインに車を乗り入れた。
そこから数キロメートル離れた幹線道を1台の大型キャンピングカーが走っていた。エンディのスタッフに雇われた探偵である。歳は40過ぎ、小太りで、顔はちょっとぶくぶくしている。東洋系で目は小さい。彼の使命はバレッタの発見と抹殺である。発見次第、スタッフに連絡しろと云う命令も受けている。また、抹殺はひっそりと行い、他の人間を巻き込む事は禁止されていた。失脚したとはいえ、前の外務大臣且つ国防大臣が白昼堂々、黒眼鏡とダークスーツの連中に短機関銃で蜂の巣にされたなんて云う状況は、エンディとしても我慢できないだろう。
「無茶な命令だ。と云うか、付帯事項が多すぎる。抹殺というなら、発見次第射殺と云うべきだろう」
ぶつぶつと独り言を云っている。
「まァ、だから上手く行っていないんだ」
マールスの実家を見張っていた探偵から、バレッタはこの付近を通過中との情報が入った。
「これらの条件を満足する方法は、つまり、この大型キャンピングカーさ。バレッタをここに連れ込んで抹殺。あとは車ごとエンディに渡すか、崖の下に叩き落とすか、お気に召すまま」
探偵は更に続けた。
「バレッタはマールスの両親に会って、気に迷いが生じたはず。すると、どこかで休憩したくなるだろう。それが、あそこのドライブインと云うワケだ。ほら、ちゃんとバレッタの車があった」
探偵は、ドライブインにキャンピングカーを乗り入れた。
「バレッタの好きな食べ物は意外なことにハンバーガーだ。まァ、合理主義だろう。よって、あの店だ」
ぶつぶつ云いながら、その店に入る。客は一人しか居ない。予定通りバレッタは一番奥でハンバーガーを食べている。
「やあ、バレッタ」
バレッタの座る席に近付き、探偵は声を掛けた。バレッタはハンバーガーをくわえたまま、眼をパチクリして、この見知らぬ人間を値踏みしている。
「誰だ?」
「エンディの手の者だ。お前を殺しに来た。座って良いか?」
「あ…あぁ」
ウェイトレスがやって来た。探偵はオーダーをした。
「こちらと同じヤツを。それとコーヒーはエスプレッソでな」
「かしこまりました」
バレッタはどう反応して良いのか判らず、取り敢えず、ハンバーガーをかじっている。
「バレッタ。色々大変だったようだな」
まるで、知り合いか友達の会話である。
「一体、お前は、いや、あなたは何者なんだ」
「だから、云ったろう。エンディの手の者だと」
「殺し屋は相手と同じテーブルでハンバーガーなんて食べないぞ」
「新しいタイプの殺し屋なんだよ」
「ぶぶぶ」
自分でもヘンだとは思うが、どうにも笑ってしまった。ウェイトレスが探偵の食事を持ってきた。彼も食べ始めた。
「ところで、バレッタ。キミはキミを襲った連中を知っているか?」
「ああ。ダイダロスだろう?」
「その通りだ。東アジア連合との相互不可侵条約で仕事が無くなると危機感を持った軍需産業が、ハデスに覇権主義的外交を迫るため、キミを見せしめにしたと云うのが、今回の事件だ」
「…どうして、そんな事を知っているんだ。特別機密事項だぞ」
「それは良いだろう。それより、ダイダロスに今回の襲撃をけしかけたのはエンディだよ」
「エンディは何者なんだ。急に現れたが」
バレッタは、探偵がただ者ではないことを悟り、なんで知っているんだと云う事は聞かないことにした。最高度の情報スタッフに対する話し方に変えた。
「元々はダイダロスの数多い戦略スタッフの一人だが、相互不可侵条約をテコに、影の大統領であるダイダロスのアレクトー社長に献策して、能力を認められたのだ」
「そういう事か」
「それだけじゃない。エンディの正体はただ者じゃないんだ」
「どう云う事だ?」
「ヤツはジュリオの手先だ」
「まさか! 敵国だぞ」
「いやいや。そこがチョンファーレン外交戦略部の恐ろしいところだ。敵味方両国の首脳がサル芝居を演じているとは誰も気が付くまい」
「目的は?」
「東アジア連合はエウロペ同盟との連合を狙っている。アイギスに対抗するには、2大勢力の結婚が必要だからだ。その為にはアイギスが凶暴でなければならない。よって、アイギスには覇権主義的な外交をやってもらう。それがエンディの役目だ。その間、ジュリオはエウロペにアイギスの脅威を説き、東アジア連合との結婚にこぎ着けると云う計画だ」
「では、世界三分の計は何だったんだ?」
「東アジア連合とエウロペ同盟の結婚への地均しだったんだ。つまり、先ずは世界を3分割しておいて、アイギスの脅威をテコに、アイギス対その他世界と云う構図でアイギスの孤立化を図る作戦だ」
「壮大な計画だな。これに比べれば、わたしの考えたチョンファーレン包囲同盟なんて、小さい小さい」
「だが、キミはその計画を自分一人で考え出し、自分の足で駆け回り、成し遂げたんだろう。それは凄いことだと思うよ」
「それはともかく、あなたはどうして、そのような最高機密をわたしに教えてくれるんですか? …ああ、これから殺すので、教えても構わないとか。いや、あなたほどの人なら、そんな油断はしないでしょう」
「キミに、昔の自分を見てしまったんだよ」
「国家指導者に戦略を売り込む人間ですか。…ひょっとして、あなたはチョンファーレン外交戦略部の人間ですか?」
「よく判ったね。さすがはバレッタくんだ」
「でも、今居る11人の中にはあなたに似た人間も居ませんよ」
「外交戦略部だったと云うべき人間だ」
「で、そんな凄腕の方が、わたしに何をせよと云うのですか?」
「チョンファーレンに行ってもらいたい」
「チョンファーレンに?」
「そうだ。あの国は今病んでいる。動乱は近い。何しろ、バレッタくんが扇動部隊を送り込んでいるくらいだから。いや、それ以前に、社会の不満は爆発寸前だ」
「それは事実です。しかも動乱の兆候が既に出ています」
「苦しむのは民衆なんだ。今苦しんでいるのも。そして、扇動により動乱を起こし、その銃弾の中で死ぬのも大半は民衆だ。更に動乱の後、政府の過酷な弾圧で苦しむのも民衆なんだ。それを見るのに忍びない。外交戦略部のスタッフなら、そんな事は気にせずに、人民を国家の利益のために碁石のように自由に扱うべきなんだろうが、わたしにはそんな神経が無かった。しかも、わたしは行動力が小さい。勇気がないんだ。自分では出来そうにない。だからキミにやって欲しい。動乱を最小限に食い止め、しかし、そのメッセージだけは政権の中枢に届けて、社会改革を強力に押し進める力になって欲しい」
「判りました。その気持ちはわたしも同じです。世界制覇と云う政府の野望のために、命と平和を失う人々の悲惨さは、アイギスであれ、チョンファーレンであれ、同じです。それを救わずして、それを救えずして、何が世界制覇か。わたしはやっと判ることが出来ました」
「わたしの車には変装道具が満載してある。そこで化けて、普通にチョンファーレンに出国すれば良いだろう。まさか、正々堂々と出国するとは考えない」
「それは良い考えですね。でも、DNA検査とか有りますよ」
「犯罪歴のない人格を何種類か用意済みだ。そのIDセットを使えば問題ない」
「判りました。依頼事項、承りました」
席を立とうとして、ふと気が付いた。
「そういえば、お名前を聞いていませんでしたね」
「名前など何の役にも立たない。強いて云えば、単なるマークだ。そうだな、アルファとでも云ってくれ」
「判りました、アルファさん」
数時間後、ドライブインに自分の車を放置したまま、バレッタの消息は忽然と途切れた。ドライブインに居た人間は誰もバレッタを見てはいなかった。ハンバーガーショップのウェイトレスもバレッタを知らなかった。ましてや古ぼけた男が一緒に居たことも覚えていなかった。残飯を検査しても、DNAの痕跡はなかった。
時を同じくして、一人の探偵も消息を絶った。だが、そんな小さな事に注意を払う人間など一人も居なかった。
数日後、このドライブインから数百キロメートル離れた山岳部で、1台の大型キャンピングカーの残骸が発見された。見通しの悪い道路から転落し、炎上したものと考えられた。車の中には2人の焼死体があり、歯の並びとDNA検査から、一人はバレッタ本人である事が判明、もう一人は不明であったがバレッタの知り合いだと想像された。。当局はバレッタが事故死したものと判断、マスコミはこれに従って報道した。
この件の詳細な内容は、エンディの元にも入っていた。情報スタッフが報告している。
「間違いありません。DNAその他は、あれがバレッタ本人であることを示しています」
「もう一人は何者だ?」
「バレッタ親衛隊員の一人です。副隊長です。なお、この情報はマスコミの注目を引きそうなので、隠蔽しています」
「その二人がなんでそんな所を走っていたんだ。目的は?」
「判りません。ただ、バレッタは殉職した隊員の実家などを訪問していましたので、それが目的かと」
「しかし、バレッタは自分の車をドライブインに置き去りにしているんだぞ。ヘンだと思わんか」
「ならば、こう考えては如何でしょう。副隊長がバレッタを拉致した」
「なるほど」
「副隊長はどこからかの指示でバレッタを搬送途中であった。ところがバレッタが暴れて転落した」
「キミは推理小説家になれそうだな」
「いや。そう云う積もりでは…」
「どこからの指示があったと考える?」
「バレッタ親衛隊の残存勢力があります。そこからかも」
「或いは、軍か情報部辺りか…」
「調べますか?」
「そうしろ。意外な動きをしている奴らが引っ掛かるかも知れん」
「何れにせよ、バレッタは死亡しました。社長に報告しますか?」
「それはわたしがやっておく。有り難う」
それから更に数日後、チョンファーレンの沿岸部に近い空港に一人の女性が降り立った。バレッタである。化粧と髪型を少し変えているだけだが、誰もそれがバレッタだとは気が付かない。乗降客に目を光らす公安省の制服警官や私服警官も一度は彼女の顔を見て、オヤと云う態度を取るのだが、すぐに何かを思い出したように目をそらし、次の顔を探す。何しろ、バレッタが死んだことは世界中の人間が知っていることだから。
一度も職務質問を受けることなく空港を出たバレッタは空港のタクシーに乗り込んだ。バレッタが何処に行ったのかを知る者はなかった。




