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第1話 「就職活動」

究極まで研ぎ澄まされた計画は、偶然の顔をしている。



その日、アイギス連邦国家安全保障会議議長ポルクスはいつもの道を急いでいた。最高裁判所の前を通り過ぎ、その生け垣の色を確かめ、歩道間際までせり出している保安局のレンガ造りの角を曲がれば、目的の「安全保障会議ビル」は目の前である。ところが、角を曲がった途端に視界に飛び込んできたのはビルではなく、一人の女性だった。


「きゃあ~!」


二人ともかなりのスピードだったので、避けることも出来ずにまともに激突してしまった。ポルクスは歩道に腰をつき、女性の方は体重が小さいため、吹っ飛んで歩道に倒れた。彼女の持っていたファイルが飛び散った。


「いたたた…」


「女性の味方」を自認するポルクスは、自分の痛みを忘れて、女性の救護に向かった。彼は騎士ナイトのつもりだった。


「大丈夫ですか?」


この場合、若い女性だったら「大丈夫ですか、お嬢さん」と云うべきだろうし、失礼な云い方だが、若くない女性だったら「大丈夫ですか」で終わらせるべきだろう。ポルクスは女性を瞬時に値踏みして、ためらうことなく云った。


「お嬢さん」


「ええ、大丈夫です」


顔をしかめて起きあがった女性のスタイルと仕草は、ポルクスの願いの通りだった。もし、この世にポルクスの好みを知り尽くした神様が居るとしたら、その神様が天から下した天使と云うべきだろう。


その女性は、色白のやや丸みを帯びた細面で、大きく開いた切れ長の眼をした東洋人だった。髪は緑色を含んだサラサラの黒髪で、ボブカットである。服は濃い紺色のブレザー+スカートであり、これは国家安全保障会議事務局女性職員の制服である。やや短めのスカートから出ている脚はほっそりとしている。靴は機能性から黒のローヒールだがやや高めに設定されているのは議長の趣味である。ポルクスの視線は彼女の眼に釘付けとなった。立ち上がりながら、手で髪を上げ、キッと睨み付けた眼は、ポルクスにトドメの一撃を加えた。彼は彼女の虜になっちまった。


「お怪我はありませんか?…おお、膝をすりむいているじゃないですか」


「大した事はありません。…それより、貴方は議長ではありませんか。大変失礼しました」


「そうか。キミはウチの職員だな。いやいや、議長とか職員とか関係ないよ。ええと、キミは何と云う名前だ」


「バレッタ・チャオと申します。事務見習いで入ったばかりなので、大変失礼しました」


「そうか、そうか。バレッタ君か」


「議長、申し訳ありませんが、ファイルが散らばっているので、そちらを片付けて宜しいでしょうか」


「ああ…。そうだ、わたしも手伝おう」


「とんでもありません。議長には議長しか出来ないお仕事があります。この様な仕事をやるべきではありません」


おやっとポルクスは思った。只の事務職員とは思えない、重い発言。好みの美人だと云う以前に、どうもただ者ではないと云う動物的カンが疼いた。


「…なるほど。バレッタ君、先ほどの失礼も謝罪したいし、キミとちょっと話をしたい事もあるので、手が空いたら議長室まで来てくれないか?」


「謝罪なんて、とんでもありません」


「いや、キミはちょっと面白そうだ。ああ、云っておくが、セクハラの件じゃないからね。最近、法令遵守とか、企業統治とか、危機管理とかうるさいんだよ。いや、うるさくなくとも、そんなことはしないから…」


何か支離滅裂と云う感じだが、ポルクスの「誠意」が通じたのか、


「判りました。では、1時間後に議長室に伺います」


「よろしく頼む」


ポルクスはその場を離れ、バレッタの云う「彼しかできない仕事」へ復帰した。つまり、国家安全保障会議議長室の椅子の人となった。早速、電話をかけた。


「エラト、ちょっと来てくれ」


呼ばれた保安課長エラトから、ポルクスはバレッタの情報を聞いた。


「はい。3日前に事務見習いとして採用しています。出身や履歴は不明ですが、保証人は我が国の信頼の置ける人物です。採用ルール上、全く問題有りません」


「彼女の採用に問題が無いのは判った。ところでキミの評価を聞きたいのだが、彼女の我が国に対する忠誠心、及び、特筆すべき能力はどうかね」


「議長が懸念されるのは東洋系の名前ですか? それに関しては十分にチェックしました。忠誠心は全く問題有りません。また能力は『大きく打てば大きく鳴り、小さく打てば小さく鳴る』と云った所でしょう。わたしの判断できるレベルではありません」


「なるほど。底知れない謎の美女と云うワケだな…。エラト、有り難う」


保安課長が去ってから程なく、バレッタが出頭した。

すらりとした体型。黒っぽい制服と黒髪の間にひときわ目立つ色白の顔。まるでぎょくの様なその顔の中に、黒い宝石の如くに輝く大きな眼。ブラックホールのように、観る人の心まで吸い込んでしまいそうだ。ポルクスはその眼に吸い込まれる事に心地よい感触を憶えるのだった。


「バレッタ君、掛けたまえ。膝は大丈夫か?」


「問題ありません」


「キミの事をちょっと調べさせてもらったよ。…あ、いやいや。キミの過去がどうのこうのと云う話じゃないんだ。それについては全く問題ない。何しろ、我が国はその人物の過去に興味はないんだ。知りたいのは、その人物が我が国にどう貢献してくれるか、それだけだ。さて、キミの評価は高い。キミはこのアイギス連邦に何をもたらしてくれるのか。それを聞かせてくれないか?」


バレッタは一旦伏せた視線をスッと上げ、ポルクスの眼に射込んだ。


「それは…アイギス連邦による世界制覇です」

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