第17話 「バレッタ暗殺計画」
鳴かぬなら殺してしまえ、ホトトギス。
ダイダロスと云う企業がある。世界最大の軍事大国であるアイギス連邦。その軍需産業の1/3を占める巨大軍需企業集団の中核となる企業である。その総帥である社長のアレクトーは、当然ながら巨大な権力を手にしている。軍事力と云う暴力と、金と云う暴力を併せ持ち、しかも選挙による国民のチェックを受けないこの権力者は、羽の生えた虎に例えられる。いわばアイギスの真の王である。アイギスの政治の1/2、軍事の2/3、経済の1/5は動かせる為、人は彼を「大統領」とすら呼んでいる。
今朝、彼の元に1本の電話が掛かってきた。重役の一人からである。彼が云うには、スタッフの一人がバレッタの危険性を指摘しているとの事だ。権力者であるアレクトーの周りには、派手な献策をして首脳部に認めてもらおうという若造が大勢居る。そのスタッフも多分その一人だろうが、一応話を聞いてみるのも悪くはないだろう。総帥としてのアレクトーの良い点は、人の話を聞けると云う事である。100人中1人でも優れた話の出来る人間が居れば、それを抜擢してやるのが総帥の仕事であろう。
研究員のエンディ・ミオンと云う若造がやってきた。金髪で緑の目をしている。すらりとした体型に細面よりはちょっとぼちゃっとした感じの青年である。
「エンディくんと云ったな。まずは君の話を聞こうじゃないか」
「社長、お初にお目に掛かります。早速ですが、私の献策をお聞き下さい」
「うむ」
「先ずは、社長にお聞きしたいのですが、アイギスと東アジア連合の相互不可侵条約をどうお考えですか?」
「外務大臣バレッタの話では、一時的なものだそうだ。東アジア連合とエウロペ同盟の結束を弱めるために、やむなく結んだそうだが」
「東アジア連合はますます強くなり、我が国の大きな脅威となるのではないのですか?」
「やつらは未だ小さい。それにチョンファーレンは国内に病を抱えている。それを起爆させるので、少し待って欲しいそうだ」
「それをお信じになりますか?」
「無論だ。バレッタは我が国の強さの根源が軍事力だと云うことを十分に理解している。だからこそ、条約締結直後に、直接我々に説明をしにやってきたのだ。その聡明さと誠実さをわたしは買っている」
「では、お聞きしますが、条約締結を主導したのはバレッタだったのでしょうか? それとも東アジア連合のジュリオだったのでしょうか?」
「ジュリオだ。東アジア連合とエウロペ同盟は既に同盟を結んでいたので、対抗上、アイギスも結ばざるを得なかったのだから」
「つまり、バレッタはジュリオに出し抜かれたと云う事ですね」
「そう云うことになるな」
「バレッタがジュリオに出し抜かれたのは今回だけではないのをご存じですか?」
「うむ。チョンファーレン包囲同盟の崩壊がそうだ」
「社長。つぶさに見ると、バレッタはジュリオに負けっ放しなのですよ」
「…確かに、云われてみるとそうだ」
「ジュリオに勝てないバレッタは、我が国の外務大臣かつ国防大臣であり、しかもハデスは彼女を重用し、罰しようともしない。これで我が国の安全保障は保てるのでしょうか?」
「なるほど。キミの云いいたい事は判った。だが、彼女の作戦は大きいので時間が掛かるのはやむを得まい」
「チョンファーレンがまもなく内乱化するので、相互不可侵条約はすぐに破綻すると云う説ですね」
「そうだ」
「果たして、ジュリオに勝てないバレッタの計画が成功するのでしょうか? またジュリオに出し抜かれてしまう可能性大です。と云う事は、相互不可侵条約は維持され、チョンファーレンが世界を牛耳り、我が国の国威は失墜し、ダイダロスも潰れてしまうのですよ。果たして、社長はそれでもバレッタを支持できると云うのでしょうか? それは、国家と会社に対する背信行為ではないですか?」
きつい表現でアレクトーを挑発するエンディであった。このパターンは良く有るが、今回はなかなか筋が通っているようだ。検討に値することだと、アレクトーは判断した。
「…これはまた、強烈な言葉だな。しかし、キミのいう言葉も正しい。キミの意見が正しいとすれば、我々は今何をすべきだと考えているのだ?」
「大統領の暗殺です」
「おい。それは聞き捨てならないぞ。我々に過去の失敗を繰り返せと云うのか?」
「違います。アイギスの国威発揚に必要だからです」
「で? 抹殺するとどうなるんだ?」
「暗殺はチョンファーレンの仕業に見せ掛ける工作を行います。大統領暗殺と云う事で世論は理性を失い、チョンファーレンに敵対する政策を支持します。副大統領はタカ派ですから、当然、チョンファーレンに軍事的攻勢を掛けます。戦力差から我が国は優勢に軍事的外交を押し進めることが出来ます。我が国の国威は高まり、チョンファーレンは落ちぶれます。新大統領はバレッタは採用しませんから、結局、大統領一人を暗殺することで、大統領とバレッタ及びそれに連なる臆病者の一派を根絶やしに出来ます。もし、バレッタを暗殺した場合は、大統領に対する警告とはなっても、根絶やしと云う効果は得られません」
「なるほど。しかし、今のタイミングで大統領が暗殺されたら、相互不可侵条約に反対する勢力の犯行と判断されるだろう。チョンファーレンに見せ掛けたとしてもだ。暗殺は一番得をしたヤツが犯人だと云うじゃないか。そうじゃないかね? 詰めが甘いんじゃないか?」
「恐縮です…」
「でも、キミの情熱は判る。そうだな。じゃあ、バレッタを暗殺したらどうなる?」
「大統領に対する警告にはなるでしょう。弱腰外交をやっているとこうなるぞと云う事で」
「そうだな。大統領はもっと物わかりが良くなるだろう。圧倒的な軍事力の前では、チョンファーレンだろうが、東アジア連合だろうが、エウロペ同盟だろうが、無力だと云う事を。
戦争は外交の一部なのだ。国威発揚のためには軍事力を容赦なく使わなければならない。我々は今現在、世界最強の圧倒的軍事力を持ち、誰も我々を止めることは出来ない。このチャンスに世界制覇を成し遂げずに、返って、他国が強力になるのを待つと云うような政策など、到底認められない」
「その通りです」
「となれば、バレッタを消して、ハデスに刺激を与えるのは実に有効だろう。エンディくん。キミの力を見せて欲しい。私のスタッフ会議の主宰をやってくれ。議題はバレッタ暗殺計画だ。会議で実行計画を立てれば、スタッフは正確に行動してくれる」
「社長。そのような重要な会議の主宰をやらせて頂けるのですか?」
「暗殺計画が上手く行けば、キミは我が社の重役になってもらう。もし失敗したら亡命でもするんだな。それで良いだろう」
「かしこまりました」
才能のテストをするため、エンディは任務を与えられた。目的はバレッタ暗殺計画の実行である。
1時間後、会議室には5人のスタッフが集まった。裏世界のボスたちである。軍、情報組織、軍需産業のウラの代表である。
アレクトーがエンディを紹介し、目的を明らかにした。アレクトーは退席し、エンディが始めた。
「今回のプロジェクトの目的は、バレッタを暗殺し、ハデスに軍事的強硬策を採らせる事です」
「見せしめと云う事だな」
「どういう状況で殺すかが重要だな」
「チョンファーレン空港で爆殺」
「公海上で空中爆発」
「チョンファーレン系のテロリストが銃撃」
「執務室で拳銃自殺」
「暴走トラックにはねられる」
「毒蛇にかまれる」
「バレッタは我が国の英雄、殉教者として死んでもらわないと、あとが続かない」
「戦争のきっかけになる位の派手さが必要だ」
「やっぱり、空中爆破か」
「近々、チョンファーレンで会議がある。それに出席する」
「公海上か、アイギス領内か、チョンファーレン領内か?」
「領内は探知されやすい。公海上がいいだろう」
「バレッタ専用機だな」
「高度10キロメートル」
「護衛機は5機か?」
「F22が遠距離からミサイル攻撃を行う」
「バレッタ専用機だぞ。偽の熱源からチャフまで備わっているぞ。IR(赤外線パッシブホーミング)+ARHなんぞ、通用するものか」
「しかもバレッタ親衛隊の護衛機だ。自分たちがミサイルの盾になるぞ」
「例の、肉の壁か…」
「連中の忠誠心は絶対的だ」
「では、時限爆弾を使おう」
「取り付けられるのか?」
「我が社に任せろ」
「機体の残骸から時限爆弾だと判るとまずい」
「やっぱり、海の上が良いな」
「残骸が出てこないのがベスト」
「水深3000メートル」
「では3段構えで行こう」
「うむ。先ずは時限爆弾」
「主翼の付け根がいいな」
「設置はウチがやる」
「次がミサイル攻撃」
「バレッタ機に発信器をつけてくれ。主翼両端だ」
「その電波でミサイルを誘導する」
「電波発信は時限式が良いな」
「よし。それも我が社がやる」
「最後に、IR(赤外線パッシブホーミング)+ARHミサイル。中間誘導は慣性誘導だ」
「弾の数は?」
「ミサイルは2種類各10発だ」
「随分と盛大だな」
「バレッタ機と親衛隊の両方を叩くためだ」
「F22の調達は?」
「5機出そう」
「ミサイルはウチが用意する」
「パイロットは?」
「良いテストパイロットが居る。任せろ」
「大体、こんなところか」
「あとはタイムスケジュールを決定する必要がある」
エンディが立ち上がった。
「OK。では、私がバレッタのスケジュールを元にタイムスケジュールを作成します。皆さんは分担に従って、準備を始めて下さい。次の会合は1週間後。進捗を報告してもらいますので」
「了解」
計ったように、アレクトーが入ってきた。
「みんな。ご苦労だった。隣で呑んでいってくれ」
「サンキュー、ボス」
アレクトーはエンディに近づき、云った。
「どうだ。私のスタッフは」
「見事です。仕事が速いですね」
「エンディくん、忘れるなよ。オレ達がアイギスを守り、支えているんだ」




