第14話 「バレッタの復活」
起こしてしまってから後悔するのが、虎の眠り。
ヤマタイ自治共和国がアイギスとの安全保障条約を破棄し、チョンファーレン包囲同盟からも脱退すると云う、極めて重大な事態が進行している。しかし、ここ数日、アイギスの外務省は沈黙していた。国家にとって最も重要なこの時に、上層部の権力闘争で外交が機能しないと云う、愚劣な状態にあった。この瞬間にも、ジュリオはその網をヤマタイに広げているのだ。
バレッタは身柄を拘束されたまま、包囲同盟司令機で本国に輸送されていた。見張りの大統領警護隊はうわさ話に花を咲かせている。
「まァ、さすがのバレッタもこれで終わりだな」
「そうそう。なんと云っても冷酷非情なレーダー閣下に睨まれたからにはお仕舞いだろう」
「敵国と通じたと云われているが、本当か?」
「レーダー閣下がそう云っているから、そうなんだよ。確認するなんて野暮なことは誰もしないさ」
「閣下が馬を鹿と云えば、そうなるって事か」
「触らぬ神に祟り無しってことさ」
「どんな処分になるんだ」
「まァ、国家反逆罪とかで懲役50年が相場だろう」
「銃殺かもな」
「で、バレッタはどうしている」
「今は…部屋で大人しくしている」
「バレッタは片付けないのか? レーダー閣下は黙認するって話だろう」
「ああ。とっくに行ったヤツが居る。レーダー閣下の取り巻きさ」
「で、どうだったんだ? 助けてくれとか泣き叫んでいたか?」
「いや。思いっきり説教された上、自分は再び元の地位に戻るので、変なマネをしたら後悔するぞって脅されたそうだ」
「元の地位に戻る? そんな事有り得るのか?」
「いや、無いとは思うんだが、彼女の気迫は物凄いものがあったとの事だ。まるで獣を相手にしているようだったと怯えていたぞ。それどころか、その時にバレッタ親衛隊が飛び込んできたそうだ」
「どうやって? 連中は部屋に閉じこめておいたし、しかもリンチでボコボコにしたはずだろう。武装解除の時抵抗しやがったからな」
「さすがはバレッタ親衛隊って事さ。扉をぶち破ってきたんだ。まァ、肩は外れているし、全身血まみれだったそうだが。閣下に手を出すなって物凄い剣幕で飛びかかってきたそうだ。そいつらを短機関銃で殴りつけて叩きのめしたんだが、倒れても倒れても立ち上がり、こっちの方が恐くなるくらいだったそうだ。バレッタは親衛隊の返り血を浴び、立ちつくすその姿と眼光のすさまじさはまるで鬼神だったそうだ」
「凄いな…」
「バレッタ。部下を心酔させ、死さえも恐れさせないその統帥力、やっぱただ者じゃないな」
「賭けるか? バレッタが復帰するかどうか」
「いや。賭けにならん。これはちょっとヤバイかもしれないぞ。レーダー閣下とは格が違いすぎる」
やがて、司令機はアイギスの空軍基地に到着した。バレッタと親衛隊はそのまま基地の格納庫にぶち込まれ、移送を待つ状態となった。バレッタ親衛隊の内、隊長のマールス他10数名は頭蓋骨骨折や内臓破裂、出血多量で重傷であり、彼らは直ちに軍の病院に収容された。ただ、日頃から鍛えていたためか、命を失うことはなさそうである。
大統領警護隊長は事前の指示通り、バレッタから預かった虎の置物を大統領官邸に運んだ。国防大臣レーダーはそれを検分した。が、どこから見ても何処にでも有る安物のお土産品である。
「問題ない。大した物じゃないし、キミから大統領に届けろ」
「はっ」
大統領警護隊長は大統領執務室を訪れ、バレッタの土産を渡した。
「容疑者バレッタが、最後の願いと云う事で、大統領閣下に渡すよう希望しておりました」
「ほう? これは何だ?」
「虎の置物と思われます。危険はありません」
「最後の最後まで何を考えているんだ、あの女は」
そう云いながら、置物を受け取った。思ったより重い。大統領はふと、何かを思いだした。
「虎…か。そう云えば、虎が3匹、いや…虎が出た、か」
大統領は何事かを考えながら、椅子の周りをぐるぐると回り始めた。まもなく止まった。
「…警護隊長」
「はっ」
「バレッタの行動と各国の動きを時系列的に知りたい。資料は用意できるか?」
「はい。保安局情報部で要人の行動記録と通信記録は全て用意できます」
「持ってきてくれ。30分以内にだ」
「了解しました」
25分後、資料は用意され、保安局情報部分析官も5人やって来た。分厚いファイルをずらりと並べ、ノートPCを保安局のイントラネットに接続した。
「先ず、知りたいのは、バレッタがわざと行動を遅らせ、チョンファーレンの特使の行動を助けたかと云う事だ」
分析官の主任が答えた。
「バレッタは、インドラに特使が向かったという情報を受け、早速に司令機で向かいました」
「アイギスからインドラまでの最短経路は北極回りとなり、チョンファーレンを回避して約1万キロメートルあります。司令機の速度は最高速度に近いマッハ0.9でした。約8.5時間の行程です」
「バレッタの司令機は、途中で進路を変え、ペートル首都に向かいました」
「理由は、ヤマタイで政変が発生したことです」
大統領が聞いた。
「なぜ、ペートルに進路を変えたのだ? ヤマタイではないのか?」
「親衛隊長マールスの話では、インドラへの見せしめのため、ヤマタイが利用された。つまり、インドラもヤマタイも堕ちたと判断。よって、最後のペートルに向かったとあります」
「特使の工作はそれほど早かったのか?」
「情報はそう示しています」
「で、ペートルに向かったわけだが、特使より遅かった理由は」
「特使が早かったのです。インドラとペートルの距離が近い上、特使の工作は実に迅速でした」
「要は、特使に振り回された結果であると判断できます」
「判った。次に、バレッタが特使と顔見知りと云う件はどうだ?」
「これは事実です」
「但し、なれ合いや癒着の事実は認められません」
「そうか。では、ヤマタイの首相に失言をさせた理由は?」
「失言はヤマタイの首相が自ら主導的に行っています」
「ヤマタイの首相は首相官邸が盗聴されている事実を知らなかったのです」
「バレッタの責任はどうか?」
「盗聴の事実を伝え、発言を控えさせるべきだったと考えます」
「バレッタの過失は有ったと云うことだな。次にインドラのサボタージュが皇帝自らの指示で行われている事実を隠蔽していた理由は?」
「その事実の出所は国防大臣です」
「事実が判明したとき、バレッタは司令機に乗っていました」
「つまり、隠蔽していたのではなく、知らなかったのです」
「なるほど。こうやってみると、バレッタは敵に出し抜かれはしたが、意図的に我が国に害を及ぼそうと計画した痕跡はないと云う事だな」
「事実はそう示しています」
「では、国防大臣の云ったことは何だったのだ?」
「事実と異なっています」
「では、国防大臣の行動で不審な点はあるか」
「はい。国防大臣は外務副大臣と個人的に密接な関係があります」
「ほう?」
「通信記録によりますと、大統領に会った外務副大臣は直後に国防大臣に電話をしています。内容は『ああ、私ですが。例の件、思ったより上手く行きましたよ。今がチャンスですよ』との事です」
「あの時、外務副大臣はインドラ大使館で不愉快な事件があったと云っていた。バレッタの代理だと優遇されて、わたしの代理だと冷遇されたと」
「外務副大臣がバレッタの外務大臣就任後にインドラ大使館に行った事実はありません」
「何だって? じゃあ、あれは嘘だったのか」
「事実はそれを示しています」
「じゃあ、単にわたしを不愉快にして、今がチャンスとして、国防大臣に繋いだと云う事だったのか…」
「そう判断できます」
「つまり、こうだ。国防大臣と外務副大臣は、わたしを利用して、バレッタの失脚を謀ったと」
「それが今回の真相だと判断できます」
「しまった…。そう云う事だったのか。では、わたしはバレッタの仕事を邪魔してしまったのか?」
「帰国命令が出たとき、バレッタはヤマタイに向かおうとしていました」
「ヤマタイに何があるのだ?」
「現在、チョンファーレンの特使がヤマタイで工作中との情報があります。ただし、首相官邸の盗聴は既に妨害されているので、事態は不明です」
「なんだって。それはまずい状態ではないのか? バレッタを出し抜けるほどの外交官がヤマタイで自由な行動を取っているなんて、これ以上まずいことはないだろう」
「現在、外務省は大臣不在により外交機能を停止しています」
「外務副大臣は何をしている?」
「国防大臣と密談をしております」
「内容は判るか?」
「はい。『上手くいった。大統領の単細胞には笑える。バレッタは終わりだ。これからは我々が包囲同盟を進めて、ついには世界を牛耳ろうではないか』と云っています」
大統領の顔色は赤くなったり、青くなったり、土色になったりと忙しい。ついには真っ赤になり、怒鳴り始めた。
「く、うぬ。おい…警護隊長、その反逆者共を逮捕して、ここに連れてこい!」
「はっ。あの…反逆者とは誰の事でありますか? バレッタですか?」
「違う! 今までの話を聞いていなかったのか? 国防大臣と外務副大臣だ!」
「わ、判りました!」
まもなく、警護隊に囲まれて、国防大臣と外務副大臣がやってきた。大統領執務室に入った。中央に大統領が立ち、向かって右側には保安局情報部職員、左側には警護隊長が立ち、物々しい雰囲気である。
「閣下、これは一体どうした事ですか?」
「まァ、掛けたまえ」
大統領は穏やかな調子で、ソファを勧めた。
「我が国にとって重大な事が判ったよ」
「そ、それは何ですか? バレッタですか?」
「キミ達の正体だ」
「え?」
「何の事やら判りませんが…」
大統領は冷たい声で始めた。
「外務副大臣。キミはインドラ大使館に行って、不愉快な対応を受けたとか云っていたね。それは事実か?」
「はい。その通りです。あの時は…」
「判った。で、それはいつのことだね」
「詳しくは覚えておりませんが、バレッタが大臣になってからまもなくだと記憶していますが…」
「言い遅れたが、この場での発言に嘘偽りのないことを宣誓して欲しい。全員だ。良いね」
「はい、閣下」
「保安局員に聞く。外務副大臣がバレッタの大臣就任後にインドラ大使館を訪問した事実はあるか?」
「ありません、大統領閣下」
「無い、との事だ。では外務副大臣の発言は嘘だったのか?」
「閣下! 保安局員の発言は事実ではありません。わたしは実際にインドラ大使館を訪問したのです」
「証人はあるのか?」
「インドラ大使館に問い合わせて下さい」
「どうだ、保安局?」
「確認済みです。訪問の事実は有りませんでした」
「外務副大臣の発言は嘘だったと判断する」
「閣下!」
「次に、外務副大臣がわたしに嘘をついた直後、国防大臣に電話をしている。この内容を覚えているか、外務副大臣?」
「覚えておりません」
「では、国防大臣は?」
「覚えておりません」
「保安局」
「はい。『ああ、私ですが。例の件、思ったより上手く行きましたよ。今がチャンスですよ』との事です」
「これはどう云う意味なんだろうね、外務副大臣」
「いや、一向に覚えておりませんし、一体何の事やら」
「国防大臣はどうかね?」
「抽象的でなんの事を指しているのか判りません」
「で、翌日、国防大臣はバレッタの陰謀を、わたしに吹き込みに来た。国防大臣、電話の内容とキミの行動は無関係だったのかね?」
「無関係です」
「無関係と云うからには、電話の内容が示している事柄を判っているはずだね。それは何か?」
「いや、判りません」
「キミの云っている事は辻褄が合わない。いや、事実を隠蔽する行動とすれば、合点がゆく」
「事実とは一体なんですか?」
「国防大臣と外務副大臣による、バレッタ外務大臣失脚の陰謀だ」
「バカな…」
「そう。実にバカな事をやったものだ。キミ達のバカな行動のおかげで、我が国の外交は今危機に直面しているのだよ。とにかく、君らはわたしに嘘を吹き込んだ。バレッタがチョンファーレンの特使に出し抜かれたのを良い事に、全ての失敗は意図的と言いふらし、失脚に結びつけたのだ」
「それこそ陰謀です。我々を陥れ、我が国の外交に打撃を与えようとするチョンファーレンの陰謀に間違いありません」
「いいだろう。じゃあ、この通信は一体誰の発言なのだろうね。保安局」
「はい」
保安局員は音声データを再生した。
「上手くいった。大統領の単細胞には笑える。バレッタは終わりだ。これからは我々が包囲同盟を進めて、ついには世界を牛耳ろうではないか」
まさしく、国防大臣の声であった。
「どうかね、国防大臣。君の発言に聞こえるのだが」
「ねつ造です。音声データなど簡単に合成できます」
「どうだね、保安局」
「この音声データには特殊な信号が混ぜられています。盗聴防止、音声合成防止の為の、一種のIDの様なものです。このIDを解析した結果、この建物で国防大臣本人と外務副大臣本人が会話したものに間違いありません」
「つまり、これでチェックメイトと云う事だ、キミ達」
「く、くそ」、「なんて事だ…」
「警護隊長!」
「はっ」
「この反逆者どもの身柄を拘束し、別命有るまで監禁しておけ! 抵抗したら射殺しても良いぞ」
「はっ」
「…か、閣下!」
「見苦しい! 恥を知れ! この国賊どもが」
警護隊により、国防大臣と外務副大臣は連行され、保安局員は器材と書類を持って職場に帰った。大統領はちょっと嘆息して、警護隊長に命令した。
「バレッタ外務大臣をお連れしろ」
空軍基地の格納庫で大統領警備隊の一斉の敬礼を受け、大統領専用車で大統領執務室に戻ってきたバレッタは全身血まみれだった。警護隊員が衣服を換えるよう勧めたが、「これは英雄の血です。洗うわけにはいきません」と云い、頑として受け付けなかったのだ。大統領はその姿に驚くと共に、自らバレッタの手を取り、共に泣き崩れたと警護隊長はのちのちまで語った。隊長はとてもいたたまれず、大統領執務室のドアの外に立ち、ひたすら待ち続けたとのことである。
後日談になるが、バレッタの血染めのドレスはバレッタ親衛隊の隊旗に縫い込められた。また、国防大臣と外務副大臣はその後、国防大臣の自宅で共に争って死んだ。その様な状況で発見された。更に、大統領警護隊の内、国防大臣の取り巻きはバレッタ親衛隊に激しい暴行を加えたが、その連中は後に輸送機で移動中、エンジントラブルにより墜落し、全員死亡した。




