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第13話 「ヤマタイ自治共和国の離反」

 トドメを刺せるときには、躊躇してはならない。



 ペートル空港に駐機しているバレッタの司令機は数百人の特殊部隊によって包囲されていた。黒く光る特殊な防護服を付けた彼らは正式には大統領警護隊と云う組織だが、通称では「大統領親衛隊」、あるいは、「黒いハンマー」と呼ばれている。

 シークレットサービスと競合する組織だが、アイギスでは組織の競合は敢えて行われている。アイギスの官僚連中の意識では、競争原理こそが組織の健全な発達を保証するものであり、単一の組織に単一の業務を任せると、腐敗堕落が発生すると信じられている。よって、大統領警護と云う目的に対しては、シークレットサービス、大統領警護隊、陸軍特務警備隊と、3つの組織が連絡も協調関係もなく、互いに勝手に動いているという状態である。

 今回、大統領警護隊がバレッタ拘束に動員されたのは、たまたまペートルで大統領警護の事前調査をやっていた事による。何れにせよ、バレッタとその親衛隊は拘束目前となった。

 バレッタは、瞬間的に状況を把握した。つまり、これは大統領が虎を信じたと云うことであった。首謀者は大統領の代理にまで成り上がった国防大臣レーダーとみて良いだろう。冷血非情、目的万能主義との評判の彼が政敵の失脚を実行した場合、逆襲を防ぐ意味から、弁明や弁解のチャンスは与えないだろう。解放と引き替えに自分の罪を認めるか、それとも誰一人聞く者もない密室で潔白を主張しながら、精神が崩壊するのを待つかの選択となるだろう。何れにせよ、最大の庇護者と思われた大統領の信頼が失われた事で、自分が元の地位に復帰することは望めないだろう。

 正念場である。ここでの動きが、これからの自分の運命を決定的に変える事になるだろう。


 逃げるか? 身柄拘束を避けるために、司令機を無理矢理飛ばして、他国に逃げる。例えば、チョンファーレンに亡命とか。だが、それでは、自分がスパイだと認める様なものではないか。レーダーの思うつぼだ。

 ならば、レーダーに立ち向かうか? どうやって? バレッタ親衛隊と大統領警護隊では数も火力も違いすぎる。更に、こちらは飛行機に立て籠もっているワケだから、逃げ場がない。場合によっては火を付けられてしまうだろう。成り行きで焼き殺してしまっても、レーダーは言い訳が出来る。死人に口なしとなり、これまたレーダーの思うつぼだ。

 ならば、レーダーと交渉するか? 彼にとって不利な情報と引き替えに、大統領に対する弁明の機会を作れと云うか。いや、弁明のチャンスを作ったら、レーダーにとって不利な展開になることは判っているはずだ。だから、決して弁明のチャンスを作るまい。

 ならば、彼にとって不利な情報と引き替えに、大統領に或る物を渡して欲しいとする。これではどうだ。彼が或る物の真意を知らないとすれば、容易に実行してくれるだろう。もし、大統領が冷静になれば、その意図したところを判ってくれるかも知れない。

 自分の復権には、これが最も可能性が高そうだ。賭けてみるだけの価値はある。


 バレッタは3秒でここまでたどり着き、次の2秒で、表情と雰囲気を変え、画面に映るレーダーに向かった。あたかも絶望に打ちひしがれ、主人に許しを乞う奴隷の様な演技である。


「…レーダー閣下。もう終わりです。私は全てを失いました…」


 涙をボロボロこぼしながら、身を震わせた。声も涙でつまり気味である。


「気の毒だが、当然だ。敵と内通し、大統領をないがしろにする愚かな輩の末路だ」


「すべては私の愚かな行動のためです。わたしはこれで終わりです。もう終わりです…うっ、うっ」


 レーダーはいい気分だった。彼は世界最強のアイギス軍の国防大臣であり、つまり、世界は自分の物という手応えがあった。それはこの上もなく喜ばしいものであった。自慢の物であった。自分の存在意義それ自体であった。

 ところが、バレッタという女がやってきた。軍人でもない部外者が、僭越にも自分の上役として世界の4大国を統べる重職に就くとは、実に許し難い屈辱であった。その許し難いヤツが、画面の向こうではあるが、今や自分の足元にひれ伏し命乞いをしているのだ。これ以上いい気分というのは滅多にあるまい。やっと手に入れたその優越感とバレッタの見事な演技に心を打たれたレーダーは、ちょっと余裕を見せることにした。


「…愚かなキミだが、大統領にも情けはある。最後の願いだ。何か大統領に伝言とかあるか?」


「うっ、うっ…。そ、それでは、私の愚かさを笑っていただくと共に、わたしくの謝罪を込めて、この置物をお渡し下さい。空港で買ったものです」


「虎の…置物か? 別に珍しいものでもあるまいが、まァ、いいだろう。大統領警護隊の隊長に渡せ」


 やがて、大統領警護隊は機内に入り、バレッタ親衛隊の武装を解除し、バレッタを含む全員を拘束した。バレッタ親衛隊の一部は抵抗する構えを見せたが、バレッタの命令で武装解除した。大統領警護隊は半数が機内に留まり、拘束した連中を見張りながら、アイギスに向けて離陸した。


 一方、ヤマタイ自治共和国ではジュリオが旭野首相と会談をしていた。場所は首相官邸だが、ここが盗聴に対して無防備なのは周知の事実となっていた。よって、ジュリオは自分の警備隊員を使って、盗聴装置の探知やら通信妨害やらを行い、普通に密談が出来る環境を作っていた。


「やあ、ジュリオ君。久しぶりですね。まァ、チョンファーレンとは暫く関係が良くなかったからな」


「はい、旭野首相。就任おめでとうございます。ところで、今回は東アジア連合に関するご提案に参りました」


「東アジア連合? それはどう云ったものですか?」


「その前に、お聞きしたいのですが、あなたの国はいつまでアイギスの属国をやっているのですか?」


「…アイギスと我が国は安全保障条約で強固に結ばれている。アイギスの基地も多く存在しているし、経済的・文化的な繋がりも深い。我が国とアイギスの関係は永遠だ」


「アイギスは貴国のために何をしてくれているのでしょうか?」


「我が国の安全を保障してくれている」


「ではお聞きします。もし、アイギスと友好関係のある大国が貴国と対立関係になった場合、アイギスはどちらの国を選びますか?」


「それは…仮定の話なので答えることは出来ない」


「アイギスは大国の方を選ぶでしょう。それは閣下も既にお判りのはずです。そもそも、貴国はアイギスと対等の独立国家ではありません。属領という、いわば奴隷の様な立場です。アイギスの大統領が属領をどう考えているか、想像された事はありますか?

 大統領はアイギス国民の繁栄と安全を保障しなければなりません。それが大統領の義務だからです。アイギスの国民は己の繁栄と安全を保障してくれそうな大統領を選挙で選びます。これは、大統領と国民が交わす一種の契約の様なものです。ところが、貴国には大統領を選ぶ権利はありません。アイギスの国民ではないからです。よって、大統領は貴国の繁栄や安全を保障する義務はない。もし、アイギス国民の利益と貴国民の利益が相反した場合はどうでしょう。大統領は貴国の国民を捨て、自国民の利益を選びます。当然です。

 先ほど、アイギスと友好関係のある大国が貴国と対立関係になった場合、アイギスはどちらの国を選ぶかと申し上げましたが、まさにその事です。これで貴国の立場がお判りでしょうか。アイギスの得にならなければ貴国は切り捨てられます。これがアイギスとの安全保障条約の正体です。アイギスは貴国の事を考え、その安全を守ってくれる国などではありません

 これは貴国にとって、極めて危険な状態です。世界第2位のGDPを誇る超大国でありながら、属領の立場。なんと云う屈辱でしょう。アイギスの工場として、アイギスに尽くしているのに、アイギスは奴隷としか見ていない。なんと云う傲慢でしょう。更に、安全保障条約のために膨大な犠牲を国民に強いている貴国の心の拠り所は、国家の安全をアイギスが守ってくれると云う事だったはず。ところが、それは絵空事に過ぎない。

 では、アイギスの本心は何か? 貴国を東アジアに対するクサビとして利用する事、それだけです。アイギスは歴史的に西へ西へと侵略を進めてきました。先ずは西部開拓時代に大陸を西へ西へと向かいました。とうとう西海岸にたどり着きました。次は、太平洋諸島を手に入れました。更に、東南アジアに進みました。我がチョンファーレンにも手を伸ばし、貴国と我が領土を争い、勝って貴国を属領としたものの、チョンファーレンの領土は手に入れることが出来ませんでした。しかし、諦めたわけではなく、懲りずに再び我がチョンファーレンを征服しようと考えているのです。

 その野望の先兵が貴国です。貴国を我が国と戦わせ、疲弊したところで総取りしようとしているのです。奴隷に未来がありますか? 無いでしょう。なぜ貴国はこの様な立場のまま、アイギスの奴隷として感謝されることもなく、消耗して亡びようとするのか、理解に苦しみます。そして、かつて東アジアの昇る太陽として、植民地諸国の希望の星だった独立国家ヤマタイの栄光を思うとき、あまりの落差の大きさに、貴国の国民のため、涙を禁じ得ません」


 旭野首相の顔色は紅潮していた。目を伏せていたが、心の動揺は隠しようもない。ジュリオは続けた。


「閣下、コウモリをご存じでしょうか? 獣のようであり、鳥のようである生き物です。貴国の現状はまさにコウモリの様です。東アジアにありながら、アイギスの手先として、我が国をはじめとする東アジアの国々に敵対しています。我々からすれば、東アジアの裏切り者、敵であり、アイギスからすれば、黄色い猿、単なる奴隷に過ぎず、尊敬する気もない。誰にも尊敬されず、憎まれて、しかも国民の犠牲は大きい。一体、貴国は何者なのでしょうか。何をこの東アジアにもたらすために存在しているのでしょうか? 閣下、教えて下さい」


 耐えきれず、旭野首相は口を開いた。


「ジュリオ君に云われなくとも、そんな事は判っている。アイギスの奴隷、東アジアの敵、軽蔑すべき手先、富から疎外された国民。民族の誇りもなく、過去の栄光は地に堕ち、飛来する黄砂の舞う地べたをはいつくばってうごめいている愚かな民族。ああ、そうさ。それがこの国の真実だ。だったら、キミは聞くだろう。あなたは首相でしょう。なぜ、こんなままで放っておくんだ。民族の覚醒、国家の再建、独立国家の復活はないのか? と」


「おっしゃるとおりです」 


「無いんだよ、そんなのは。この国は骨の髄までアイギスに乗っ取られているんだ」


「それはどういう事でしょう」


「高級官僚の2/3、国会議員の1/2はアイギスのスパイだ。誰がスパイだか判らないが、常に監視され、常に報告されている。それは間違いないんだ。少しでも不穏な動きが有れば即座にアイギスに届き、水面下で始末される。

 わたしが首相になった直後、アイギスに挨拶に行った。総理大臣恒例の行事さ。ハデスの別荘に招かれた。そこで膨大なファイルを見せられた。わたしに関しての調査資料だ。生まれてから今までの些細な出来事や失敗の全て。金の出入り、家族の行動と嗜好。有力者との交友関係…全てだ。秘密の話し合いの内容まで詳細に報告されている。まるで、わたしの周りの人間が全てアイギスのスパイのようだ。いや、実際にそうなのだろう。キミは監視され報告されている。裏切るなよ。そう云われて呆然として帰ってきたよ。

 ハデスの話によれば、我が国の政財官界と所謂文化人全ての人間のファイルが整備されているそうだ。試しに誰かの名前を挙げたまえと云うから、友人の名前を挙げたら、15秒後に厚さ20センチメートルのファイルが届いた。で、彼には裏金が20万ダラーほどあるな、財界から献金を不正に1千万ダラーばかりもらっていると、リストを示してくれたよ。もし、キミがその人物の失脚を望むなら云ってくれ、30分後にはマスコミに流れ、2日後には彼は失脚しているだろうと云っていたよ。誰にでも隠し事や失敗はある。それをテコに、新しいスパイになってもらうのだそうだ。スパイにならないのなら潰すとね。わたしは勝てないと思ったね。これでは、アイギスの奴隷になるしかないじゃないか」


「はははは」


 ジュリオは驚くほど大きな声で笑った。


「…いや、これは失礼しました。閣下が余りにも世界に疎いもので、思わず笑ってしまいました」


「世界に疎い? どう云う事だ」


「要人秘密ファイルなど周知のことです。どこの政府でも作っていますよ。我が国でもアイギス並のファイルシステムはとっくに整備しています。この様子だとヤマタイには無いようですね。信じられません。

 そもそも外交は国家を背負った人間同士の戦いです。戦いは武器と兵士がやるものとは限りませんよ。外交官の武器は情報です。情報戦です。相手の国の要人の弱みを握り、交渉を有利に進めたり、邪魔な要人を消すことなど日常茶飯事です。いやはや、ヤマタイには戦国時代に忍者とか乱破とか云う組織が有ったではないですか? 彼らを高度に活用した英雄が天下を取ったワケですよね。更に下れば、貴国とペートルが戦争をした時、貴国の明石大佐は今で云う1億ダラーほどの工作資金でもってペートルの転覆を謀ったと云う歴史もあるではありませんか。その同じ国が、要人秘密ファイルの整備を怠るとは、一体どうしてしまったのでしょう。本当にアイギスに魂を抜かれてしまったのでしょうか。驚きです」


「ああ、そうさ。我々は既に魂も誇りも失っているんだ」


「…ならば、独立国ヤマタイを復活して差し上げましょう」


「なに?」


「その代わり、ヤマタイは東アジア連合の一員になって頂きたい」


「話を詳しく聞かせてくれ」


「されば、です。ヤマタイをアイギスの属領から解放して、真の独立国にします」


「だが、軍事的経済的に組み込まれている」


「アイギスとの安全保障条約は破棄します」


「ムリだ。国民は全て反対するだろう」


「なぜでしょうか? 外国基地が幅を利かせる独立国などありますか? 弱小国ならまだしも、GDP世界第2位の超大国がそんな状態だから、いまだに属領なのです。独立国はその安全を自分の力で守れるからこそ独立国と呼ばれるのです。よって、ヤマタイは自国の安全を自国で確保する事にした為、安全保障条約を破棄する。問題有りません」


「政治家や役人が反対するだろう。それに行動を起こす前にアイギスに消される」


「スパイは事前に処理しておかねばなりません。方法は至って簡単です。我が国の所有する要人秘密ファイルを全てお渡ししましょう。これで脅せばよいのです。アイギスの味方をすれば潰すと。板挟みで自殺する者も多いでしょうが、代わりは幾らでも居ます。また、貴国の治安組織が信用おけないと云う事であれば、我が国の公安省の職員を使う事も可能です。3万人ほどでしたら、すぐに用意できますが」


「い、いや。そう云う事は自分の国民がやらないと後で面倒になる」


「結構です。何れにせよ、反対する者は居なくなるでしょう」


「だが、アイギスは黙っていないだろう。大きな利権の損失になる。反撃が予想される」


「当然です。それに対しては、東アジア連合として貴国の周辺海域に兵力を動員し、アイギス軍の撤兵を要求します。100万人程度でしたら、すぐに用意出来ますが」


「兵力はともかく、アイギスが大量破壊兵器の使用をちらつかせたらどうする」


「大量破壊兵器なら、我が国も所有しています。それに、アイギスは属領のために自国の安全を脅かす事はありません。そのぎりぎりの土壇場に追い込むつもりです。そのほか、要人秘密ファイルも使います。アイギスの反撃は阻止できます」


「それからどうなる?」


「貴国はアイギスからの独立を宣言すると共に、東アジア連合への加盟を宣言します。東アジア連合は貴国の独立を脅かしませんし、軍事基地の設置を要求しません。貴国は本当の独立国として、東アジア連合の発展に邁進して頂ければそれで良いのです。経済的発展こそが、東アジア連合の目的です。領土拡張や覇権主義とは無縁です。よって、戦争放棄を唱える貴国の憲法との整合性も全く問題有りません」


「うむ。なんだか夢みたいなんだが、本当に実現できるのだろうか?」


「閣下。実現させるんだと云う意思が無ければ、実現はしませんよ。閣下には極めて強力な統帥力が求められているのです。ヤマタイの新しい時代を切り拓くという強い願望と意思。それがありますか?」


「あると思う。いや、ある」


「では、我々と共に前に進みましょう」



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