第12話 「バレッタの失脚」
外交最大の敵は内政
時間はバレッタがアイギスを離れたときに少し戻る。
チョンファーレンの特使がインドラ帝国に向かったと云う情報を得たバレッタは、インドラに向かう準備を始めた。チョンファーレンの反撃の予感がしたからである。それは結果的に当たり、当たるどころか、包囲同盟崩壊の前兆だったわけだが、バレッタは後顧の憂いをなくすため、ハデス大統領に釘を刺しておいた。
「大統領閣下。では包囲同盟司令長官として、インドラ帝国に出発します」
「ご苦労だが、よろしく頼む。チョンファーレンもこのまま大人しくしているはずはないからな」
「そこで大統領。こんな話があります」
「ほう。いつもの謎々か」
「ある人が、この建物の中に虎が現れたと云いました。閣下は信じますか?」
「おろかな。こんなところに虎が現れるはずあるまい。信じないな」
「別な人がやってきて、同じ事を云いました。閣下は信じますか?」
「いや、信じられない。何かの間違いだと思うだろう」
「また別な人がやってきて、同じ事を云いました。閣下は信じますか?」
「3人が3人とも同じ事を云うのだ。信じよう」
「そもそも、この建物の中に虎が現れるはずなどありません。しかし、3人が同じ事を云うと、閣下ほどの聡明な方でも信じてしまいます。わたしはインドラに出かけますが、留守の間にわたしの行動を疑り、閣下に誹る者は3人では済みますまい。閣下に於きましては、先ほどのエピソードを思い出していただき、わたしの行動にやましい事が無いことを信じていただきたいのです」
「バレッタ君は我が国の名誉を高めるために行動してくれている。それはわたしが一番知っている積もりだ。キミは心配することなく、職務に専念してくれ」
「ありがとうございます」
さて、アイギスは成果主義の国柄である。外国から来た野球選手でも、活躍している間は熱烈歓迎してくれる。外国、それもかつての敵国から来たロケット科学者でも、国の名誉を賭けた月ロケットの開発を任せてくれる。しかし、一旦彼が不要になれば、その捨て方は過酷である。職場と予算を取り上げ、しかもかつて敵国では誰でもやっていた事をネタに名誉を剥奪するなど平気でやってのける。
そんな国柄でバレッタの行動はどう評価されるかが問題である。アイギスの最大のライバルに注力する為、2番目のライバルであるチョンファーレンを東アジアごと衰退させる作戦は見事に成功したかに見えた。しかし、チョンファーレンは逆襲し、逆に世界の勢力をアイギス連邦、エウロペ同盟、東アジア連合の地域同盟に三分するという計画を仕掛け、その計画は完成しつつある。
バレッタの作戦は失敗した。作戦が上手く行っており、アイギスの名誉が高められているのなら、膨大な予算と巨大な権力を与えていても良いだろう。だが、一旦失敗したのなら、最早彼女に用は無い。予算も権力も奪い取り、彼女をボロ切れのように捨てる時がやってきたのではないか。大統領がそう判断しても良いのではないか。そのように考える勢力が、アイギス政府内には充満している。
バレッタの成功に対しては、彼らは拍手と讃辞と祝福を送った。内心の嫉妬心やら焦りは愛国心という仮面で隠されていた。しかし、バレッタの成し遂げた包囲同盟にほころびが生じた。ヤマタイ政府の失態と大規模なデモ及びアイギス基地に対する妨害である。しかも、時を同じくして、インドラ帝国では大規模なサボタージュが組織的に行われているとの深刻な情報も流れつつあった。包囲同盟は大丈夫なのか?司令長官のバレッタはこの事態を収拾出来るのか?外野の関心はそこに集まった。国家にとってまだ大した事態ではないと考える人々と、これはチャンスだとほくそ笑む人々がいた。
話を戻そう。バレッタがインドラ帝国に向かって出発した直後、外務省の副大臣が早速ハデス大統領にすり寄った。
「大統領閣下。お耳に入れておきたいことがあります」
「なんだ?」
「はい。バレッタ大臣のことですが」
「彼女がどうした?」
「はい。包囲同盟の件を大臣に任せておいて宜しいのでしょうか?」
「彼女は適任だと判断している」
「そもそも彼女はチョンファーレンの血を引くものです。私が密かに調査しました結果、彼女には親族がおり、それはチョンファーレンに棲んでおります」
「で?」
「大臣の作戦はそのチョンファーレンに対するものです。お考え下さい。親族が居る国に対して攻撃など出来るものでしょうか?」
「現にやっているではないか?」
「いえ。手加減している。いや。もっと云わせていただけば、チョンファーレンと気脈を通じて劇を演じていると云う危険性があります」
「それを云ったら、実は君がチョンファーレンと気脈を通じて、大臣を失脚させようと動いていると云えるのではないのかね? 一番得をするのは、チョンファーレンだし。まァ、冗談だ。忘れてくれ」
「はい。確たる根拠もないのに、申し訳有りませんでした。ただ、もう少し云わせて頂きますなら、大臣の権力は膨大です。包囲同盟の責任者も影ではこう云っております。4国の軍事力を動かせる大臣の権力は、失礼ながらハデス大統領を超えると」
「そりゃまあそうだろう」
さりげなく流したが、副大臣は、ハデスの眼の中に不愉快なものを見て取った。やはり権力が上回るというのは我慢ならん事だろう。これは効き目がありそうだ。
「そうそう、実に不愉快なことがございました。インドラの大使館に行ったときの話です。私が大使館に入りましたら、インドラの大使以下、主要なメンバーが勢揃いでした。応接室に通され、香ばしい紅茶や珍しい菓子などが並べられました。で、私が早速、大統領の代理として参りましたと云った途端、どうなったとお思いですか?」
「さあ?」
「なんだ。大統領の代理か。てっきりバレッタ大臣の代理かと思ったと云われ、大使はさっさと退席してしまいました。しかも、紅茶は安物に替えられ、菓子はなくなりました。私の相手はインドラの書記になってしまいました」
ハデスの顔色が変わった。
「けしからん」
「はい。実にけしからん連中です。一事が万事、この様な有様で、今やアイギスを代表するのはバレッタ大臣と思われているようです。いや、これは失礼しました。余計な話をお耳に入れてしまいました」
「いや。現場の話は聞いておきたい。また、何かあったら聞かせてくれ」
「はは。かしこまりました」
会心の一撃。副大臣はほくそ笑んで退出した。執務室に戻ると、電話した。
「ああ、私ですが。例の件、思ったより上手く行きましたよ。今がチャンスですよ」
ハデス大統領はぷりぷりしていた。バレッタは大統領を蔑ろにし、自分が世界の王になろうとでもしているのではないかと云う恐怖感に苛立っていた。
翌日、事態を一層悪化させる情報が入った。ペートル共和国が包囲同盟を離脱するようだとの情報である。包囲同盟に大きな打撃を与えるこの情報は、楽観的な人々を失望させ、バレッタの不幸を喜ぶ人々に行動を促した。
早速、大統領を訪れたのは、国防大臣である。4国の防衛を指揮するバレッタ司令長官の登場により、己の地位が下げられたと感じ、バレッタに強烈な不快感を持っている人物である。
「大統領閣下。お話があります」
「なんだ?」
「包囲同盟の件です」
「ペートルが離脱すると云う、あの話か?」
「その通りです」
「チョンファーレンに遣り手がいるようだ。バレッタ司令長官を出し抜くとは」
「私の入手しました情報によれば、事実は異なります」
「なに? どう云うことだ」
「バレッタ長官はペートルに到着する時間をわざと遅らせ、チョンファーレンの工作を手助けしたとあります」
「なんだと? そんなバカな」
「これは事実です。しかも、バレッタ長官とチョンファーレンの特使とは顔見知りだと云う情報です」
「なんだと?」
「これは長官自ら認めています」
「どう云うことだ。バレッタ長官の行動には疑問がある」
「閣下。そこですよ。私も疑問を持っています。これは想像ですが、ひょっとして長官はチョンファーレンのスパイなのではないですか?」
「おい。君。それは暴言だぞ」
「いえ。数々の証拠がそれを裏付けています」
「云ってみろ」
「まず、先ほどの2つ。わざと遅れた。顔見知り」
「うん。それは判った」
「次に、ヤマタイの件です。ヤマタイの前の首相との会見の時、チョンファーレンの盗聴が判っていながら、ヤマタイの首相に失言をさせた。これが混乱の原因となったわけですから、つまりは、長官がヤマタイの混乱をわざと引き起こしたと云うことです」
「それはちょっと強引すぎるのではないのか? それは結果論だろ」
「そうでしょうか? 結果を導くために頭の悪いヤマタイの首相を利用したとすれば、十分に意図的だと思いますが」
「確かに、結果の重大性を考えれば、そう云った芝居も有り得るな」
「納得していただきまして、有り難うございます。次にインドラ帝国のサボタージュの件です」
「うむ。これも聞いている。大規模かつ組織的で、包囲同盟の活動に障害となっているそうだな」
「はい、事態は重大です。そこです。インドラのサボタージュを黙認しているのは一体誰でしょうか?」
「皇帝は督促しているそうだが」
「閣下。それはフリですよ。連中は組織的にやっている。私の部下に尋問の専門家が居るのですが、彼が現地で調査した結果、どうやら上層部からの指示が出ているようです」
「上層部から?それは誰だ?」
「皇帝ご本人です」
「なんだと。本当なのか?」
「事実であります」
「そんな重大な話はバレッタから聞いていないぞ」
「もちろんそうでしょう。なぜなら、バレッタは大統領に秘密にしているからです」
「なぜだ」
「知られると不都合だからです。それは自分の失敗になると云った単純なことではなく、バレッタの作戦だからです」
「バレッタの作戦?」
「そうです。バレッタはインドラがサボタージュをしていることを黙認しているのです。なぜなら、包囲同盟を破綻させ、チョンファーレンの利益を図ることがバレッタの最終目的だからです。つまり、これがバレッタこそチョンファーレンのスパイだという根拠です」
「うーむ。これは実に重大な事だ。事実を確認しなければならん。バレッタだ、バレッタを呼べ!」
「事実を確認する方法があります。こうしたら如何ですか? バレッタにやましいことが無ければ、命令に従って帰国するでしょう。当然です。だが、もしバレッタにやましいことが有れば、作戦の途中であるとか云って、逃げようとするでしょう。もし逃げようとしたら、大統領はバレッタを解任すれば宜しいのです。逮捕から先は私がやります。如何ですか?」
「見事だ…。それで行こう。早速バレッタに連絡を取りたまえ」
その時、バレッタはペートル共和国の空港にあり、ジュリオが向かったと思われるヤマタイ自治共和国に向けて出発しようとしていた。ヤマタイまでジュリオの手に墜ちたら、包囲同盟は完全に終わりだからだ。
「司令長官。本国から緊急通信です」
「繋いで下さい」
画面に映像が出た。
「国防大臣のレーダーだ。大統領の代理として命令する」
「大統領の代理?」
「外務大臣バレッタは直ちに本国に帰還せよ。これは命令である」
「閣下。本国へ帰還せよとの事ですが、ヤマタイ自治共和国が危険な状態であります。包囲同盟の維持の為に、すぐに向かう必要があります。よって、本国への帰還はそれが終了してからにお願いしたいのです」
「なに? 命令を聞けないと!」
レーダーは大袈裟に驚き、動揺したような仕草をした。
「命令には従いますが、実施時期を遅らせて頂きたいのです」
レーダーは目を伏せ、非常に残念そうな顔を作り、次に毅然と画面を見据え、宣言した。シェークスピアも真っ青の見事な演技である。
「大統領の命令を伝える。バレッタ・超は現時点を以て、包囲同盟司令長官及びアイギス連邦外務大臣を解任する。尚、国家反逆罪の容疑があるので、直ちに身柄を拘束する!」
「い、一体、なにを!」
さすがのバレッタもここまでの想定外な事態は予想できなかったとみえ、狼狽を隠せない。そこへバレッタ親衛隊隊長マールスが飛び込んできた。彼の狼狽もひどい。
「バレッタさん、大変だ! 味方に包囲されている」




