第9話 「チョンファーレン帝国の反撃」
天与の幸運、人事の幸運
彼の名前はジュリオ・劉、20歳。IQ198。外交戦略部在籍5年と云う中堅であった。すらりとした体型に細面、黒い髪はやや長め、切れ長の眼が印象的である。
「ジュリオ。飛行機が墜落したと聞いたが、大丈夫か」
「ええ。パイロットの操縦が上手かったようで、何とか付近の飛行場に着陸できました。胴体着陸ですが」
「墜落の理由は?」
「戦闘機に攻撃されました」
「なんだって?」
「アイギスか?」
「たぶん…。我が軍のマークが付いていましたが、F22なんて持っていませんよね」
「ステルス機か。レーダーにはサバ缶の大きさにしか写らないと云う」
「そうそう。目の前にいるのにレーダーには写っていないと云う、恐い存在だ」
「インドラで作戦中のヤツだな」
「こちらの情報が漏れているようです。これは暗殺未遂ですね。他のメンバーも気を付けた方がイイ」
「保安レベルを上げよう」
「それはそうと、会議は終わったようですね」
「ああ。結論は見えているだろうが、軍事関係は報復攻撃案を採用、外交戦略は世界三分の計を採用、外交戦術はアイギス脅威論をベース、ターゲットはインドラとペートル。ヤマタイにはマスコミリーク攻撃…と云う結論だ。で、遊説者はキミだ」
「わたしですか?」
「キミはまれにみる運の良い男だ。それが理由だ。今回の撃墜事件が証明しているじゃないか」
「外務大臣はそれでOKですか?」
「無論だ。異存はない」
「了解です。では、外出してきます。会議の議事録は後で通信で送って下さいよ」
「先ずはどちらに行くのだ」
「インドラ帝国です」
「キミの肩書きは特派大使だ。危機を感じた国が普通に取るはずの行動だ。アイギスから見ても違和感はないだろう」
「護衛部隊も100人付けよう」
「幸運を!」
ジュリオが空港に着くと既に特別機が用意されており、警護部隊を伴って一路インドラ帝国へと向かった。機内では送られてきた議事録を読み、何件かの指示を出した。やがてインドラ帝国に到着し、皇帝カルルに会う為、宮殿に入った。
「皇帝陛下。お久しぶりでございます。ジュリオです。今回は特派大使として参りました」
「おお。ジュリオ君か。久しぶりだな。で、今日は例の包囲同盟関係の話だな」
「ご明察の通りです。インドラ帝国は極めて危険な道に入ってしまったと考えます。そもそも陛下は、帝国にとって世界でどの国が最も危険であるとお考えですか?」
「そんな事は答えるべきではないが、他ならぬキミだ。実はキミの国こそが最も危険であると考えている」
「それはなぜでしょう?」
「国力の伸びが著しい。軍事力、経済力ともにだ。隣国の我が国としては、否応なく危険を感じざるを得ないではないか。しかも、すぐに国境線に軍隊を動かしたりして、極めて傲慢で威嚇的だ」
「ごもっともです。全ては我が国の手落ちであります。我が国のみならず、貴国と共に経済発展を成し遂げることが、この東アジアを豊かにする術だと気付かなかったのです」
「ほう。それは具体的にどういう事か?」
「即ちです。世界で最も危険な国家はアイギス連邦です。
お考え下さい。世界最大の軍事力、世界の軍事費の半分を消費する軍事大国、しかもGDPは全世界の28%を一国で生み出すのです。大量の兵器を外国に売って巨大なGDPを得ているのです。アイギスは正に死の商人です。戦争をけしかけ、緊張を生み出し、それをテコに大量の武器を敵味方無く売って生活しているのです。
この様な国家が世界のリーダーになれるでしょうか? なれません。世界には常に戦争が起き、平和は決してやってきません。ではアイギスは貴国の友人になれるでしょうか? なれません。もしなったなら、貴国はアイギスの手先として戦争をする事になるでしょう。アイギスの金のために、貴国を焼くことになるでしょう。
そのような国を相手に、どうして貴国は同盟など結んだのでしょう? それは我が国の手落ちが有った為です。我が国は自国の安全保障を得るために国を豊かにしようとしました。しかし、我が国の安全は自国だけでは得られないのです。貴国やペートル共和国と共に経済的発展をしてこそ、この東アジア全体の平和は得られるのです。それに気付きました。やっと気付きました。まことに申し訳ないと、我が皇帝も申しております。
このまま包囲同盟を放置しておいては、東アジアの国々は共倒れです。経済発展に投下すべき資本を無駄な軍備につぎ込むのです。それで最も得をするのは誰でしょうか? アイギス連邦です。緊張を創り出し、武器を売りつけると云ういつものやり方です。我々はそのワナにはまっているのです。そして、この事態の行き着く先は東アジアの衰退です。我々は膨大な軍事負担のために喘ぎ、経済発展は失われ、果てしない軍備だけが残るのです。ひとかけらの平和すら残りません。そこに国家の発展はありません。そのすぐ側で、けしかけたアイギスだけが漁夫の利を得るのです。結局、我々はアイギス一人を豊かにする為に潰し合いを演じようとしているのです。
こんな愚かな政治があって良いものでしょうか? 我々も愚かでした。だが、今からでも遅くないと思います。東アジア全体の発展を考え、包囲同盟からの脱退を考えていただきたいのです」
「いや。わたしもアイギスの危険性は気付いていた。しかし、貴国の恫喝的な行動とバレッタ大臣の説得が有ったために、ついアイギスの危険を忘れてしまった。だが、包囲同盟が生まれてしまった今、どうしようもないだろう。もし、我が国が脱退しようとしたら、アイギスの反撃は考えるも恐ろしいことだ」
「はははは。これは皇帝ともあろう方が何と些細な事に心を惑わされているのでしょう」
「些細ではないだろう。アイギスの怒りが我が国を襲ったら、奴らはペートルと組んで我が国を滅ぼすだろう。これ以上恐ろしいことなどあるまい」
「はははは。アイギスは決して貴国を攻めることなどできません」
「それはなぜだ?」
「世界三分の計を用います」
「世界三分の計?」
「その通りです。アイギスは確かに巨大な国家です。しかし、世界はアイギス1国のみで成り立っているのではありません。先ずエウロペ同盟があります。アイギスに対抗する為、彼らは同盟しました。その巨大さはアイギス以上です。アイギスが本当に畏れるのは最大のライバルであるエウロペ同盟です。
更に、世界の勢力はアイギスとエウロペだけではありません。我々東アジアの国々があります。人口25億4千万人、常備軍460万人。我々が同盟を結びアイギスに対抗するとき、世界は3つの勢力の争いとなるのです。
アイギスは世界制覇を狙っています。その為にはエウロペと東アジアを制圧しなければなりません。もし我々が東アジアの連合を作り、しかもエウロペ同盟と手を結んだらどうでしょう。
アイギスがエウロペを攻めるときには、我々がアイギスを背後から襲います。また、アイギスが東アジアを攻めるときには、エウロペが背後から襲います。つまり、アイギスは挟み撃ちの形になり、東アジアもエウロペも制圧することができません。世界はようやくアイギスの野望を止めることが出来るのです。これこそが世界三分の計です。ですから、アイギスは貴国を攻めることが出来ないと申し上げたのです」
「…なるほど。世界三分の計か。可能なのか?」
「その為にわたしが貴国に参りました。皇帝陛下におきましては、我が皇帝の計画にご賛同を頂ければ十分でございます。ペートルとの交渉、エウロペとの折衝はすべてわたしが行いますので」
「計画が上手く行きそうなら参加しても良いが、失敗したら我が国の破滅だ。包囲同盟からの脱退は出来ない」
「そこまでアイギスを畏れていらっしゃるとは。では、包囲同盟の力が実はそれほどではないと云うことを証明いたしましょう」
「なんだと。まさか」
「まだ外務省から情報が入っていませんか? ではTVを付けてみて下さい。ヤマタイでは包囲同盟関係で大きなスキャンダルが起きていますよ」
皇帝は早速従者を呼び、執務室に備え付けの大型液晶TVを付けた。そこでは、ジュリオの云うとおり、ヤマタイ自治共和国での大スキャンダルが報じられていた。
「アイギス連邦の新聞社が大スクープを発表」
「ヤマタイ自治共和国の複数の高官が認めた情報によると、包囲同盟参加に際して那須香首相は、ヤマタイ自治共和国の軍事的活動を敢えて自ら希望し、アイギス連邦はそれを認めた」
「同じく、ヤマタイ自治共和国の複数の高官が認めた情報によると、包囲同盟参加に際して那須香首相は、見返りに緩衝地帯の領有或いは統治をアイギス連邦に求めた。アイギス連邦はこれを拒否」
「同じく、ヤマタイ自治共和国の複数の高官が認めた情報によると、包囲同盟の先制攻撃があった場合、チョンファーレン帝国は大量破壊兵器によりヤマタイ自治共和国及び緩衝地帯を攻撃する計画を決定した」
「この情報に対して、ヤマタイ自治共和国政府報道官は全面的に否定すると共に、これはチョンファーレン帝国の情報戦であると断定した」
「ヤマタイ自治共和国政府は国民に対して次の様に説明している。包囲同盟加盟はアイギスから押しつけられた要求であり、アイギスとの安全保障条約の関係からこれを拒否することは出来なかった。所謂ガイアツに責任を転嫁している」
「一方、ヤマタイ自治共和国政府は政権党の公式集会の中で、包囲同盟はヤマタイ帝国復活の好機であり、包囲同盟での活躍が帝国の未来を開くのだと云っている。また、ヤマタイが血を流せば流すほど国際社会に於ける地位は高まり、失われた領土の復活も夢ではないと発言している。これはスクープ情報と一致している」
「同じく、ヤマタイ自治共和国政府は政権党の公式集会の中で、包囲同盟に於いて軍事的活動を行うことと憲法との関係に関して次の様に発言している。改憲を予定しているので集団的自衛権はおろか戦争すら問題ないと」
「このスクープに対して、緩衝地帯の国民、ヤマタイの野党及び国民はヤマタイ政府に対して激怒している」
「自ら進んで戦争を引き起こそうというヤマタイ政府の意図は極めて危険な侵略主義的発想である」
「しかも過去の侵略主義的発想を反省することもなく、そのままに緩衝地帯を領土化しようという野心は世界平和の敵である」
「その野心を隠すためにアイギスの外圧だと言い訳するその卑劣さは政権として許し難い」
「ヤマタイ野党は統一して与党及び政権を打倒するとしており、全国規模のストライキ及びデモを実施する予定である」
「これに対してヤマタイ政府は、チョンファーレン帝国の謀略であり、武力でこれを鎮圧すると明言している」
ジュリオは皇帝カルルの呆然とした顔に向かって云った。
「これが我がチョンファーレン帝国の力なのです」
皇帝カルルの反応を確認してから続けた。
「包囲同盟の一角は既に崩れました。ヤマタイは当分包囲同盟どころではないでしょう」
「しかし、デモくらいでは政府は倒れないだろう」
「デモで死者がでます。なにしろ武力鎮圧ですから、その程度の事故は当然発生します。デモは過激化し、ヤマタイにあるアイギスの基地周辺にまで及びます。アイギスは当分の間ヤマタイを基地に使う事が出来ないでしょう。政府はその責任を負って倒れます」
「そうか。そこまで君たちは工作できるというのか」
「全てはヤマタイの愚かな選択が招いた事なのです。ヤマタイの国民は怒っています。これが原動力です」
「我が国が貴国の云う事を聞かなければ二の舞と云う事か?」
「まさか。陛下はヤマタイ政府のように愚かではいらっしゃいません。ですから、正しい選択をして頂けると信じております」
「どうしろというのだ。やはり同盟からの脱退か」
「それは陛下が望まれておりませんので、同盟へのサボタージュをお願いしたい」
「サボタージュ…でいいのか?」
「同盟の機能が低下すればそれで良いのです。必ずしも脱退と云った強い意思表示だけが良いとは限りません」
「それならば、わたしも気が楽だ。いいだろう。貴国の要求を呑もうじゃないか」
「有り難き幸せに存じます。ところで、陛下の側近に不穏な連中が居ることをご存じですか?」
「ああ、アイギスから推薦された大臣たちか」
「アイギスから買収された彼らを見逃しておくと良からぬ事をするやも知れません。如何ですか? お任せ願えれば、わたしの方で彼らを片付けておきますが」
「いや、別に彼らがわたしを脅かしているわけではないのだ」
「しかし、奴らはスパイですぞ。全ては陛下とインドラ帝国の為です」
ジュリオは皇帝カルルに顔を近付け、切れ長の眼に鋭い光をたたえながら云った。
「まァ確かに危険だな。ではお願いしよう」
「かしこまりました」




