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火出国(ひいずるくに)の姫  作者: 小春日和
封神との出会い
5/30

風穴 5

 【四肢X字枷】。お値段税別一二〇〇〇〇円。

 なんだか諦めの境地に到ってしまった少女神は、部屋の真ん中に置かれた大型拘束具の前で、ぼんやりと立ち尽くした。

 実はこの道具には見覚えがあった。輝夜神宮の前任宮司が、社務所のパソコンでしょっちゅう検索をかけていたからだ。他にも【開脚椅子】だとか【診察台】だとか、マニアックな趣味を持った御仁だった。宮司の職を解かれたのは、そういう嗜好を見咎められたからではなく、女物の下着を身につけ、深夜のコンビニで買い物をしていたのがバレたからだが。

 此花は、暴れてぼさぼさに乱れた髪を梳き直しながら、連れ込んだ男たちに聞いた。

「こういうのって何が楽しいの?」

「ええ? フツーに楽しいでしょ?」

脱色の顕著な短髪のほうがニヤニヤとしながら答える。

「動けない相手にいろいろやるのってさあ」

 支配的な指向性を持つ彼ら。従うのは相当に屈辱感があるが、まあいいか、と強引に女神は納得する。神である此花にとっては、人間の痛い行為など、転んでできた擦り傷ほどにしか感じないはずだ。いずれ治って忘れてしまう程度の、まあ些事である。

 もう一人の暗めの雰囲気を持った眼鏡の男が、無言で、少女の腕につやつやと黒光りする手枷をはめた。

「拘束台は初心者にはキツイと思うんで……。まずこれぐらいから……。大丈夫だよ、使い回してないから……」

エナメル調の拘束具を細い手首に装着された女神は、推定料金三〇〇〇円弱のその道具に、

「この無駄遣いをお賽銭に回してほしかったな」

と独りごちた。


 ひょいっと少女の体を担ぎあげた脱色髪のほうが、

「おお、軽い軽い」

とはしゃぎながらベッドに向かう。

 妙に柔らかいマットの上に乱暴に落とされた女神は、その配慮の無さに怯えて身を縮めた。

 二人組の口元がますます締まりなく垂れ下がる。

 車の中から主導権を握っていた脱色髪のほうが、少女の上に四つん這いでまたがった。

 首筋に近寄ってくる男の顔に、此花は思わず目を閉じる。


 男の熱っぽい息が耳元にかかった。

 その瞬間、脱色髪の体が女神の上に覆い被さる。

「ひゃっ」

奇妙な悲鳴を上げて、此花は反射的に彼の胸のあたりを不自由な手で思いっきり押し返した。

 だらんと垂れ下がる頭。脱力しきっている肉体。


 まず最初に騒ぎ出したのは、眼鏡の相棒のほうだった。

「おい……? おい……? え、死んだの……?」

肩を掴んでもまったく反応を示さない連れ合いの様子に、引きつった声を上げる。

 そのうろたえ方に、女神も、少しずつ状況を把握し始めた。

 腹上死。

 ではなく。

 何だかわからないが、彼らを予期せぬ事態が襲ったらしい。


 おずおずと体をずらして脱色髪の下から抜け出る此花。

 眼鏡の男のほうは、パニックを起こしているのか、無意味に入り口とベッドの間を右往左往していた。

「……何が起こってるの?」

理由を探して室内を見回すと、赤みがかった照明の下、淫靡というよりは禍々しくさえ感じられる磔台の中央。

 そこに顔があった。脱色した短髪が印象的な蹂躙者の顔が。


「窓」。突然、黒岩の思念が少女の脳に流れ込んだ。「窓、開けて」と。

 弾かれたようにベッドから下りた女神は、すぐ脇にあった板の引き戸を勢いよく開け放った。

 上段にクローゼット、下段に冷蔵庫を収めた押し入れが現れる。

「……窓を開けてくれ」。黒岩のがっかりしたような念が此花を責める。

「わかってるわよ。こういうとこ来たことないんだから、しょうがないでしょ」

思わず口に出して反論した彼女に、未だ状況を掴めずにいる眼鏡が、ぎょっとした目を向けた。


 やっと窓らしい箇所を探し当てた少女は、外の景色を遮っている板戸を、今度は慎重に、ゆっくりと開いた。

 柔らかい陽光が、室内に差し込む。

 現れたのは、幅六〇センチほどの小型の上げ下げ窓だった。下側を上に持ちあげて開閉させるタイプのものだ。全面に透明性の低い磨りガラスが使われている。

 そのガラスに映り込む、長身の陰。

 脱色髪と眼鏡に押さえつけられるように乗ったエレベーターは五階の表示を示していた。

 重ねるが、五階である。

 そっと窓の鍵を解錠した此花は、サッシ部分に指を当てて持ち上げつつ、

「亀さん? 本当にいるの?」

と半信半疑に聞いた。

 だんだんと明瞭になる封神の青年の姿。

 外壁に埋め込まれた窓の外枠をわずかな手かがりした黒岩が、垂直の壁に足を当てて姿勢を支えながら、自由な右手を女神に差し出した。

「下ろしてやるから出てこいよ。こんなことじゃあ不二に着くのが明日になる」


「いやよ!」

地面を見下ろして、此花は即座に拒否をする。

「ここから落ちるぐらいなら、ここにいる!」

窓から離れて、黒岩と距離を取ろうとした。

 その腰を、封神の腕が絡め取る。

「いやだってばあああ…………」

長い尾を引いて落ちていく女神の悲鳴。


 残された眼鏡の男は、重要な回路が切れてしまったような呆け顔で、まず動かない相棒を見つめ、それからおもむろに彼の横でベッドに転がった。

「夢かな……。きっとそうだな……」

 布団を引き上げて目をつむり、現実逃避の準備に入る。

 彼はこの後、友人を混濁させて同性愛の関係を迫った嫌疑で、警察に連れて行かれることになる。

 どうでもいい話だが。


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