風穴 4
同時期。
ヒッチハイクで捕まえた、二〇歳そこそこと思われる青年たちの繰るRV車の助手席に収まっていた此花は、非常に居心地の悪い空気に晒されていた。
「ねえ、ちょっとどっか寄り道しない? それか飯でも食いに行こうよ。俺たちヒマだしさあ」
「この先のインター降りたあたりがいい、と思う……。高速、出てもいい……?」
しつこい誘いに、俯いて無言を通していた女神は、頭の中に流れ込んでくる淫猥なイメージがどんどんと具体化していくことに焦って、膝の上の拳を固く握った。
黒岩のように突出した能力は持たない此花だったが、赤鱗竜という厄介な荒神とのコミュニケーションを取る必要からだろう、感応力だけは人並み、いや、神並外れていた。普段は不要な他者の感情に振り回されないように能力を閉じているが、危機に陥ったり、言葉での意思疎通が難しい場合などには真価を発揮する。
が、それも諸刃の剣で、今回のように人間の下衆な思惑を汲み取ってしまうことも少なくなかった。
青年たちが期待に目を爛々とさせて結んでいるイメージ。インターのゲートの周辺に乱立するホテル群。大きな象のオブジェが屋根に乗っている趣味の悪い建物が、彼らの目的地のようだった。
赤いX型の磔台に括りつけられた自分を投影されて、たまらず、
「降りる! 降ろして!」
と騒いだ少女を、後部座席の青年が押さえつける。
きーんと耳を貫くような高周波の破壊音。それが此花の悲鳴だと気づいて、黒岩は不二へと進路を取っていた身を翻した。反対車線の車の流れに飛び移る。
はるか後方から届く気配は、先刻までのふてぶてしい女神の態度からは一変して、切羽詰まったものだった。一見すると美少女の不二の神。しかも乗り合わせた車にいたのは、血気盛んな年代の男二人であった。
でも、と足だけは速めつつ、黒岩は首を捻る。
「あいつ、一応、神なんだよなあ……」
普通の人間の少女になら当然の心配も、此花に対しては杞憂のパーセンテージのほうがずっと高いように思う。
「もし人間にすら抵抗できないほどの無能力だったら、俺、これからものすごくこき使われそうだな……」
封印の能力だけではなく、すべてにおいて酷使される自身の未来を想像した岩の神は、そのまま遊永まで戻ってしまいそうになる足を叱咤しながら、女神のあとを追っていった。
一つ前のインターまで戻ると、出口に連なる側道に、此花の軌跡が散見していた。黒岩は、今度は脇のガードレール上を疾駆する。
女神の記憶なのだろう。この道を車のフロントガラス越しに見るイメージが頭に展開された。彼女の意識と繋がっていることを自覚した青年は、現実の景色より此花の追想を優先する。
震える小さな拳が膝に押しつけられていた。きょろきょろと落ち着きなく逃げ場を探す視線。耳から拾うのは下卑た男の怒声。「そこ入れ! 暴れる前に!」。そして戻った視界が【ホテルエレファント】の看板を映す。
高速のゲートを乗り越えて一般道に飛び出した黒岩は、目の前にある、象を屋根に乗せたファッションホテルを目標に定めた。