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火出国(ひいずるくに)の姫  作者: 小春日和
【瓊々杵】の謀略
25/30

海底宮 8

 頭を撫でてくれる大きな手が、此花はずっと好きだった。

 いつだって応援してくれる言葉の数々に、とても勇気づけられた。

「姫さまはご自分に正直になっていいのですよ。貴女にはその権利があるのです」

他の神々の暴利暴論に心が負けそうになるたびに、【良来(らく)】のこの一言が救ってくれた。


 彼女の葬儀は一介の女官とは思えないほど盛大で厳かに行われた。

 神界の民の肉体は死ぬと急速に風化する。式の最中に完全に消え去った【良来】には大きな拍手と、そして号泣が贈られた。此花のみならず、努力家であった【良来】に信頼を寄せて慕っていた者は多かった。

 英雄となった女官の魂は【大山津見(おおやまつみ)】自身が天界へと導いた。神であっても滅した後は人と変わらない。天にある命の源に還り、【良来】はまた新しい生を受ける準備をするのだ。


 すべてが終わった後、大事なパートナーを失くした少女は、父に深々と頭を下げた。

「わたくしの乳母を見送ってくださってありがとうございます」

葬儀の間から泣くことのなかった此花は、いまもやっぱり、少し強張ったほどの気丈な表情を保ち続けていた。そればかりか声音を揺らすこともなく、こう言い足す。

「わたくしはそろそろ不二に帰ろうと思います。このたびはお騒がせして申し訳ありませんでした」


 【大山津見】は娘を掛け値なしに愛していた。それは事実だ。

 しかし神界での地位にも配慮しなくてはならない彼は、【磐長(いわなが)姫】と【このはな姫】を、道具、として扱う場合があることも承知していた。

 自らも権力に貪欲な姉姫は、この父の気持ちをよく汲んだ。利になる男神と結びつくことを心から歓迎し、婚姻を決して嫌がらなかった。

 逆に感情一つで行く末を決める妹姫は、父神から見れば、我儘だが愛しい、愛しいが厄介、というスタンスの娘だったのだ。

 此花もそれは理解していて、自分のこだわりが父に多大な失望を与えているという負い目を、普段から強く持っていた。

 そして、その結果にこんな騒動を引き起こしてしまったおのれはもう父の元にはいられない、という覚悟を決めたのだった。


 船はぐんぐんと空に昇る。深海から海上、そして天空へ。

 女神は、風来の神【須久那】の神船に乗っていた。

 上空の気流に煽られて深紫の髪を乱す此花に、身の丈が少女の半分ほどしかない【須久那(すくな)】が語りかける。

「いまはまだ一人にならないほうがいいのではないか、【このはな姫】?」

「……いえ」

否定を返す女神の声は固い。

「わたくしがいてはまた騒ぎが起きるかもしれません。わたくしは、もう【良来】のような犠牲を出したくないのです」


 古くから【大山津見】の元に出入りし、此花とも旧知の仲となっている【須久那】。音速を越えるスピードで天を駆ける船【羅摩(かがみ)】を操り、地の底の国から天界の事情までにも詳しい智賢の神。

 出自が日本ではないと言われる彼は非常に珍しい姿をしていた。真っ白な毛深い肌。人間の二歳児にも満たない低い背丈。そして頭頂に近い位置にある長い耳。

 幼い日の此花が「うさたん」と呼び習わしていたように、その容姿は兎にそっくりであった。ただ、尻尾はなく直立で歩く。


 【瓊々杵(ににぎ)】と【建雷命(たけみかづち)】の拘束後すぐに海底宮殿にやって来た【須久那】は、女神の側仕えとして面識のあった【良来】への別れを、丁寧にしてくれた。

「つつがなくよい来世を迎えなさい」

天界にも出入りする彼は、【良来】の魂の行き先にまで心を寄せてくれたようだった。

 だが一方で、【瓊々杵】の処遇に関しては渋面を作り、

「力が及ばずすまない」

と謝った。

 他人の屋敷に上がり込み、貴人である【このはな姫】を拐かそうとした大罪者の処分が、思いの外、軽かったからだ。


 女神への邪な想いから謀略を企てた【瓊々杵】。その卑劣さはもちろん(とが)の対象になったが、求愛という行為自体は許されてしまった。【瓊々杵】が【このはな姫】に執着したのは、彼が人間上がりの神であるという事情が大きかったからだ。他の女では満足し得ないと訴えた【瓊々杵】の純粋な欲求は、男尊女卑の風潮が蔓延(はびこ)る神界ではどうしても受け入れられてしまうのだった。

 そして【良来】への暴行に関しても、直接手を出したわけではない【瓊々杵】の罪はほとんど問われなかった。陰で【建雷命】を煽った部分はあるが、結果的には雷神の暴走ということで処理された。

 それに【良来】が闘神として応戦していたことも裏目に出た。あまりにも一方的だったとはいえ、【建雷命】と【良来】、二人の間にあったのは勝利と敗北という結論に過ぎない。


 【瓊々杵】の罪状を確定するためには、裁判所の機能を持つ天界にて諮問する必要があった。【このはな姫】に二度と手を出さないと確約させたかった【須久那】は、その諮問機関に出向いて厳罰を望むように伝えた。実際【瓊々杵】は、神位を剥奪するかどうか、という判断まで受けたようだ。

 けれど人間から神へと昇格を果たしていた【瓊々杵】にとって、神位の剥奪とは、元の人間に戻ること、に相当する。だが彼が人間だったときの肉体はもうない。神位を取り上げられれば器のない魂と同じ存在、要するに、死者、となる。そこまでの罰を与えるべきかどうかを審議した天界の裁判官たちは、神界での【瓊々杵】の功績も鑑みて、結局彼を、海底宮殿から永久追放する、という制約に留めた。


「だから海底宮殿の父君の元にいれば安心なのだぞ、【このはな姫】。わざわざ守備の薄い不二に戻るなど、どう考えても愚策だと思うが」

女神の身を案じる【須久那】は再三の説得を試みる。

 けれど少女は強い口調で、

「いいえ!」

と拒否した。それから抱えた膝に顔を埋める。

「だって……宮殿から出られないってことは、お嫁に出していただくことも、赤鱗竜の守りとしての役目を果たすこともできないということではありませんか。わたくし……ただでさえ役立たずなのに、そこまでお荷物になりたくありません」

いじけた声でそう反論する。

 せっかく【良来】が命がけで【瓊々杵】から守った少女。それが護衛もない不二に一人で棲み着くというのは、女官の努力を無駄にするようなものである。

「【良来】のためにも自分をもっと大事にしようと思わんか、姫?」

幾分呆れてたしなめた【須久那】に、

「【良来】がいないのに生きていてもつまらないのです」

依怙地に女神は言い返した。


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