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火出国(ひいずるくに)の姫  作者: 小春日和
【瓊々杵】の謀略
24/30

海底宮 7

残酷な描写があります。またわずかですが性表現もあります。ご注意ください。

 激しい咆哮を轟かせて床を転げ回った【建雷命(たけみかづち)】。

 【良来(らく)】の口から放たれたのは、先端に毒腺を含んだ触覚であった。そのあまりの激痛に、強靭すぎる暴神でさえ我を忘れて醜態を晒す。


 【瓊々杵(ににぎ)】が出入りを激しくするようになってから、対抗するために神力を鍛え始めた【良来】。

 鍛錬の場に戯れについていった此花は、女官から茶色の巻貝を見せられたことがあった。

「これはイモ貝という種類です。美しいでしょう?」

陶器のような光沢を持つ筆型の貝に、

「本当」

と手を差し出した女神に対し、笑って【良来】は、

「毒がありますから触ってはいけませんよ」

とたしなめた。

「この貝の口からは(もり)のように鋭い舌が飛び出します。その先から分泌されるのは、人間ならば三〇人は致死に及ぶという猛毒。姫さまが刺されれば怪我では済みませぬ」

恐ろしげな説明をした女官は、その後、得意げに、

「【良来】はこういう生物を身に取り込んで強くなっているのですよ。だから姫さま、【瓊々杵】など恐れるに足りません」

と言った


 海底宮殿の住者は、多くの場合、もともと魚類の属性を持っている。それは魚眼による視野の拡張であったり足先に残る(ひれ)の痕跡であったりする程度のものだが、【良来】はあえて危険な水生生物の能力を開花させることをおのれに課した。そうでもしなければ女の身で闘神を名乗ることなどできなかったからだ。

 主君である【このはな姫】のために、自らの肉体を限界まで改造していた女官。


 周囲を覆っていた放電の結界が消え失せた。

 苦痛に余裕を失くした雷神が遠隔していた能力を廃したのだ。

 穏やかな深海の闇が戻る中、相も変わらず暴れ狂う【建雷命】。そして舌先を雷神の左目に突き刺したままの【良来】の体は、彼の狂乱に翻弄されながら畳の上を舞い踊る。


 【瓊々杵】から呻き声が漏れた。

「なんとおぞましい……」

 まるで凧のように【建雷命】の動きに従う女官の裸身。その顔は典雅な海底宮殿の生き物とは隔絶した死相を浮かべていた。

 未だ反応の薄い此花の体に、抱くと言うよりはしがみつくような様で(まとい)ついた【瓊々杵】は、

「あのような女官に取り憑かれていたとは【このはな姫】もお可哀想に。私の妻になればもっと優しく麗しい女を側仕えにしてさしあげましょう」

と化性に成り果ててしまった【良来】を侮辱する。


 その一方で、【建雷命】は自分をこんな目に遭わせた女官に報復を始めていた。

「おのれ、おのれ」

と呪詛を吐きながら柔肉に噛みつき、力任せに引き千切る。イモ貝の神経毒が脳に回ったのか、穴の開いた皮下に性器を突っ込み射精をするという狂態まで演じた。

 白い髪を逆立たせて血染めの歯を剥き出しにした鬼面は、もはや凶神ですらなく悪鬼であった。

「あのような者と行動を共にしていたなど、虫酸が走るわ」

これもまた、眉を寄せてあっさりとかつての盟友を批判する【瓊々杵】。


 その【瓊々杵】の鼻先に、突然何本もの槍が突きつけられた。

「うわっ、なんだ!?」

驚いて態勢を崩し、腕に抱えていた此花を投げ出した彼に、海底宮殿の警衛たちの視線が刺さる。

 雷神の結界が解かれたことにより、待機していた衛士が駆けつけたのだ。

 そして【建雷命】のほうでも包囲は完了していた。すでに正常な状態を逸している猛神には、牽制ではなく、実際に幾本もの槍頭が背に突き立てられた。それでも逃れようともがく雷神に、最終的には捕縛の網がかけられる。


 倒れた此花を父、【大山津見(おおやまつみ)】が助け起こした。

 女神は父神に縋りついて、静かに泣き始めた。


 その瞬間。

 まるで闘いの終わりを見届けたかのように、【良来】の舌が【建雷命】から外れた。

 死闘に歪み切っていた女官の凶相が、役目を無事に果たした誇らしげな表情に変わっていく。


「姫さま、お守りしましたよ」。そんな声がどこからか響いた。


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