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火出国(ひいずるくに)の姫  作者: 小春日和
封神との出会い
17/30

風穴 終

「亀の神さまの嘘つき!!」

陽介の非難は激しかった。母、雅子を手放してしまった黒岩を、声の限りに罵倒する。

「ママと一緒にいてもいいって言ったのに! 離れなくていいって言ったのに!」

 まだ五つにしかならない幼児に魂の(ことわり)をどう説明するべきか。迷う封神は言葉を見つけあぐねていた。

 その傍らで為す術なく二人を見守る此花。激高の治まらない陽介を見やって、同情にうっすらと涙を浮かべる。

「陽介ちゃん……お願い、そんなに怒らないで……。気持ちはわかるから……」

人間への強い同調を果たしている女神は、黒岩をきっと見据えると、

「酷い、亀さん!」

と幼児と同じく封神を罵った。

「……お嬢の立場はこっち側だろうが……」

神の視点を完全に忘れている少女に、黒岩は大仰な溜息をつく。


 治まらない怒りのまま暴れる陽介の魂は、居していたリビングの物を容赦なく破壊しまくった。床の新聞が宙を飛び、テレビの画面に穴が空き、丁番が割れてドアが落ち、無灯の照明が不規則な明滅を繰り返す。

 様々な物が飛び交う部屋で、頭を抱えてカーペットにしゃがみ込んでいた此花は、自分の後方ですべての凶器が何かに遮られて落ちているのに気づいた。恐る恐る顔を上げると、少年神が大型のリビングテーブルを盾に女神を守っている。

「おとなしいやつほどキレると見境がないな」

自身に襲いかかってくる飛来物の群には、まったく苦する気配を見せない頑丈な封神は、

「……しょうがない。強制的に封じるか」

と幼児の暴霊を元のマスコットに閉じ込めた。


 荒れ果てた室内を、深夜の白い月明かりが細々と照らす。

 陽介の入っている子熊を象った布人形、それを、空になってしまった母熊の人形と連ねた封神は、少し(うれ)いた表情で身内に収めた。

 その黒岩に対し。

 少女はまず、

「……ありがとう」

と慣れない調子で礼を言った。それから、

「亀さん、横暴」

と陽介の言い分を聞くことなく封印してしまった彼をなじった。

「あのなあ、お嬢……」

聞き分けのない女神に苦笑した封神は、

「俺だって絶対の自信で封印をコントロールしているわけじゃないんだよ。あんまり責めるなよな」

と返した。


「陽介ちゃんを見ていたら、なんだか胸が痛くなったのよ」

佐々木家を後にして不二に帰る途中、またも乗っ取った車の助手席で、此花は高速道路に点るまばらなテールランプの明かりを見つめながら、言った。

「亀さんが人間を大事にしろなんて言ったせいだわ。わたくし、これから先もこんなふうに人間のような感情で生きていかなくてはならないのかしら」

「あんたは最初からそんなもんだったと思うが」

運転席の黒岩は、隣でむくれている女神に身も蓋もないとどめを刺す。


 もともと神の自覚の薄い少女。

 此花に人間を背負うことは無理なのかもしれないと、封神は思い始めていた。彼女は人間に対しての距離感が近すぎる。そのため、同族、か、あえて無関心に装う対象、としてしか扱うことができないようだ。


 人工的な赤い灯が暗い車内に差し込む中、ごそごそと何かを取り出した女神。そしてそれを目の前にかざした。

 鈍く光る五センチ四方ほどの薄い銀板。表面にはカラフルな蝋細工が施されている。

 それなりに芸術的ではあるが稚拙な物だった。中央の波型で二つのパーツに分かれているところから、合わせて一組にして使用するらしい。

「これ、陽介ちゃんの工作なの」

少女はアイテムに視線を向けたまま、黒岩に説明した。

「通っていた園で作ったのよ。陽介ちゃん、これをパパとママに渡して、仲直りして欲しかったみたい」

 不仲の両親に、平気な顔をしながら、密かに心を痛めていた幼児。

 幼いなりに懸命に守ろうとしていた家庭。

「だから雅子がいなくなったことにあんなに腹を立てたのか」

陽介の理想、父親と母親が共存する世界、が壊れてしまったことへの憤慨を理解した封神は、此花から銀細工を受け取ると、

「……躾けがいのありそうなやつだ」

と微かに笑った。

 神から見れば些細なことに振り回される人間たち。だがそれは、少なくとも異端の女神の胸を打つぐらいのドラマを形作っているらしい。


 不二の頂に薄紅の朝焼けがかかる頃。

 黒岩は此花に別れを告げていた。

「陽介の面倒も見ないといけないし、それにこのままじゃあ赤鱗竜にも対抗できないしな」

少年の姿では本来の力が出せないと言う。

 心細げに、

「それでは……いつになったら元に姿に戻るの?」

と聞いた女神は、

「一〇年後ぐらい」

と答えた、相変わらず浮世離れした封神の時間間隔に、泣きそうになった。

「それでは不二が噴火してしまうわ」

「と言われても……」

困った表情になる少年神。黒岩にとっても、成長は自在にコントロールできるものではない。


 青年であった彼が全力を持ってしても仕留められなかった赤鱗竜。これから体を作っていく必要のある少年期にかの神竜に対峙してしまえば、確実におのれの崩壊を招くだろう。

 それに黒岩にはためらいがあった。赤鱗竜を敵と見なすことは、竜神と神体を共にする此花をも手にかけることに繋がる。人間の営みを守ることと女神の安寧を守ること、どちらも切り捨てられることではない。

 いっそ、一切の関わりを断って自然に任せてしまいたい、とも、内心では思うのだ。


 太陽の光が不二を包んだ。夜が明けたようだった。

 その刹那、此花と黒岩の体が銀色に輝いた。

 彼らの体内に目にも留まらぬ速さで飛び込んできた、異物。それは陽介の銀細工だった。


 幼児の感情が、黒岩の封印で抑えきれずに、空気に流れる。

「僕、花のお姫さまと別れるのはイヤだ」

 両親の融解に強い未練を持つ陽介は、今後自分を支えていくはずの封神が、慕う女神との完全な別離を考えていることに、激しい危機感を持ったようだった。


 二片で完全を成す銀の装飾品。その引き合う力が、女神の心を黒岩に伝え、封神の本心を少女に渡す。

 それは一分のずれもない、合致した想いだった。

「亀さん、わたくしはこれからも亀さんを頼りたい」。

「お嬢を見捨てることはできないだろうな、俺」。


 深紫がかった艶やかな黒髪を持つ美麗な女神と、勝気な性格が映り込んだ漆黒の瞳を持つ少年神が、この瞬間に通じ合わせたお互いの運命。

 火出ずる竜神の山は、思わぬ翻弄に巻き込まれていく二人を、いまはただ穏やかに見守っている。


これで第一章は終わりです。

次章は此花へのしつこい求婚を繰り返す男神が出てきます。よろしかったら、またぜひ足を運んでやってください。


ここから閑話。

作中に盛り込もうと思ったけど、機会がなくてボツったネタを置かせていただきます。一部の笑いは誘えました。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 雅子と陽介の封印のために、不二に向かっていた此花と黒岩。

 その途中、黒岩の「母子なんだからそれらしい物に封じてやりたい」との要望を受けて、高速道路のSAに立ち寄った二人。

 ご当地名産品の棚の前で、巨大なマヨネーズの容器に引っ掛けられていたキュー○ー人形に、女神は心を奪われた。

「ねえ亀さん、この子、赤ちゃんだし、背中に羽があるわ。【佐々木陽介】のほうの依り代にピッタリではないかしら」

「ん? まあいいんじゃないか」

即答で認めた封神だったが、母、雅子の依り代との兼ね合いに疑問を呈する。

「陽介がそれだとすると、雅子は何に封じたらいいんだ?」

「えっと」

きょろきょろと周囲を見回す此花だったが、キュー○ー人形との相性が良さそうなアイテムが見つからない。

 そんな中、

「あっ」

と表情を明るくした女神は、得意げに目標物を指さした。

「母の方は調味料の容器ではどうかしら?」

「駄目だろう」

今度は即答で否定を返す封神。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

閑話休題。


ここまでのお付き合い、ありがとうございました。


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