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火出国(ひいずるくに)の姫  作者: 小春日和
封神との出会い
14/30

風穴 14

 13、14歳ぐらいの子どもになってしまった黒岩は、元々のしなやかな肢体を華奢な少年のそれに変えて、まとう服のない上半身を晒していた。赤い火傷の跡がまだところどころに残っている。

 その姿をまじまじと見つめながら、此花は感嘆の声を漏らした。

「亀さんって本当に多才なのね。姿を変えられるとは思わなかった」

「永いこと生きてるから、ときどき再生し直さないと爺さんになる」

岩神はにべもなく言って、皮膚から(もや)のようなものを発生させた。少年の体にまとわりついたそれは、すぐに黒い衣服となって半身を包む。


 封神は、それから、白いドレスをすっかり泥だらけにした少女を見返して、

「お嬢もなんだか煤けてるな」

と火で炙られたようにちりちりと傷んだ髪の毛に手を伸ばした。

 とたん、通じ合うビジョン。

 黒岩が戻ってくるまでの丸二日、赤鱗竜の猛火で灼熱と化した空気が、地上に続く穴にも噴き上がっていた。そこに、

「熱い、熱いってば」

と文句をつけながら覗き込む此花の姿がある。

「亀さん、早く戻ってきて……」

不安げに何度も呟く女神の髪や顔は、熱に当てられて元の優雅さを失っていった。それでも此花は、彼女の身では辛いだろうその場所から動こうとしなかった。


 何と言っていいか迷った少年に先んじて、女神は赤面しながら強がりをぶつける。

「す、少し寒かったのよ。もう秋も深いし」

「嘘つけ」

即否定を返す封神。

「亀さんが早く帰らないのが悪いんじゃない……」

八つ当たりに走る少女。

 不二の神霊ならば高慢な態度も仕方がない、と強引に自分を納得させていた黒岩は、思いの外、人のいい女神の性格を見直した。

「お嬢は案外可愛いな」。声には出さずにそう伝えると、もっと真っ赤になった此花は、

「かっ……わいくはないと思います……」

と尻すぼみのなぜか敬語で反論した。


 策略の神【大山津見】は娘にどんな教育を施してきたのだろう。封神は本気で疑問視する。

 女神の仕草は、年ごろの娘にしてはまだるっこしいぐらい初心(うぶ)なもの。男神に取り入るような技を欠片でも知っているようには見えない。だが、これほどの麗人が無警戒のまま野放しにされるなど、ありえるだろうか。

 危なっかしいなあ。美麗な女神たちが取引の材料にされる昨今の風潮を知っている黒岩は、目の前の少女に同情と危機感を覚える。


 神の世界では男神と女神が繋がり合うのに、恥、という概念はない。欲した相手に積極的にアプローチをかけることこそが正道である。

 【大山津見】のように権力の争奪に絡める輩は揶揄の対象にもされるが、多くの純粋な求愛の場合、多少の強引さや理不尽さを伴おうとも、それは賛美を持って迎えられる。

 その行為は動物と変わらない。魅力の高い女神を男神が争って奪いに行く。女神は決着が着くまで傍観という立場でのんびりと待つことができるが、一方で自らが男神を選ぶ自由はほとんど残されない。

 此花レベルの女神なら、本来は親元でしっかりと相手を吟味し、然るべきところに嫁がせる手順を取るはずだ。それがなぜこの少女に限っては放任されているのだろう。性格に多大な難があって嫁ぎ先が決まらない、というならわかるが、どうもそうでもないらしい。


 黒岩の疑念に女神は答える。

「だって、わたくしは赤鱗竜のお守りだもの。それを放って他の方のところになど行くわけがないわ」

その返事にも納得が行かなかった封神は、

「婚姻で不二の祭神の地位が剥奪されるとも思わないが……。それじゃあ、お嬢は、赤鱗竜の世話をしている限りは独身なのか?」

と重ねて尋ねた。

 すると、此花は、なぜ自分の立場が理解されないのか不思議だ、という驚きの表情をして、言う。

「わたくしは不二の化身、【このはな姫】なのよ。赤鱗竜とは同身のようなものでしょう。あの子と生涯を共にすることがわたくしの使命。赤鱗竜以外の相手と一緒になる気はまったくないわ」


 赤鱗竜に自分のすべてを捧げると言い切る此花。だが彼女は、この樹海に来る前に黒岩に言った。「赤鱗竜を封じて」と。

 わけがわからなくなった封神は、女神にもう一度確認する。

「お嬢は赤鱗竜を、信奉しているのか、厄介に思っているのか、どっちなんだ?」

 すると少女はあっさりと、

「あの子のお守りは面倒なの」

と認めた。

「だから、もしあの子を滅してくれる方がいるのなら、わたくしも同じように消えてしまっても構わないから、お願いしようと思っているのよ」


 女神のあまりにも利己を顧みない発言に、少年神は腕を組んで眉を寄せた。

「……あっぶねえなあ。先に言っとけよ、そういうことは。知らずにあいつを封印するところだったじゃねえか」

「……だからそれでいいと言ってるの」

黒岩の口調に憤懣の色を感じ取った此花は、様子を窺うように少年の顔を横から覗き込んで、続ける。

「それに……わたくし、亀さんの封印の中なら入ってみたい気もしているもの。こんなふうに危うい神竜と命を共にしていると、少しずつ悲しい気持ちになってくるの。亀さんに封じてもらえば、もう何も心配することはないのよね?」

封神に自分の運命を委ねる。そう望む女神。

 それに対し、

「けどなあ……」

黒岩はやっぱり首を横に振った。

「封印の中っていうのは基本的に自由はないんだ。俺の意志どおりにしか動けないからな。それに、もし俺が死んだりしたら封印した魂も道連れになる。これって赤鱗竜のときと変わらないだろ? だから安易に頼るなよ」

 だが此花も食い下がる。

「赤鱗竜より亀さんのほうが、まだましだもの」

「ああ、そういう比較ね……」

苦笑いする少年神。

 赤鱗竜が相手では疲れるから嫌だという少女の口ぶりは、たぶんそう本気で受け取ってはいけない部類の言葉なんだろう。要するに、愚痴、だ。


 それなら適当にあしらうか、と口を開きかけた黒岩だったが、すぐにもっと効果的な諫言を思いつく。

 にやっと口元を吊り上げて、退廃的な女神に確認する封神。

「じゃあさ、魂を封印した後は、残ったお嬢の体は俺の好き勝手にしていいんだな?」

 封印するのが人間ならば肉体は徐々に傷んでいく。けれど女神である此花の体は、食べ物もケアも必要とせずに永久に残る。つまり黒岩の傀儡としてずっと生かしておけるということだ。

 自分より若い容姿となった黒岩に警戒心を完全に弛緩させていた少女は、男神の言葉を口先で反芻した後。

 大慌てで少年から距離を取った。

「ダメ! ダメだからね!」


 遠巻きに叫ぶ此花を見て、黒岩は最初の疑問に答えを出した。

 女神の身持ちの硬さは、男神との付き合い方を教育されていないというより、もっと根本的なものに起因している。

 人間に近い感覚を持つ彼女は、どうしても神の価値観より人間の価値観に沿ってしまうようだ。

 人間には、羞恥心、という、おのれの本音を覆い隠す厄介な性質が潜んでいる。


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