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火出国(ひいずるくに)の姫  作者: 小春日和
封神との出会い
1/30

風穴 1

この物語は日本各地に残る神話を元にしたフィクションです。登場する固有名詞には、半分以上、改変を加えてあります。

 秋口だというのに、地の底から吹き上げる冷たい風には、氷の粒が混じっていた。日本最高峰、不二山の裾野に広がる樹海の中。大きく開いた大地の裂け目から、気流が轟々と音を立てて、空へと昇っていく。

 ぱらぱらと細かい崩落を見せるその穴に顔を突っ込み、黒岩は、

「この中に入れってか?」

と露骨に嫌悪感を表した。一九〇センチを越える長身は、細身の体格を差し引いても、地中探索には向きそうにない。

 それに対し、

「あんたが入ってくれなかったら、わたくしが入らなきゃならなくなるわ。行って」

強引に促すのは此花(このはな)。紫がかった深色の黒髪を地に垂らした、一〇代後半に見える少女。

 ひどく整った面差しを持つ此花は、同じく端正な相貌を描く黒岩の脇にしゃがみ込んだ。

「あんたに協力を頼んだのは、わたくしに万一のことがあったら、この不二も無事では済まないからでしょう? そんなことになってもいいの?」

「俺に万一のことがあるのはいいのか?」

「全然問題ないわ」

歳の頃、二五前後と思われる黒岩に、此花は冷徹な返事を返す。若い彼らがそれなりの覚悟を必要としたのは、この風穴の奥に棲む禍々しい存在を憂慮してのものであった。


 不二山には古から竜神が棲むと言われる。

 【赤鱗竜(せきろうりゅう)】。体中に炎をまとった苛烈な神竜。

 これは不二の火の歴史と深く関連している伝承であった。

 平安時代に数多くの噴火を繰り返し、裾野や隣の壷天場(こてんば)市を溶岩で埋め尽くした凶悪な火の山【不二】。同時期に編纂された書物、【国史】には、「たちまちに襲った火砕流が、岩を焼き砕き、木を焦がし殺し、(うみ)を温熱に変えた」と書かれている。地獄の猛火から逃れるために逃げ惑う人々には、荒れ狂う竜が山頂からほとばしり出たように見えたのかもしれない。


 何度も人の営みを焼き尽くした不二は、畏れと、けれど時代が下るにつれて、親しみを持たれるようになっていった。天災への恐怖心から竜神への信仰を厚くしていった人々が、穏やかな姿を維持し始めた霊峰に、自分たちの祈りの成果を実感したからだ。


 赤鱗竜が最後に猛威を振るった一七〇七年。それ以降、この神霊は三〇〇年以上の長きに渡って、活性化することもなく、眠り続けている。

 猛々しい不二の姿を記憶できなくなった人々は、どこよりも高い位置から空を臨む美しい威容と、まるで女人が衣の裾を広げたような完璧な円錐形に、新たな伝説を生み出した。

 【かぐや姫】伝承。

 日本最古の書物、【万葉記】に記された天女。天界よりこの地上に遣わされたとされる麗人は、天に帰るときに不二の頂から飛翔したという。

 そんな背景もあって、荒ぶる竜神を宥める優しい女神のイメージが定着したのだった。


 不二山を神体と奉じる、地方随一の宮、輝夜(かぐや)神宮。【かぐや姫】を祭神とするこの神宮は、もう一人、女神を祭っている。

 【このはな姫】。不二より南に伸びる志津(しづ)半島の沖合に降誕したと言われる、麗しい女神。

 【かぐや姫】はもともと天人であった。ともすれば天界に帰ってしまう身である。【このはな姫】は、自身は常に地上にあって、【かぐや姫】との交信を可能にする唯一存在なのだという。


 赤鱗竜の暴走を止められる【かぐや姫】。その姫神に仕える巫女の役割を持つ【このはな姫】。

 癒し系の女神たちと、暴れものの赤鱗竜。この二つの伝説を持つ不二山が、近年、不穏な動きを見せていることに、まだ何者も気づくことはなかった。


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