翔平Side 1.ベーシックスタート
この作品は二人の主人公視点のお話を交互に展開していきます。
2123年8月22日(水)21:48
「えーと、ここはこれでいいのかな」
大学から帰った俺は、さっそく自分の部屋でGCOの準備に取り掛かった。
ベッドの上でナーヴコネクタの設定をGCO基準に合わせる。
最近は《視覚ダイブ》ばっかだったから、《全神経ダイブ》をするのは久しぶりだ。
40年ほど前、視神経をシャットアウトし、脳に直接電気信号で働きかけることにより、《眼というレンズ》を通さずに《映像を見る》ことができる技術が開発された。《視覚ダイブ》の原点だ。その後30年ほどして――今から10年前、それを応用した《全神経ダイブ》が生まれた。脳と、身体の各神経を通る電気信号をインタラプトし、特殊な機械を仲介させ、仮想世界で五感を再現させることを可能としたのだ。
そのことに全世界のゲーマーは歓喜した。何故なら、夢にまで見た《ゲームの中に行く》ということが本当に実現したのだから。
まあ、俺もそのひとりということになる。
『もしもーし、準備できたかー?』
ベッドの枕元にある棚の上のモニターが突然起動し、練助の顔と名前が表示された。
俺はそのモニターにある会話ボタンに触れる。
「ああ、ちょうど今できたよ」
俺たちは出来るだけ公平を期すために、スタートは同時にしようと決めていた。これは俺たちが初めてやるネトゲに対する自分たちの中だけのルールだ。
『食事は?』「ほどほどに」
『水分』「ほどほどに」
『エアコン』「暑いから27度。微風」
『トイレ』「今さっき行った」
『戸締り』「オールグリーン」
『服装』「大きめでラフな寝巻」
『完璧っ』「パーフェクツっ」
俺たちはお互いにビッとサムズアップした。
全神経ダイブは、全身のほぼ全ての感覚を仮想世界に持っていくため、現実の肉体は動かせなくなる。だから長時間の全神経ダイブには相応の準備が必要なのだ。敵と戦ってるときにトイレに行きたくなったりでもすれば最悪だし。
「んじゃ、22時ぴったりに行きますか」
『了解』
ベッドに横になってブランケットを腹にかける。お腹を冷やさないようにする配慮だ。
今の時代、既に一般人にも全神経ダイブ技術は浸透していた。
だが、長時間のダイブは筋力の低下にも繋がる。そして、その対策グッズも今や充実していた。
ダイブ中、全身の筋肉に適度な刺激を与えることで筋力の低下を防ぐベッド、その名もエクササイズベッド(発音良く)。本来はデスクワーク中心のあまり運動をしない社会人向けの運動不足解消用商品だったのだが、俺を見れば分かる通り、俺らネットゲーマーの必須アイテムとなっている。当然、錬助も愛用してる。
『あと1分』
練助のカウントダウンが始まった。
今回、俺も錬助もGCOの予備知識はほとんど無しだ。実質、宗脇先輩に聞いた情報が全て。
何故ならCGOに攻略サイトは存在しないからだ。どういう訳か、その手のサイトにはGCOの情報は乗せられていない。先輩情報によれば、プレイユーザー同士の情報交換しか出来ないんだよ、とのこと。あとの事ははぐらかされた。
――おかしいよなぁ。
いくらユーザー自体が少ないとはいえ、そういうサイトを作ろうとする奴は必ずと言っていいほど出てくるだろうに。
『あと30秒』
とまあそれは置いておいて、明日は俺ら2人とも講義はなし。完璧な徹夜と書いて《完徹》の心構えだ。明後日の金曜は2コマだけ講義があるが、テスト返却だけだ。速攻で終わる。
『20、19、18……』
土曜日からは待ちに待った夏休み! 人目を気にせず何時間でもネトゲが出来る。
サークルでなにかやるみたいなことも言ってたけど、それ以外は廃人モードで逝っちゃうぜっ☆
『13、12、11……♪』
練助の声も微かに弾んでいる。
こいつもきっと寝る間を惜しんで仮想世界に入り浸るのだろう。
俺も負けてられんぜよ。
『5秒前!』
首のチョーカー型ナーヴコネクタのスイッチを入れる。
同時に力を抜いて目を瞑った。
「練助……向こうで」
『ああ、向こうでな』
そして俺たちは同時にGCOを開始した。
『「リンク・スタート!」』
◆◇◆
【Optic nerve connect・・・All Green】
【Auditory nerve connect・・・All Green】
【Gustatory nerve connect・・・All Green】
【Induced electrical signal・・・All Green】
【Virtual space Online connect・・・All Green】
視界にいくつもの文字が次々に浮かび、消えていく。
これらは、各神経をリンクギアを介してオンラインに繋いだという確認のために出てくるメッセージだが、仮想空間没入技術の発展により、よりスピーディーに接続が可能となったので、個人的には最後に【All connect・・・All Green】だけでいいとは思う。
【登録アバターが 一件 存在します。これを使用しますか?】
宇宙空間を思わせるセットアップゾーン。
機械的な女性の声と共に、目の前に現れたメッセージの下の【OK】ボタンに視線――カーソルを合わせて、それを押すようなイメージを浮かべる。
ピコン、と【OK】ボタンが点滅し、次の瞬間、視界が光に包まれる。
一秒にも満たない後、視界は戻り、同時に重力を感じるようになった。
何もない宇宙空間にしっかりと立つ俺――の仮想体。
これは事前に個人仮想空間に登録しておいた、VR共通アバターだ。
今現在、VRMMOは既に無数に存在している。新しいゲームをやるたびに一からアバターを作り直すのは面倒くさい。そのため、最初に大元となるアバターを作ってしまい、それを各ゲームで使用することも出来るシステムが作られた。
俺は、専用ツールで自作したアバター《アローネス》となり、数々のゲームをプレイしてきた。
如何にも主人公めいた黒髪の美青年。細身の筋肉質で、身長は現実の俺と同じ178センチ。声は少々高めの設定にしている。……まあ、ぶっちゃけ好きなアニメのキャラのリスペクトです。
【+++ Genesis of the Chaos Online +++】
目の前の暗闇にGCOのタイトルロゴが光輝きながら現れる。
通り過ぎるようにタイトルが消えると、次に現れたのは光り輝く《白い扉》と、赤い霧を纏った《黒い扉》。
【所属する大陸を選択してください。】
白い扉を選ぶとダーナ大陸、黒い扉を選ぶとパレマニナ大陸らしい。
練助がパレマニナを選ぶと分かっているので、俺は反対のダーナ大陸を選択する。
――うおっ。
すると白い扉が開き、その中にぎゅぅぅぅーんと吸い込まれる。
白い扉の中はこれまた真っ白な立方形の部屋だった。
【種族を選択して下さい。】
そのメッセージと共に、今度は大きな姿見が現れる。
さて、どうしようか。
選べる種族は、人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、ダークエルフ、ケットシー、半獣人の7種類のようだ。ダークエルフってパレマニナ大陸じゃないのか……。
それぞれに特性があり、自分のプレイスタイルに合った種族を選ぶのが普通だ。
ちなみに一番人気は《半獣人》だと宗脇先輩は言っていた。半獣人は特殊性の高い種族だ。なんの動物の半獣人になるかは完全にランダム。しかも動物の種類によって特性も違う。肉食系の獣なら前衛タイプの特性が高く、草食系は後衛タイプの特性が高いらしい。
ケットシーは半獣人とは別の種族らしい。ケットシーはリアル猫が二足歩行しているような容姿に対して、猫の獣人は猫耳に尻尾が付いた人間といった感じとなる。
――俺はどの種族にしようか?
とか一瞬思ったが、俺は結局《人間》にした。
売り言葉に買い言葉だったが、俺は錬助に「勇者になる」と言ってしまった(魔王=錬助を倒すという安易なイメージでつい)。勇者って言ったらまあ亜人というよりは人間というイメージが高いと思う。
そして勇者ってのはオールラウンダーが基本だ(たぶん)。
だったら人間だろ。まあ、器用貧乏とも言えるかもしれないが、そういうところに親近感を感じる俺も居る。
多くのMMOのご多分に漏れず、GCOでも人間族はバランスタイプに分類されるようだ。
バランスタイプ。堅実。良いね。良いよねっ。
決して器用貧乏なだけとは言ってはいけない。
種族決定後、姿見の中の自分が一瞬だけ光輝いた。キャラクターが出来上がった合図だ。
光が収まると、GCOでの俺――《アローネス》が姿見に映っていた。服装はいかにも初期装備といった布製上下。中世ファンタジーの田舎の青年風だ。
これがエルフを選んでいたら、きっと色白で耳が長くなっていたんだろう。顔はそのままで。
――ふんっ。むっ。
無駄にポーズをとってしまった。引き締まった躰に憧れる今日この頃。
キャラ設定が終わると、いよいよゲーム開始だ。
【GAME START】の表示に触れてGCOの世界にようやく旅立った。
◆◇◆
次に俺の視界に映ったのは、パルテノンみたいな真っ白い神殿の中だった。
『ようこそ、ダーナ大陸へ。選ばれし者よ』
先ほどのアナウンスの女性とは違う、聞いただけで癒されるような穏やかな女性の声が聞こえてきた。
『わたくしの名は《ラシェーディナ》。このダーナ大陸を見守る者です。……現在、ダーナ大陸は魔物たちに侵されています。わたくしの力は闇の女神《ファレスティナ》を抑えるため、そのほとんどが封じられています。お願いです、アローネス。あなたにはわたくしの加護を与えます。どうか、同じ加護を持つ仲間とともに、闇の軍勢よりダーナ大陸を守って下さい』
姿は見えない。声だけ天から降ってくるようだ。
つか姿を見たい。女神というんだから、さぞ綺麗な女性だろうに。
『ではアローネス。あなたに光の加護を……』
天から野球ボール大の光がゆっくりと降りてきて、俺の右手に重なる。
……ヴォン。
右手の甲に大小の◇が重なったような紋章が刻まれた。
『これであなたは、【天位の書】を使えるようになりました。右手の人差し指を立て、軽く振ってみて下さい』
女神の声の指示通りにする。
すると空色に透き通った方形が眼前に現れる。システムメニューウインドウのようだ。
――ふむふむ。特に他のゲームと違う点は見受けられないけどな。
ステータス画面、装備画面、所持品画面、システム設定画面、等など。メジャーな機能がそれぞれ本のページみたいにめくることで切り替えられる仕様。先輩が言っていたほどの特殊性はここでは見受けられない。
『これよりあなたには、数々の試練が待ち受けているでしょう。しかし、それを乗り越えてくれることを祈っております』
俺がウインドウを確認している間にも女神の話は続いていた。
『では、お行きなさい。あなたの未来に幸あらんことを――――……』
そして声は消え、同時に再び光に包まれた。
「ここは……」
気が付くと俺は、とある村の入り口に立っていた。
顔を上げれば木製のアーチに【マトペリ】の文字。
アーチの向こうには商店街のような大通りに行き交うプレイヤーやNPCらしき人々。
それで思い至る。ここは人間族でのはじまりの村――《マトペリ村》だ。