プロローグ
この小説はフィクションです。登場する人物、地名、団体名、その他は、実在するものとの関係は一切ありません。
※懲りもせずにVRMMOモノです。鈍行更新ですが、長い目で見守って下さると嬉しいです。
2123年8月22日(水)17:38
「――なあ、君たち」
ことの始まりはサークルの先輩の一言だった。
「なんすか、宗脇先輩?」
「はい?」
俺――谷戸沼翔平と、幼馴染にして友人の三島練助は、最近になって入ったサークルの部室でネトゲをしていた。
サークル名はそのまんま『オンラインゲームサークル』。ネトゲ好きが集まって出来たというマイナーなサークルだ。活動もそのまんま、部室や家やネカフェでサークルメンバーとネトゲをして交友を深めるという、ネトゲとオフ会とを同時にするような感じかな。
ただメンバーは少ない。俺と練助、そして先輩が二人。いずれも男だ。女子は居ない。幽霊部員が数人居るらしいが、最近になって入った俺たちは会ったことすらない。
「そろそろ新しいネトゲ……やってみないか?」
現在、部室に居るのは今日分の講義が全て終了した俺と練助、講義があっても無くてもいつも部室に居る実質サークルの長――大学3年生の宗脇先輩の3人だ。
「へえ、ムネ先輩が今やってるってやつですか? どんなのっす?」
先輩の言葉に練助が興味を示す。
俺と練助は今、VR――仮想空間没入型のFPS(一人称視点シューティング)系のネトゲをしている。《視覚ダイブ》設定にしてチョーカー型のナーヴコネクタを着け、視神経だけを直接オンラインに接続、本当に自分の眼でゲームの世界を見ながらコントローラーを操作をするというものだ。視覚ダイブのメリットは、視覚以外の感覚はインタラプトされないので、従来の据え置き型と同じように、例えば実際に食べ物を食べながらプレイすることも出来て便利だということ。そして《全神経ダイブ》とは違い、普通にコントローラーを使う操作なので、身体を動かす運動神経は必要ない。つまり運動に自信がない者でも不平等無く出来るというところだ。
逆にデメリットといえば、他の感覚はともかく、視覚だけは仮想世界をリアルに感じ取ってしまうので、例えば敵に攻撃されて避けようとしたときに、現実の身体を動かしてしまうこともありえるということ。そのため、椅子もしくはベッドにベルトで一部を固定してプレイするのが前提だ。俺も練助も部室にある専用の大きな椅子にシートベルトで腰を固定している。これをついつい忘れてしまうと、寝相でベッドから転げ落ちたみたいになってしまうので注意が必要だ。そして、操作にはコントローラーを使っているため、視覚全てを仮想にとられている状態では、コントローラーが見えない。ボタンも多くあるのでやはり慣れも必要だ。まあ、最初は厳しいが、慣れてしまえば現実で飯を食べながら片手でコントローラーを操作してネトゲをプレイする、なんてこともできる。目の前の先輩などは、コードレス&身体固定無しでネトゲをしながら生活をしている猛者だ。視覚情報遮断の状態で普通にトイレに行った時はマジでビビった……。
「――今年の新作VRMMO、『Genesis of the Chaos Online』。略してGCOだ。聞いたことぐらいはあるだろう?」
――Genesis of the Chaos Online。
混沌の創世記と名づけられたそのオンラインゲームは、あまり事前宣伝されずに今年の春に正式サービスを開始したにも関わらず、たった1ヶ月で世界中で有名になった新進気鋭のオンラインゲームだ。
俺も練助もかなり興味はあったが、とある理由により諦め、ゲームの情報もほとんど知らないままだった。
そんな俺たちに先輩はGCOについて説明をしてくる。
「GCOというのはね、ようするにめちゃめちゃ凝ってるやり込みゲーだ」
GCOは、《ファルムガント》という巨大な世界を舞台としている。
そして《ファルムガント》は大きく二つの大陸に分けることが出来る。
人間族や妖精族、精霊たちの住まう、光の女神《ラシェーディナ》の加護を受けし緑と蒼の大陸《ダーナ》。
亜人族や魔族、魔物が跋扈する、闇の女神《ファレスティナ》の加護を受けし黒と朱の大陸《パレマニナ》。
二つの大陸では、それぞれに住まう種族たちが、各々集落を築いている。
プレイヤーはまず初めに、自分の所属する大陸を選択する。その後、選択した大陸に住む種族を選ぶ。
ゲーム開始地点は選んだ種族によって違う。ドワーフを選べば鉱山村《ベレド》からスタートだし、エルフを選べば森林村《リャーマフ》からのスタートだ。勿論、人間族やホビットなどを選んでもスタート地点の村は違う。他種族プレイヤーとの会うには、それなりにレベルアップさせないと辿り着けないようになっているらしい。
「今回のは、幾多の『精神没入ゲーム』をプレイしてきた君たちでも、ちょっと梃子摺るかもよ?」
「む?」
「それは聞き捨てならんですよ、先輩。聞くかぎり在り来たりなファンタジー系MMOでしょ? 剣や魔法でのバトルにも、俺らそれなりに自信はありますよ」
「フフフ、その自信も何処まで持つものかな。まあ、簡単なところだけは説明してあげよう。重要な部分はGCOの中で、実際に自分の目で確かめてくれ」
GCOのゲームシステムは、基本的にレベル制を採用している。敵と戦えば経験値が得られ、一定を超えるとレベルアップしてステータスが上がる。また、何か行動を起こすことでステータスが上がることもある。重い物を持てば『筋力』が上昇し、本を読めば『知識』が上昇する、というように。
各種ステータスは、数値が大きいほどレベルアップしたときの上昇値は大きくなる。レベルを上げる前に色々なことをしてステータスを上げておけば、最強のキャラを作ることも夢ではない。しかし、それにはかなりの時間をかける必要はあるが。
早期にレベルを上げて上位層に仲間入りするか、それともじっくりゆっくり時間をかけて究極のキャラクターを作るか。それはプレイヤー次第だ。
「更に言えば、職種などもまだ全てが発見されたわけではないらしい。ユニークジョブを見付けるのも夢ではないということだね」
《職種》。GCOには様々な職種がある。メジャーなところで戦士や魔法使い、鍛冶師や裁縫師などもあれば、道化師や踊り子、牧場主や教師など、通常のMMOとは毛色の違う職業も多々確認されている。しかし、4ヶ月経った現在でも全ての職種が確認されたわけじゃないらしい。まだ発見されていない職種を探すというのも楽しみの一つだろう。
職種もそうだが、魔法や戦技などの技能、称号などは、ただレベルアップさせただけでは覚えないという。特殊なクエストの報酬。誰かから教えてもらう。本で覚える。モンスターが落とすアイテムを使う。などなど。取得方法は様々だ。
「噂じゃ《王》や《英雄》なんて職種もあるって言われてる。まだ誰も見たことはないけどね」
GCOには決まったルートというものはない。プレイヤーは自分の道を自由に決めて進むことが出来るのだ。
……そう。それが例え悪の道でも……。
いまだ未知の部分が多いGCOだが、更に特異な点がある。
「それが暗黒大陸と呼ばれる《パレマニナ大陸》だ」
プレイヤーは魔の巣窟であるパレマニナ大陸を本拠に設定することも出来る。では、その大陸で選べる種族とは何か。
それは勿論――《魔物》そのものである。
プレイヤー自らがモンスターとなり、自己を鍛え、最終的には《ダーナ大陸》に攻め入ることも可能になるらしい。
最初はゴブリンやコボルトなどの低級モンスターだが、レベルが一定以上になると、特殊クエストを受けてより上位のモンスターに進化させることもできる。上位のモンスターになれば下位モンスターを率いることも出来るし、ダンジョンの主となって、冒険者として来たプレイヤーと最深部で相対することも出来る。
「『よくきたな……人間共め……』というのをリアルで言える」
「……やべ。ちょっと、ときめいた」
プレイヤー同士で冒険者陣営と魔物陣営に分かれて戦うというのは、俺もちょっと面白そうと思ってしまう。
「まあでも、パレマニナ陣営のユーザーは少ないのだけどね」
「え、そうなんすか?」
光と闇、二つの対立は拮抗しているわけではないという。
初めのうちは、興味を引かれた多くのユーザーたちは《パレマニナ大陸》を選択し、世界を蹂躙する魔物陣営に入った。しかし、そのほとんどのユーザーが早々に断念してキャラクターを削除し、《ダーナ大陸》に移り変わっていった。
その理由は、魔物の体での操作システムの難しさにある。
例えば、最初に選べる魔物から、進化の過程でなる魔物に至るまで、全ての魔物が人型というわけではない。
四足歩行の獣型も居れば不定形型も居る。身長差があるだけでもVRに違和感を持つ者も多い中、人型じゃないというのは相当に操作を難しくさせる。更に、人型ではないといことは、装備なども出来ないということだ。狼などが剣を咥えて戦うわけにもいかないだろうし。そういう理由で武器防具の装備が制限されている魔物は多い。
そのうえ、下位モンスターというのは知能が低いという設定らしく、文明レベルが最低だ。つまり、ポーションから始まり武器防具、便利アイテムのほとんどは初期村では売っていない。手に入れることはおろか使うことすらできない魔物も居る。それらは基本的に《ダーナ大陸》で作られるものだからだ。
そのかわり、魔物プレイヤーが冒険者プレイヤーや冒険者モブを倒せば、装備品から所持金、所持アイテムに至るまで全てを得ることが出来る。まあ、リスクが大きすぎる気もするが。
「なるほど。パレマニナ陣営に人気が出ないはずだよそれは」
「装備を整えるのもRPGの楽しみのうちだもんな。それが出来ないのは痛い」
「あ。ところで、先輩はどっち陣営なんですか?」
「ん、僕? 僕は――……んっふっふっふ。今は秘密だ」
「なんでですか」
「それも秘密♪」
「…………」
インテリ眼鏡を光らせつつ不気味に笑う先輩。
こうなると何を言っても教えてくれないので、話題を変えることにした。
「でも先輩」
「なんだね谷戸沼くん」
「GCOってアカウント制限してるんじゃ?」
そう。GCOが騒がれた理由の一つ。それはプレイユーザーに制限をかけているということだ。その理由は不明だが、応募して受からなければゲーム自体買えないという。
俺と練助が諦めたのもこれが原因だ。1万人に1人の確率と言われ、一回応募出して外れたあとはすっかり無理だと思ってしまった。
「ふふふふふ……なに、問題は無い。これを見たまえ」
「な!」
「ふたつも!?」
先輩がカバンの中から取り出したのは、幻とまで言われたあのGCOのパッケージだった。それも2つ。初めてナマで見てちょっと感動。
「君たちにはこれを渡そう」
「うおー!」
「先輩惚れるわ~」
俺たちは飴に群がる蟻のようにパッケージに近付き手に取ろうとした。
しかし、何故か先輩はそれを遠ざける。
「あ、ちなみにこれ有料だから」
「ちょっ」
「えぇぇー、タダじゃないんすか!?」
「当たり前だろう! 僕とて決して裕福ではないんよ。これ2つを揃えるためにいろいろ根回ししたので正直金欠なのだ!」
俺たちは渋々お金を払った。値段的には普通のゲームと同じくらいだったから払う分には問題は無かったが……無料でくれるのを期待しただけにちょっと涙目。
「そうそう。言い忘れていたが、GCOは《全神経ダイブ》専用だ。出来ることなら自宅でログインするほうが良いだろう」
その後、先輩と色々と話をしてから俺たちは部室を後にした。
去り際に先輩は、この言葉を俺たちに言って来た。
「最後に、GCOのキャッチフレーズを教えてあげるよ」
――自分自身の想像力を、体感しろ。
◆◇◆
「なあ、ショウ」
「んー?」
大学からの帰り道、電車の中で練助が話しかけてきた。
俺たちは同じマンションで互いに1人暮らしをしている。行きはともかく帰りはほぼサークル活動後なので、ほとんど一緒に帰ることが多い。
「もう所属する大陸とか種族とか決めたか?」
やはりGCOのことか。
さっきまで無言だったことから、恐らく練助はもう何にするか決めたんだろうと推測。
「そういうお前は?」
「オレ? オレはもちろん、パレマニナ大陸にするわ」
「あー……やっぱり。お前クソゲー好きだからなぁ」
「いやだってお前。モンスターになれるんだぜ? ダンジョンのボスになれるんだぜ? 冒険者プレイヤーに『この俺が倒されようとも……第二、第三の俺が必ず現れ……』とか言えるんだぞっ!?」
いやそれ倒されてるから。死に際のセリフだから。
「まあ、確かに面白そうだけど、そこまでの過程がなぁ」
実際、そこに至れないまま断念したプレイヤーが多いらしいし。
だが練助はそれがどうしたと言わんばかりの笑顔で続ける。
「それにさ、ムネ先輩も言ってたじゃん」
「…………アレか」
練助は、先輩が最後の方にボソッと言っていた話を信じているらしい。
曰く――。
『まだ誰も、辿り着いた者は居ないのだがな……一説に寄ると、魔物プレイヤーの進化の頂点は――――《魔王》らしい』
魔王。つまりラスボスだ。プレイヤーがそのゲームのラスボスになれるってどんだけだよ。
しかしその話を聞いて、練助のゲーマー魂に火がついてしまったらしい。
「ショウ」
「ん?」
練助が真面目な顔をして言ってくる。
「オレ……魔王になるわ」
言うと思った。
無理ゲー、クソゲーをこよなく愛すと豪語している練助は、『誰もが諦めた』という所に強く反応する。
――だったらオレがっ、てな。
今までの経験上、こいつが本気を出せばもしかしたら本当に魔王になってしまうんじゃないだろうか。
ゲーム限定だが、こいつの集中力の高さと諦めの悪さはピカイチだ。要領は俺の方が良いのだが、練習を重ねるうちに敵わなくなっていくゲームも多々あった。
「そっか」
だが、それでも俺はいつも練助と張り合ってきた。
言うなれば、《好敵手》だ。幼い頃からの友人として、同じ趣味を持つ同士として、譲りたくない意地というものがある……!
「じゃあ俺は、――勇者になるよ」
錬助が魔物たちの王になるというのなら、俺はこいつを――魔王を倒すための正道を往ってやる。
俺たちは不敵にニヤッと笑い合い、お互いの拳を重ねた。
大学の単位もまだ問題ない。
お金も前期にしたアルバイトで余裕がある。
これから約2ヵ月の夏休みが始まる。その全てをネトゲに費やしてやる。
……我ながらどうなんだと思う大学生活だが、楽しんでいるから良しとしよう。
こうして、俺と練助の壮大なる冒険は始まったのだ。
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