第13話 後悔 怨嗟 決意
グレアに仲間を皆殺しにされてから一週間、私は、荒れた荒野を一人でヨロヨロと歩いていました。
ウロボロスが煉獄に落とされてから、この世界は荒れてきています。今歩いている場所だって、数ヶ月前には緑の溢れる大地だったはずで、どうしてこうなったのか私にはわかりませんでした。
私はただ目的も無く歩いているわけではありません。ここからもう少し先の、ある集落に用事があったんです。
私は、この集落に住むアルフェさんに、これからどうするべきかの助言を貰いに来たのです。彼女は、元々私たちの一族、つまり、仲間でした。しかし、今思えば、恐らくグレアの正体に薄々気がついていたのでしょう。私が幼い頃、旅の途中で訪れたこの集落に、一族を離れて一人で住み着いてしまいました。その時、彼女がグレアに向けた視線は、恐ろしい程に殺気が籠ったものでした。
仲間は彼女を愚か者、臆病者と貶し、一族から除名して、最初から存在しなかったように扱い始めました。彼女の肉親や、友達さえも。
私は、幼いながらにそれが恐ろしかった。いえ、幼いからこそそういうものに敏感だったのでしょう。昨日までいた人間の、その生きてきた証というのは、ここまで脆いものなの?私たちって、その程度のものだったの?毎日、そればかりを考えて震えていました。私がグレアに不信感を抱いたのは、これが原因だったのでしょう。
でも、それを周囲の人間に問いただす勇気は私には無かった。そうすれば、次は私がそうされる番だから。大人しくしていれば、仲間外れにされない。大人しくしていれば、私が私であったことを消される心配はないのですから。
今にして思えば、そんなことを怖がらないで、周りの人間に話していれば、未来はもっと違うモノになったかもしれません。十中八九私は一族から除名されて、その辺でモンスターに襲われて野垂れ死んでいたでしょう。しかし、そうならなかったかもしれない。私の言葉に耳を傾けてくれる人が、一人はいたかもしれない。そうしたら、あの時、もっと生き延びる人がいたかもしれない。
・・・・・・全滅したのは、私の責任だ。
仲間を殺した責任を、どうしても取りたかった。私たちをずっと玩具にして、弄んできたグレアが憎かった。例えこの命が尽きても、あの悪魔だけは殺す。そして、皆を救ってみせる。どんな犠牲を払おうとも。
この世界で、私たちの一族は孤立した存在でした。今にして思えば、他の普通に暮らしていた生物は、ウロボロスや他の神を、<<神様>>として見ていたのです。私たちが旅の途中で訪れた集落では、神殺しをしていると言われ物を投げつけられたことが何度もあります。しかし、そのたびに圧倒的な力を持つ私たちは、武力で押さえつけていたのです。彼らの言葉に、耳を傾けようともせずに。
ですから、この世界に私が頼れる人間は今は一人しかいません。どうしても私は、彼女に会わなければいけませんでした。
村にたどり着いた私が目にしたのは、とても悲惨な光景でした。
「どういうこと・・・・・・?」
何人もの大人が、農具を手に数人の子供を追いかけているのです。子供は怯え、泣いて許しを乞うていますが、大人には聞く気がないようです。鬼気迫る表情で農具を振りかざしました。
「くっ・・・・・・!やめなさい!」
私は自身の<<風神>>の基本能力、<<自己加速>>を使って子供たちの前に一瞬で移動し、<<暴風壁>>を最小の威力で発動。彼らの攻撃を弾きました。
彼らは大きく吹き飛んで、尻餅を付きながら私の事を呆然と見ています。
その時、私はようやく気がつきました。他の場所、つまり集落全体でも、同様のことが行われていた事に。その中には、既に手遅れだった子供もいます。老人も、赤ん坊も、何人も血まみれで転がっていました。
「ど、どうして・・・・・・?どうして、こ、こんな恐ろしい事を・・・。」
彼らは、野盗などではありません。以前訪れた時に見た人間も沢山います。つまり、彼らは自分たちの集落の人間を虐殺している・・・?
「何で、何でこんな酷いことができるんですか!?彼らが、一体何をしたんですか!?何で!?何で!?答えてよ!?」
その時、集落のあちこちから、ボソリと、呪いのように言葉が漏れ始めました。
「何で、だと・・・!?何でって言ったのか、この化け物がアアアアアァァァァァァ!」
そして、私の額に、一つの石が飛んでくると、それを皮切りにまるで津波のように石と、怨嗟の言葉が飛んできて私を傷つけました。
「お前らが、お前らが神を殺したからだろうが!巫山戯んな、見ろよこの有様を!草は枯れ、水は干上がり、動物も死んで、魔物ですら現れねえ!これでどうやって生きるんだよ!」
「私たちが何をしたのよ!毎日一生懸命畑を耕し、動物を育ててきたわ!愛する家族が居て、それで、それだけで幸せだったのよ・・・。どうして・・・私たちが何をしたのよ・・・・・・。私だって、子供を殺したくなんて、ない・・・・・・!」
「わ、私たちの、せい・・・?」
ゴツンと、一際大きな石が、私の後頭部に当たりました。そこから血が溢れてきます。ゆっくりと振り返って見ると、投げてきたのは、先程私が助けた子供の内の一人でした。
「・・・・・・死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
彼の瞳からは生気を感じることが出来ませんでした。唯、私への、私たちへの憎しみだけが伝わってきます。
私たちは、世界を救おうと思って、ずっと、何千年前かもわからない程に昔から、戦い続けてきたのに。私たちは、この世界に生きる全ての命を悪魔の支配から解き放つことを目的に、戦い続けてきた筈なのに。私たちがしてきた事って・・・・・・私の人生って、何だったの・・・?
私は、体から力が抜けて行くのを感じました。膝がガクガクと嗤って、立つことすら出来ずに土の上に座り込みました。
「あ・・・・・・。」
心が、砕ける音を聞いた気がしました。視界に映るもの全てが遠くなっていきます。音も、段々と聞こえなくなってきました。
(もう、いいや・・・。もういいの。私が何をしても無駄。私は、何もしない方がいいんだ。だって、私は、疫病神。化け物。悪魔だもん・・・)
ここで殺されるとしても、文句は言わない。それで気が紛れるのなら、いくらでも殺されよう・・・。それが、私にできる罪滅ぼしなんだ。
「いいや、それは・・・違う。お前には、まだ生きてもらう。この世界を・・・救う為に。」
突如、私を後ろから暖かい何かが包み込みました。私はハッと目を見開きます。そうだ、こんなところで死んでどうする?私が出来る罪滅しは、世界の救済だけなのに。
我に帰った私が首だけを動かして左を見ると、そこには赤いトンガリ帽子に赤いマントを羽織った眠たそうな顔の女の人がいました。どうやらこの人が私を後ろから抱きしめてくれているようです。そして、私はその顔に見覚えが有りました。
「アルフェさん!?どうしてここに・・・!?」
「可笑しな・・・ことを・・・聞く。元々・・・私に会いに・・・来たんだろう・・・?」
彼女はこの状況下でも、その独特な喋り方と、眠そうな表情を崩しはしませんでした。記憶にある彼女と同じ。いえ、昔よりも何処か大人の魅力に溢れていました。
「取り敢えず・・・ここは、退散・・・。<<空間転移>>。」
彼女がそう唱えた瞬間、目の前の景色がグニャリと変化し、次の瞬間には、緑に覆われた丘の上に座っていました。彼女は、空間を操る<<間神>>。歴史上彼女にしか発現していない、超レア職業なのです。
「あの集落から・・・大体・・・500kmくらい・・・離れてる・・・もう大丈夫・・・。」
「植物が、生えてる・・・。」
「ここは・・・ウロボロスの居た場所から・・・かなり離れてる。でも、ウロボロスの加護が無くなって・・・数ヶ月もすればあそこと同じに・・・なる。」
この、動物もいる、美しい自然が、後数ヶ月で無くなる・・・。
「ウロボロスが居なくなって・・・<<命の輪廻>>が途絶えた。今まで、死んだものは・・・別の何かに生まれ変わって・・・いた。けど、それが出来なくなって・・・。先ず最初に、植物等の栄養素の命が無くなる。それで植物が枯れて・・・草食動物が・・・死ぬ。それを食べる・・・肉食動物も・・・死ぬ。後は・・・それの繰り返し。長くても六年で・・・この星は滅亡・・・する。」
「滅亡・・・する・・・・・・。」
「水にも・・・大気にも・・・命が宿ってる。でも、今は・・・死んでも、命の補充が・・・されない。だから、いずれ・・・水も大気も・・・・・・枯れ果てる。文字通り・・・死の惑星の・・・完成。」
「どうにか・・・どうにか、出来ないんですか・・・・・・?」
アルフェは、そこで私の顔をじっと見つめて来ました。
「どうにか・・・・・・したい?」
「したい、です・・・。いいえ、しなくちゃいけないんです・・・!」
「辛いよ・・・?」
「もう・・・辛いことには・・・慣れましたから。」
無理やり笑顔を作ろうとしているけれど、成功しているのかな・・・わかんないや・・・・・・。
「・・・バカ。こういう時は・・・お姉さんに、甘えると・・・いい。」
そう言って、私をギュッと抱きしめてくれました。
「・・・・・・ふ、ふえ・・・あああああぁぁぁぁぁーーーーーーー・・・・・・。」
そのまま、私は泣き続けてしまいました・・・・・・。
・・・つくづく、私にはネーミングセンスが無いですね・・・。
なんだ、間神って。読者の皆さん、こんな私に、こういう名前の職業や技がいいんじゃないかな?とかあったらコメントかツイッターでお願いします。待ってますよー(n‘∀‘)η
この世界では、水や大気、大地や、栄養素まで、あらゆるモノに命が宿っているという設定です。今まではウロボロスが補填していたんですね。
彼は全ての神の中心なので、グレア達に今まで封印されてきたほぼ全ての神の能力を使用することができます。つまり、最悪彼一人が居れば世界は無事だったわけです。
ただ、それだと負担が大きすぎたので、無数の神に役割を分担させていたんですね。
ただ、例外がありまして、時間、空間、重力、そして運命を操る能力だけは所持していませんでした。
グレアが簡単に彼を倒すことが出来たのも、これによって彼の力が半減していたからなのです。