23話 イバラの森
刺々しい、曲がりくねった木々が並ぶ森の中を、オレとエルゼ王女は歩く。
オレは丸腰。エルゼ王女はオレのショートソードを腰に下げている。
「昨日のあれはどうやったんだ?」
歩きながら、エルゼ王女が問いかけてくる。
「あれ?」
「こう、シュバッとするやつじゃ」
腰から剣を抜いて、途中で止まる。
「あぁ、抜剣術ですか」
「七影の書であったか、あんな技」
「いえ、ないです」
素早く抜剣する技術はある。が、エルゼ王女の言っているのは抜剣と攻撃を同時にやったことだろう。
「いたんですよ、ああいうのを得意としてる暗殺対象の護衛が」
「習ったのか」
「いつも言ってるでしょ。見て盗んだんです」
オレは鞘を指さす。
「抜剣の基本は鞘を引きながらです。そして適度に鞘の向きを変える」
「こうか?」
すっと引き抜く。さすが剣帝のセンス持ちだ。すぐにやりやがった。
「あとはあれこれやればいいですよ。奇襲に使えます」
奇襲目的でも、奇襲相手の迎撃でも。
「ベルトに余裕があるのはこれのためか……お主、だいぶ近い位置の相手に抜いていたが」
剣にも適切な領域がある。近すぎれば有効打はかなり減る。近づかれて柄頭を抑えられれば抜剣もできない。
「柄頭が天をつくように弾きあげて、引き抜いてください」
「こう?」
鞘の向きをななめに。そして鞘を下に引きつつ、右手で剣を抜く。そして横に振るった。
「おせーですね」
「むぅ」
「ま、体格と体捌きの問題ですよ」
「お主座ったまましたではないか」
「相手が座ってるオレを見てたんで、焦点が下なんすよ。で、オレが上から攻撃したんで、視覚から不意打ちになってるんです」
「だから無防備だったのか、なるほど」
すっと前に出ながら、逆手持ちに引き抜く。
「ワタシならこのほうがいいか?」
「そこから斬り上げて順手にすれば戦闘態勢にできますね」
「ふむ」
飲み込みが早すぎる。あほくさ。
「例えばこう――」
先ほどと同じように逆手持ちで抜刀しようとするエルゼ王女。
しかし突如鞘が爆発し、抜くよりも早く剣が飛んでいった。
「――あ」
空中で回転しながら見えなくなっていく剣を呆然と眺める。
「……何しようとしたんですか」
「魔法で抜く瞬間を加速できぬかな、と」
オレがエルゼ王女の思考に呆れていると、地面が揺れた。
どんどんと、何か大きなものが近づいてくる。エルゼ王女は右手をかざしてそれを待った。
毛むくじゃらの巨人――トロールがこっちに走ってきた。
――その肩に剣が刺さった状態で。
「このような事故につながるのでやめてください。あと無駄なので」
「むぅ」
エルゼ王女はいつものように火属性の魔法を放った。
◯
冒険者のリーダーは、絶望的な光景を目の前に己の死を予感した。
トロールはガスト級。ベテランの冒険者でもパーティー単位で1体仕留めるのが基本だ。ひとつ上のゲイル級冒険者であれば別かもしれないが、自分たちはそうではない。
そのトロールが5体。
「ねえ、これまずいんじゃない!?」
弓を構えながら仲間が言う。
逃げようにも囲まれている。
「くそッ」
しかもトロールだけではない。メスであり、魔術も扱える上位種のトロールコナもいる。
撤退をしたいが、撤退が簡単にできる場面ではない。
「――――」
トロールコナが指先を向けてくる。理解できない言語から魔法が編み出される。火属性魔法。生物が恐怖を抱きやすい、最も身近な脅威概念。
火属性魔法は多くの魔物にとって有用であり、そして多くの魔物が使ってくる。有用性を理解しているからだ。
収束し、生成される火炎に集中する。
狙いはどこだ。俺か? それとも仲間か。
ボン、と。
空気を裂いて炎が発射された。
想像よりもずっと早い。
「まずっ――」
反応できない。
そう思ったところで、閃光が走った。
◯
退路を塞いでいるトロールを2体。そして今、魔法をどうにか斬った。背後でズシンと倒れる音が響く。首斬ったから死んだだろ。
「お、お前は」
オレの姿を確認して、冒険者が驚く。昨日、忠告してくれた冒険者たちだ。
オレは退路を指さす。
「逃げ道は開けたから帰るんだな」
「……いや俺たちも戦う」
仲間たちと顔を見合わせ、決心したように言われる。
「は?」
「だってアンタ、剣折れてるじゃねえか。無茶してくれたんだろ? 昨日は悪かった。あと助けてくれてサンキューな」
笑顔で言われる。
「俺たちだって冒険者だ。時間稼ぎくらいはできるさ」
「あ、いや……折れてるのは戦ってたからじゃなくて」
エルゼ王女が魔法でトロールをぶっ飛ばしたら衝撃で折れただけだし。
「とにかく助力なんかいらないから。つうか折れてても斬れれば十分だから!」
そんなこんな喋っていると、トロールコナだっけ? あいつが唸り声を上げた。そして、あいつの背後からぞろぞろとトロールが出てきた。
追加で5体か。
というかあのトロールコナが呼んでるな。
「そんな……」
冒険者の仲間が青ざめる。
オレに向かって1匹のトロールが襲いかかってきた。棘付きの棍棒みたいな形状の木で殴ろうとしてくる。
オレはそいつに突っ込んだ。
超簡易版、死天使による慈悲。
魔法がトロールの胸を貫通し、裂く。トロールは魔法の衝撃で飛ばされながら倒れた。
トロールの再生能力は外皮だけだ。毛むくじゃらで確認しづらいだけで、内臓まで届けば無事な生物はほぼいない。外傷だけどうにかしたって、心臓を潰されれば死ぬ。
オレは冒険者たちに振り返った。
「あのね、邪魔だし、こんなん余裕なの! さっさと帰る!」
「ぐっ……悪い。行くぞみんな!」
冒険者がぞろぞろ去っていく。
オレはトロールたちに目を向けた。
「……そろそろいいんじゃないですかね?」
オレがそう呟くと、空から火の玉が降ってきた。
トロールの頭を殴り倒し、火属性の魔法で潰し切る。立ち上がったエルゼ王女は両手に炎を灯して笑う。
「さ、蹂躙の時間だ」




