まなざし
「シードルさんて、なんでシードルさんていうんですか」
今日もデッサンを終えて帰り際、美大生の一人がふと疑問を口にした。
「瞳が赤いからでしょう」
美大生のもう一人が鉛筆を片付けながら言う。
「それだけじゃないんだなぁ」
かれこれ百年シードルを名乗っている巨大な生首は、どこか得意気に答える。
「そもそも本名なんです?」
美大生の三人目は画材をリュックにつめこみながら疑問を重ねる。
「首になってまで、ずっと同じ名前ってのも、なぁ」
「改名はご自分で?当時のどなたかがつけられたとか?」
「ウミガメのスープはじまってない?」
「あれってこんな自由だっけ」
「後者だな。初代館長につけられてそのまま貰うことにしたわけだ」
「まじめに考えてみるか。シードル、林檎、酒、異次元ポータル、空……」
「いいぞいいぞ。林檎といえば?」
生首のおじさんは赤い目を細くして、楽しげに笑う。
「林檎、林檎、罪の果実って林檎だっけ」
「諸説あるやつじゃん」
「シードルさん、その顔は正解の顔ですか?」
「どうだかなぁ」
ガラスの天井に夕日が射してきた。赤い瞳が赤い空気のなかで妖しくきらめく。
「首だから頷いたりしてくれないんだよな」
「それはそう」
「よーく観察してみるんだな、学生たちよ」
「観察ならもう四日もやってるけど、うーん……」
「もう日が暮れるから、よく見えるだろう?」
日没直前の夕焼けの中、にやりと笑う生首はどこか人相が違っていた。
「シードルさん、さっきまで瞳孔丸かったですよね」
「お、気付いたか」
「なんかいま見たら縦になってて……林檎で楽園追放?」
「あっ蛇の目だ!」
「異次元の魔法てやつですか」
「まさか夜限定で赤い目の蛇になるからシードルなんて」
「酒は罪深い飲み物だからなぁ」
「ぼくらとんでもない秘密を聞かされたのでは」
「美吉野市の、髪が伸び続ける上に日替わりで髪色まで変わる人形に比べたらインパクトに欠けるような」
「いや普通に常設展示のパネルに書いてあるからな」




