身の上
パートの清掃員が帰ってしまえば、閉館時刻までは平田の一人勤務となる。
今日は展示品の点検を終わらせてしまおうと事務室を出た。一階ホールに人影、なし。一般販売の書籍、売り上げなし。シードルさんグッズの売り上げも、なし。ステッカーも巾着袋もぬいぐるみも微動だにしていない。
ホール奧の扉を開けて、メイン展示のメンテからとりかかる。数年変わらないいつもの手順。
「シードルさん、おかわりないですか」
「ないなあこれが」
数年変わらないいつものやりとり。
中庭のような、ガラスの天井を閉めている今日は温室のような、メイン展示室に鎮座するのは、巨大な生首だ。
高さニ・一メートル、重さ六十三キロ。灰色の髪に赤い目、うすく日焼けした肌の、首だけがこの部屋の展示品だ。
「祝日なのに来館者ゼロですよ、なんでですかね」
「そらお隣で彫刻展が大盛況だからな、そこでみーんな満足して、お茶飲んで帰っていくのさ。こんな奧まで来るもんか」
「悔しくないんですかシードルさん、かわいくぬいぐるみも作ってもらったのに、美術館にも置いてもらってるのに一個も売れてないんですって」
「売れないだろ、こんな生首のおじさんがぬいぐるみになったところで」
「かわいいのに!シードルさんと会えばぜったいかわいいって思うのに!」
「そりゃ平田館長だけだと思うが」
口を忙しく動かす間、手も止まらない。ハタキとモップをかけて、加湿器のタンクを洗い、キャビネットから特注品のクシを取り出して、小型の脚立と共に抱えてくる。
「明日こそシードルさんが脚光を浴びる日かもしれないので、お手入れしましょうね」
よいしょ、と脚立を広げて灰色の髪を一房手にとって梳かす。平田はいつも三十分以上も時間をとって、丁寧にシードルを身綺麗にする。
「いつもわるいね、おじさんの手入れなんて」
「好きでやってるので」
そんなこと、とっくに知っている。
はじめてここを訪れた平田少年の興奮ぶりも、受験先を医大しか認めないと親の愚痴をたれるへの字口も、新卒の身をこんな閑職にねじこんだピカピカなスーツと得意気な目も、平田のほとんどすべてをシードルは知っている。
「……明日こそ、誰か来るかもな」
静かな歴史資料館で、メイン展示品の生首はいつものように館長の手入れを受けるのだった。




