花の跡
「これで、あなたは私の可愛い子供」
彼女はそう言って、優しく俺の手の甲に付いた花の跡を撫でた。ニッコリ笑って抱きしめてくれた。
「私の家族。1番末っ子ね。ふふっ可愛い子。」
こんなに優しく笑いかけて、受け入れてくれた人なんていなかった。
家族?本当に?こんな綺麗な服を着た人が?花のような甘い香りがする人が?
「良かったら、ママって呼んでね」
顔を覗き込むように瞳を見られた。
綺麗な澄んだ空の色。
ずっとずっと欲しかったもの。
本当に?本当に言っていい?
「………マ……マ……」
掠れて、声になったかわからない。それくらい小さな声だったのに、この人は嬉しそうに目を輝かせて笑った。
「嬉しい!ねえ、私の可愛い末っ子の名前を教えて?」
彼女の顔から目が離せない。ママって呼ばれて喜んでくれた。
幸せで溺れそうで胸が苦しい。
「12って呼ばれてた…ました」
「12?」
「リーダーが、12番目に拾った捨て子だったから」
「……そう。じゃあ、ママとパパが名前を付けてあげる。待ってて。素敵な名前を考えるわ」
そう言って、優しく頬を撫でられた。
名前…両親が考えてくれた名前。本当に俺にくれるんだろうか。
「ねえ、フィー。あの人、今夜は帰りは遅いかしら?」
「いえ、夕食には戻るかと」
「良かった。じゃあ、明日を楽しみにしててね」
俺を連れてきた人相の悪い男が、丁寧に頭を下げて答えてる。何で、こんなに綺麗で優しいこの人が、こんな所にいるんだろう。
「フィーも私の家族で、三男なの。あなたのお兄さんよ。フィー、この子を色々助けてあげてね」
「はい。ママ」
フィーは、優し笑顔で返事をしてた。
さっき、俺を睨みつけてた顔はどこいったよ。
ーーーこの人を大切にしてるんだ。本当の子供なのかな。
「行くぞ」
「あ…」
フィーは、俺の肩を掴んで部屋を出て行く。
あの人はヒラヒラと軽やかに手を振っていた。
「……本当の息子なの?」
歩きながら、気になってフィーに聞いてみた。
「いいや、違う。ママが産んだ子供は、もうこの世にはいない。10人の子供がいるが、全員お前と同じ拾われた奴らだ」
「……良い人なんだな」
ポツリと言った俺の言葉に、フィーは笑って頭を雑に撫でてくる。
「さすが、俺らの兄弟。ママの良さがすぐにわかったか。 いいか?ママは、俺たち子供の絶対だ。忘れるな」
「わ、かった。って止めろ!頭もげる!」
「ハハハッ」
人相が悪かった筈なのに、今のフィーは頼りになる兄ちゃんの顔に見えた。
俺に兄弟が出来たーーーーママが、家族をくれた。
翌朝、ママに呼ばれて白い扉の部屋に入った。
綺麗な花がたくさん飾ってある。優しい彼女に似合う部屋だ。
「いらっしゃい。よく眠れたかしら?あなたの名前、パパと決めたわ。あなたの名前はジャン。神の恵みがありますように」
「ジャン…」
俺の名前。ママとパパが考えてくれた名前。
嬉しくて、顔が赤くなる。
「気に入ってくれた?」
「はい……ありがとう、ございます…ママ」
「ふふふ、ジャンは素直で可愛いわ!今夜はお祝いしましょうね!」
たった1ヶ月前はボロボロの服を着てたなんて、嘘みたいだ。泥水啜ってたのが、今はケーキを食べている。
夢なら覚めないでほしい。
神様なんて信じたことが無かったけど、今は祈るよ。
どうかどうか、ずっとこの人の側にいれますように。
パアン
家の近くで破裂音が聞こえた。夜の街ではよく聞こえる音。
「ただいま、マリー」
「おかえりなさい。今の音は?」
にこやかにマリーは出迎える。
「俺たちの子供を消そうとする奴がいただけさ。気にするな。もういない」
男はジャケットの内側に手を入れ、銃をホルスターにすっと収めた。何事もなかったかのように、マリーにただいまのキスをする。
「あら、でもそれは、ただの捨て駒でしょう?」
綺麗な澄んだ空色が、ドロリと狂気を滲ませる。
「ちゃんと、根絶やしにしないと」
「ああ、わかってるよ。安心して。もう向かってる」
「ふふっ、良かった。ねえ、今日はパーティーよ。末っ子のジャンの誕生日。私達の子供になった記念日」
「いいね。名前、喜んでた?」
「とっても」
優しい夫婦は、子供達と新しい家族のお祝いをした。
子供達には、身体の何処かに同じ花が咲いていた。
たとえ、切り刻まれても自分の子供だとわかるように。
長男は、それが無かった。だから見つからなかった。
ママは許せなかった。
子供を母親の元に返さない無作法者を。
息子を殺した相手を、誰が見ても全くわからないほどに、細かく細かくしてやった。
「ーーーー絶対に守るわ。私の可愛い子供達」
ママは真綿に包むように大事に大切に子供達を愛した。




