第2話:宮廷の影と、初めての薬師試練
王都の朝は、静かでありながら不穏な空気に包まれていた。
アルテミア・ヴァレンティーヌは、前世の知識を頼りに街角の薬屋で薬草や器具を揃える。だが、目立つ服装のせいか、人々は彼女を避けるように通り過ぎた。
「……やはり、ここでも“魔女令嬢”は歓迎されないのね」
ため息をつきながらも、彼女の眼差しは冷静だった。
前世の薬師としての誇りが、孤独に負けることを許さない。
そんな時、騎士の装束をまとった青年が駆け込んできた。
「す、すみません! 王都の宮廷で、不審な毒事件が……!」
青年の名はジェルマス。王国騎士であり、後継争いの中心で暗躍する陰謀を知らぬ無垢な正義感を持つ。アルテミアは目を細めた。
「毒……ですって?」
事件の現場は宮廷の外れ、女官たちが倒れ、患者の苦痛に顔を歪めていた。魔法による治癒では追いつかず、医師たちも困惑していた。
アルテミアは静かに言った。
「私に任せて。まず、症状を詳しく見せて」
彼女の手が触れた瞬間、微かな毒の痕跡を感じ取る。前世の知識が体に流れ、即座に処置方針を判断する。
「これは……自然毒ではないわ。人工的に調合されたものね」
毒の成分を分析し、応急処置を施す。彼女の手のひらから、薬効の光がほのかに広がり、倒れた女官たちは徐々に呼吸を取り戻した。
ジェルマスは目を丸くして言った。
「すごい……! 誰だ、君は?」
アルテミアは微笑んだが、その目には覚悟が宿っていた。
「私はアルテミア・ヴァレンティーヌ。魔女令嬢――そして薬師です」
その告白に、周囲の人々は息を飲んだ。
恐怖、疑念、そして……興味。前世の毒の知識を応用した治癒。人々は混乱し、宮廷内でも噂が駆け巡る。
事件を解決した直後、闇医師ユリウスが現れた。
黒衣に身を包み、影のように現れる彼は、王国でも数少ない“闇の知識”を扱う医師だ。
「なるほど……貴女か、アルテミア・ヴァレンティーヌ」
その瞳は冷たくも鋭く、計算高い知性を宿していた。
「ふふ……興味深いわね、貴女の技術。協力するか、競うか――どちらにする?」
アルテミアは答える。
「まずは協力。それから、信頼を得る」
ジェルマスは不器用に笑った。
「俺も……手伝う」
二人の間に、微妙な距離感と絆が生まれる。
街に戻ると、植物精霊リーゼが小さな光の粒を散らしながら駆け寄ってきた。
「アルテミアさん! あなた、ここでもすごい力を持っているのね!」
彼女は精霊と目を合わせる。
「ありがとう、リーゼ。これからも一緒に頑張ろう」
アルテミアの胸には、次の決意が芽生えていた。
「私は、この世界でも魔女令嬢として、薬師として、信頼を勝ち取る――」
しかし、王都にはまだ隠された陰謀が渦巻き、疫病の原因も明かされてはいない。
彼女の戦いは、まだ始まったばかりだった。