第1話:転生の夜に薬師の血は目覚める
アルテミア・ヴァレンティーヌは、薄暗い書斎の中でひとり、薬草の香りに囲まれていた。
「……また、誰も来ないのね」
小さなため息をつき、彼女は手元の薬草を揺らす。毒と薬の区別を知る者は少なく、家族ですら彼女を恐れていた。魔女の血が混じるその顔は、美しいが冷たく、誰も近づけなかった。
その夜、宮廷の噂が現実となった。命を狙う影。陰謀の渦。アルテミアは逃げる間もなく、冷たい石の床に倒れ込む。
次に目を開けた時、世界は変わっていた。
空は深く蒼く、光は柔らかい。聞こえるのは鳥のさえずりと、見知らぬ街のざわめき。手を伸ばすと、確かに自分の体はそこにある――しかし、何かが違った。
「……ここは……?」
前世の記憶が鮮明に甦る。毒の知識、薬の作り方、そして命を奪う方法。すべてが完璧に覚えていた。
アルテミアは立ち上がる。
この世界でも、彼女の薬師としての力は生きる。だが、ここは“魔女令嬢”を忌避する世界だった。
そのとき、緑色の光が彼女の周りにふわりと舞う。小さな精霊――植物の精霊だ。
「……え?」
精霊は微笑むようにアルテミアを見つめ、やがて言った。
「あなた、特別な力を持っているわね」
それは歓迎の光か、それとも――試練の始まりか。
アルテミアは決意した。
「私は、ここでも薬師として生きる。そして、魔女令嬢として名を刻む……!」
街を歩きながら、彼女は既に計画を練っていた。
病を癒し、毒を知り、信頼を得る――全てはこの世界で自分の居場所を作るため。
そして、王都の陰で渦巻く陰謀、疫病、嫉妬――それらが彼女の前に立ちはだかる日も、そう遠くはない。