エピソード1 テスト期間の終了
〈エピソード1 テスト期間の終了〉
夜中まで続いた宴会が終わり、次の日の朝がやって来る。
俺は宿屋のベッドで寝ていたが、窓から朝日が差し込むのを感じると目を覚ます。
昨日は飲み過ぎたせいか、頭が少し痛い。
俺が頭を振りながら上半身を起こすと、そこにはイブリスがいて、にっこりと笑っていた。
「ついにテスト期間が終了したわよ。これから、あんたは現実の世界に戻らなければならないわ」
イブリスの言葉に俺も心が引き締まるのを感じる。
「そうか。短いようで長かったな。ま、良い体験ができたってことは確かだし、この世界での生活は本当に楽しかったよ」
こんなにも充実感に満ちた日々は元の世界では絶対に送れないだろうな。
だからこそ、この世界で得たものは大きいし、それはこれからの人生の糧にしよう。
「それは良かったわ。ま、楽しかったのはアタシも同じよ。だから、いつまでもこの世界での生活が続けば良いなんて、アタシも思っちゃったわ」
イブリスもどこか遠い景色でも見るような目をして言った。
「そうか。とにかく、心残りのようなものは全くないし、元の世界に戻る心の準備はできている」
エリシアやアメイヤとの別れは、もう済ませてある。だから、いつ元の世界に戻っても支障はない。
「気持ちの整理はできているってわけね。なら、アタシもそんなあんたに頼みたいことがある」
イブリスの顔から笑みがスーッと消えた。
「頼みたいこと?」
「そうよ。突然の話に戸惑うかもしれないけど、あんたには創造神への反逆に力を貸してもらいたいの」
イブリスは美しい瞳を揺らめかせながら言った。
「何だと?」
「創造神の創った世界は、あんたに本当に酷いことをしたわ。このまま黙っているわけにはいかないでしょ?」
「話が全く呑み込めないんだが」
俺は不吉な兆候のようなものを感じながら言った。
「でしょうね。なら、とりあえず元の世界に戻りなさい。そして、何が起こっているのかをその目で確かめると良いわ」
そう言うと、イブリスの前にゲートが出現した。
俺が使った魔法ではないし、イブリスも俺を残して、さっさとゲートの中に入ってしまう。
俺はキョトンとしながら、開いた状態になっているゲートを見た。
「このまま開いたゲートの中に入れば良いってことなのか?」
俺は恐る恐るゲートの中に後を踏み入れる。
すると、空気の質がガラリと変わった。
仮想世界にはなかった夏の暑さを肌で感じたのだ。
俺は見覚えのあるアスファルトの地面に降り立つと思わず首を傾げる。
「ここは俺が住んでいたアパートの近くの路地じゃないか。何でこんなところに?」
過去に何度も見ている場所なので間違いはない。
「それに、俺の体はバーチャル・マシンに繋がれているんじゃなかったのか?」
てっきり、目を覚ましたらベッドの上にいるような展開を想像していたんだが。
俺はまだ現実の世界には戻れてはいないのか?
だが、アスファルトの地面とコンクリートの雑居ビルは仮想世界にはなかったものだ。
「間違いない。ここは元の世界だ。でも、俺の体は仮想世界にいた時のままだし、一体、どうなっているんだ?」
腕や足を見てみたが、仮想世界にいた時と特に変わっているところはなかった。
着ている服も現代の日本ものではないし。
俺はそのまま路地を出て、大通りにやって来る。すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「町の中をモンスターが歩いてやがる。死体も転がってるし、これがイブリスの見せたかったものなのか?」
ライオンや熊に似た獣型のモンスターたちが大通りを闊歩している。道端には食い千切られたような人間の死体が幾つもあった。
俺のいない間に一体、何があったって言うんだ?
「というか、イブリスはどこに行ったんだよ? 何の説明もなしに消えやがって」
俺はモンスターに見つからないように建物の陰に隠れながら呟く。その瞬間、モンスターたちがいきなり、爆発して吹き飛んだ。
やって来たのは、自動小銃やロケット砲を肩から下げている軍服を着た男たちだ。
「おい、そこの君。こんなところでフラフラしてちゃ駄目じゃないか!」
外国人の男たちは目ざとく俺を見つけると、傍に近寄ってきて安堵の笑みを浮かべる。
が、俺の方は物騒な銃を見て、心が縮こまってしまった。
「あなたたちは?」
「我々は国連の部隊だ」
「国連?」
自衛隊とは違うと思っていたが、まさか国連の部隊とは。でも、ここは紛争地帯とかではないぞ。
「そうだ、この町がモンスターで溢れ返っているのを見かねた各国の首脳たちは、部隊を派遣することを決めたんだよ」
「なら、あなたたちは、モンスターからこの町にいる人たちを守っているというわけですか?」
そういうことであれば、信頼できる。
「そうだ。君も我々が確保しているセーフティー・ゾーンに来ると良い。そこなら、安心だ」
「そう言われても」
俺はイブリスを探さなきゃいけないんだが。
「ところで君は、おかしな服を着ているようだが、本当にこの町の人間か?」
「いや、俺は仮想世界から戻って来たばかりで」
俺が身に着けているのは仮想世界で着ていた服だ。
現代の日本でこんな服を着ていたら確実に頭のおかしい奴だと思われるだろう。
「失礼だが、名前と住所を教えてもらえないだろうか」
男たちは表情を険しくして言葉を続ける。
「モンスターの中には人型の悪魔もいて、人間に化けることができるという報告も上がっているからな」
「俺は桂木修一です。この近くのアパートに住んでいる者ですが」
俺の名前を聞くと、男たちは目を丸くした。
「そうか。君が話に聞いていた桂木修一なのか。こんなところで会えるとは、なんと言う幸運!」
男たちは揃って嬉々とした笑みを浮かべた。
「えっ?」
俺は訳が分からなかった。
「何を驚いているんだ、お前たち。その人間とは、この僕が話すから、お前たちは周囲を警戒しろ」
男たちの背後に、いきなり巨大な蛇が現れた。
蛇の背中からは神々しい翼が生えているし、普通のモンスターにはないプレッシャーを感じた。
「も、モンスター!」
俺はすぐさま剣を抜こうとした。が、あいにくと、起床してすぐにこの世界に来た俺の腰には剣はなかった。
「失礼だな。僕の名前はサマエル。創造神に仕えている天使の一人だ」
蛇はそう自己紹介をすると、クワッと目を大きく見開いて言葉を続ける。
「って、おいおい、久しぶりじゃないか、修一! まさか、こんなに簡単に会えるとは、思わなかったぞ!」
蛇は人懐っこそうな笑みを浮かべて俺の前に来た。
「久しぶり?」
「そうだよ。サウジアラビアのリヤードでお前とは会っているだろ? まさか忘れてしまったのか?」
「お前があの時のサマエルなのか?」
あの時のサマエルは小さな手乗りサイズだった。こんな何メートルもある巨大な蛇ではない。
「そうだよ。でも、お前も変わらないなー。二十年前と全く姿が変わってない。いや、あの頃よりも若く見えるぞ」
サマエルはニヤニヤしながら言った。
「再会を喜びたいところだが、状況を説明してくれないか? こっちは訳の分からない事ばかりで、頭が混乱してるんだ」
俺は目の前の蛇は敵ではないと判断し、そう促した。
「良いとも」
サマエルは今日に至るまでの経緯を簡潔に説明した。
俺も自分のことを包み隠さず打ち明けると、サマエルは蛇の顔で唸る。
「つまり、今の俺のように、仮想世界から大量のモンスターたちがやって来たってことか」
であれば、納得がいく。
「そういうこと。僕やお前の姪っ子の傍にいるラズエルは下っ端だから、あまり詳しいことは聞かされてない」
姪っ子と言うと、留美のことか。
確か、留美は女子高生になっていたはずだが、俺の親戚と言うことで厄介なことに巻き込まれているみたいだな。
サマエルは俺の思考を余所に話を続ける。
「とにかく、上の連中は、お前の体を見つけ出したいと、ずっと思っていたんだ」
「そうか」
「お前の体がバーチャル・マシンに繋がれてるって言うのは僕にとっては初耳だけど、まあ、上の連中は知っていたんだろうな」
俺の体がそこまで重要視されている理由は天使のサマエルにも知らされてなかったと言うことか。
なら、俺が幾ら考えても分かることじゃないな。
「でも、何で仮想世界から本物のモンスターが?」
「お前がいたのは仮想世界じゃないのかもしれない。その証拠に仮想世界にいた時の姿をしているお前がここにいるし」
俺の視界にはメニュー表を開くアイコンが映っていた。なので、それをタッチすると空中にメニュー表のタブが開いた。
「この世界でも俺はメニュー表を開けるぞ。って、ことはこの世界も仮想世界なのか?」
「いや、違う。ここは正真正銘、現実の世界だ。それは天使である僕が保証する」
「これからどうすれば良い」
肝心なのはそこだ。
「本物の桂木修一の体を見つけ出す必要があるな。そうすれば、今の状況も打開できるかもしれない」
サマエルは蛇の舌をシュルシュル出しながら言葉を続ける。
「少なくとも、上の連中は、そう確信していたからこそ、お前の体を必死に探していたんだと思う」
「そういうことか」
「とりあえず、姪っ子の留美と再会したらどうだ? 留美は随分とお前のことを探し回ってたみたいだし」
「分かった。俺は自宅のアパートに戻るから、お前は留美にそのことを連絡してくれ」
「了解。テレパシーでラズエルに伝えておくよ」
そう言うと、サマエルは上の連中に色々と報告して来ると言って、フワリと姿を消した。




