エピソード4 最後の宴会
〈エピソード4 最後の宴会〉
「みんな、念願だったドラゴンの討伐はできたし、今日は思いっきり食べたり飲んだりしてくれ」
俺たちは歓楽街の一角にある高級酒場にいた。
テーブルの上には豪勢な料理が並べられていて、飲み物のワインなどもボトルごと用意されている。
お金は有り余るほどあるし、どんなに高級な物を注文しても懐が痛むことはない。
ま、現実の世界に、この世界のお金は持って行けないからな。
だから、俺もお金の出し惜しみをするようなことはしなかった。
「エンシェント・ドラゴンとの戦いでは冷や冷やさせられたけど、誰も死なずに済んで良かったわ」
もしも、誰かが死んでいたら、こんな宴会を催すことはできなかっただろう。
「みんな頑張ってくれたからな」
「そうね。でも、エンシェント・ドラゴンに勝てたのは、あんたたちだけの力じゃないわ。様々な人たちの力添えがあったからこそ、もぎ取れた勝利よ」
イブリスの言う通りだし、ロイドさんやシェイドの用意した魔法の武具には本当に助けられた。
特にデスブリンガーを用意してくれたシェイドは、苦労はしたが、魔界から連れ戻して良かったと思える。
もっと、見えない部分を鑑みるなら、感謝したい人たちは他にもいっぱいいた。
「分かってる。まあ、エンシェント・ドラゴンの討伐は、完全に俺の我が儘だったからな。それに付き合ってくれたみんなには感謝しかない」
俺はジョッキに注がれた黄金色のビールを見ながら言った。
「ま、これであんたが望む有終の美は飾れたんじゃないの?」
イブリスは可愛らしくウインクをしながら笑った。
「ああ。でも、欲を言えば、冒険者じゃなくて、世界を救う勇者にもなってみたかったんだけどな」
「それには、魔王が優しすぎたわね」
「まったくだ」
俺の前に立ちはだかった敵たちは、みな、複雑な事情を抱えていた。
彼らとの戦いでは考えさせられることも多かったし、この世界に真の悪者はいないのかもしれない。
その辺は、開発者の強い思想のようなものが感じられるな。
そんなことを考えていると、イブリスがゴホンと小さく咳払いする。
「でも、良くここまで成長したわね、シュウイチ。アタシもあんたのナビ役ができたことを誇りに思うわ」
結局、イブリスは何やかんや言いながらも最後まで俺と一緒に居てくれた。
それに、どれだけ支えられたことか。
イブリスがいなかったらと思うと、今更ながらぞっとさせられる。
「俺の方こそ、お前がいてくれて良かったと思っているよ。お前がいなかったら、たぶんどこかで力尽きていた」
「その可能性は無きにしも非ずね。事実、この世界に来たばかりのあんたには、アタシも不安しか感じなかったし」
「あの頃の俺は、無職ニートのおっさんの感覚を引きずっていたからな」
「ええ。だからこそ、あんたの目覚ましい活躍ぶりには、アタシも感心させられていたんだけどね」
「そっか。とにかく、最後まで俺を支えてくれてありがとう、イブリス」
俺はイブリスに向かって真っすぐな感謝の気持ちを伝えた。
「お礼なんて良いわよ。私は会社の指示に従っていただけなんだから」
イブリスはバツが悪そうな顔をして言葉を続ける。
「って、言うのはただの誤魔化しだし、私も最後まであんたと一緒に居られて、嬉しかったわよ」
イブリスの嬉しかった、という言葉には俺も胸を打たれた。
「なら良いんだ。じゃあ、改めて言葉にするが、みんな、今まで俺のような人間に付いてきてくれて、本当にありがとう」
俺はエリシアとアメイヤの顔を交互に見ながら言った。
「お礼を言うのは私の方です。シュウイチさんがいたからこそ、胸を張れるような冒険者になれたわけですし」
エリシアは照れ笑いをしながら言った。
「私もシュウイチお兄ちゃんには、たくさんのことを教わった。感謝してもしきれない」
アメイヤの声はどこまでも澄んでいた。
「そうか。だが、お前らには言わなければならないことがある。俺は自分の世界に帰らなきゃならない」
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら言った。
「私たちがその世界に行くことはできないんですよね?」
エリシアには前にも似たような話をしていたので、彼女もそのことを再び確認して来る。
「ああ」
俺は力の籠らない返事をした。
「私はシュウイチお兄ちゃんと離れたくない。まだまだお兄ちゃんから学びたいことはたくさんあるし」
基本、俺の方針には異を唱えないアメイヤだったが、この時は珍しく駄々をこねるような言葉を口にした。
「私も同じです。どんな試練でも耐えて見せますから、私をシュウイチさんが居たと言う世界に連れて行ってください」
エリシアは揺るぎのない声で言ったが、俺は目を伏せる。
「それはできないんだ」
「どうしてですか?」
エリシアは食い下がる。
「繰り返しになるが、俺のいた世界に来ることは、絶対にできないからだ」
「絶対……ですか」
改めて突き付けられた覆せない事実に、エリシアも二の句が継げないようだった。
「二人ともシュウイチを困らせたら駄目よ。シュウイチが背負っているものは、あんたたちが想像している以上に重たいものなんだから」
助け舟を出すように口を挟んだのはイブリスだ。
「でも」
エリシアの目は潤んでいた。
「大丈夫。あんたたちならシュウイチがいなくなっても立派にやっていけるわ。このアタシが保証する」
イブリスの言葉には母親のような包容力があった。
「……」
エリシアもアメイヤも黙り込んでしまった。
「湿っぽいことを言ってしまったな。でも、これだけは、きちんと打ち明けておかなければならないと思ったんだ」
俺は責任を放棄しては駄目だと思いながら口を開く。
「二人には本当にすまないと思っている」
俺は深々と頭を下げた。
「顔を上げてください、シュウイチさん」
俺が姿勢を正すと、エリシアは優しげな微笑を浮かべる。そして、その微笑を崩すことなく彼女は言葉を続ける。
「人にはそれぞれ抱えている事情というものがあります。ですから、私もシュウイチさんの出した答えを尊重します」
エリシアの言葉に濁りのようなものはなかった。
「私はそんな風には割り切れない。でも、シュウイチお兄ちゃんを困らせるようなことはしたくない」
アメイヤも透き通るような声で言った。
「そう言ってくれると救われるし、俺も何があろうと、お前たちに対する感謝の気持ちは絶対に忘れない」
本当だ。
この二人の存在もイブリスに負けないくらい大きいし、できることなら俺だって離れたくはない。
でも、別れは避けては通れないし、それなら、後腐れのないようにスッキリとさせておきたかったのだ。
「そうですか。では、私も笑ってシュウイチさんを送り出しましょう。それが、今の私にできる唯一のことですから」
エリシアは今までで一番美しいと思える笑みを浮かべた。
「私は諦めない。いつか、必ずシュウイチお兄ちゃんとの再会を果たして見せる。そのために、もっともっと強くなる」
アメイヤの声にも並々ならぬ力があった。
「なら、今日でこのパーティーは解散だ。お前たちも、これから先は自分の道を歩んでくれ。俺も自分の世界で精一杯、戦っていくから」
俺にとって、真の戦いは現実の世界に戻ってからだ。
今度は、誰に対しても堂々と胸を張れるような生き方をして見せる。
四十歳のおっさんでも、人生はやり直せるんだ、ということを色んな奴らに教えてやらないとな。
「はい」
エリシアの顔にもう弱々しさはなかった。
「うん」
アメイヤも吹っ切れたような笑みを浮かべていた。
「さてと。暗い話はこれくらいにして、思いっきり今という時間を楽しみましょう。アタシは最高級のワインをたらふく飲ませてもらうわよ!」
イブリスがそう言うと、俺はこの世界に居られる最後の時間を無駄にしないように、美味しそうな料理に口を付けた。




